60話・酒は飲んでも…
弟 姉視点
酔っ払った姉を部屋に連れて行って、暫らくするとボッシュさんは降りてきました。僕の感覚だと、30分くらいでしょうか?
当然、皆が興味津々の視線で出迎えます。
一応、アガサさんから説明は受けたんですけど。
でも、皆が何か言う前に、ボッシュさんはぐるりと見回して口を開きました。
「今後、トモに酒を飲ませた奴は息の根を止める」
ゆっくり、じっくり言い聞かせるような台詞が怖いですけど。
ていうか王子様も居るんですけど脅迫して大丈夫なんでしょうか?見れば、びっくりして固まっています。あ〜ぁ、後で怒られないかな?
その後は、ボッシュさんはため息をついてテーブルに突っ伏してしまい、マイヤーさんのおちょくりにも無反応でした。
僕はと言えば、ちゃんと部屋から出てきたことを安心する気持ちと、何だか気の毒に思う気持ちとで半々です。
酒を飲まさない、というのは激しく同意しますけど!
固まったままのボッシュさんをからかうのに飽きたマイヤーさんが席を立ったところで、皆がそれぞれの仕事へと戻りました。
僕はすることもないので離れて窓辺のベンチでモップと遊んでいると何となく視線を感じて、顔を上げると珍しく王子様と目が合いました。
「……それは、何という生きものだ?」
ちょっとだけ躊躇った後、席をたって僕の方へ来て、そう聞いてきました。
聞かれても解らないんだけど。この人は事情をどこまで知っているのか、聞いとけばよかったです。
「種類は知りません。パイクさんに頼まれて世話をしているんですよ。名前はモップとつけました」
当たり障りの無い返事をすると、王子様はちょっとびびりながら手を伸ばして、モップを指先でちょんと撫でました。
後ろで近衛の人が止めるかどうしようか無言の葛藤をするのが見えたので、取り敢えず無難な愛想笑いで不安を取りのぞきます。
大丈夫ですよ〜。噛まないし毒もないし。ほわほわですよ〜。
そう心を込めて笑顔を送っていると、王子様の呟きが聞こえました。
「なんだ、可愛いな」
今僕に犬耳があったなら、ぴこーん!と立っていたでしょう!
「解ってくれますか、この可愛さを!」
思わず王子様の手を取りたい気になりましたが、流石に自制しました。
「良かったら、抱っこしてみませんか?意外にあったかくて気持ちいいですよ」
王子様は頷いて、僕の隣に座るとそっとモップを受け取りました。
見た感じ爬虫類なのに、触ると体温が感じられて抱き心地がいいんですよ〜。
それから暫らく、僕は夢中でパイクさんとの研究成果を語りました。
語っちゃいました。
気付くと王子様は無言で僕を見ていて、近衛の人は若干引き気味でした。
「あの、すみません。僕ばっかり喋りまくって」
恥ずかしい!
「いや、興味深い話だ。私はあまり…同年代の友人がいないので、話せて嬉しいよ」
あんまり、普通の同年代の会話じゃないと思うんですけど!!
「騎士学校?では、ご学友がいらっしゃるんじゃないですか?」
「まだ入ったばかりだからな…」
そう言って苦笑する姿はやっぱり子供らしくなくて。王子様は大変そうです。怖い近衛の人がくっついてたら、ふざけるのも命懸けな気がしますねぇ。
「城で、何があったかは聞いているが……この国を嫌いにならないで欲しい。今回の事も。獣人の問題は難しいんだ」
真剣に、王子様は僕の目を見て言いました。
「問題の無い国なんて、ないですよ。僕の国だって問題だらけでした」
こんな事、なんの慰めにもならないけど、この人が罪悪感を覚えるのはなんか間違ってる気がしました。
苦労性とか器用貧乏などというあだ名がつきそうな王子様は。
モップを撫でて、今度は普通に笑いました。
何だか友情のようなものを感じて、僕は日本の城について語ったり、王子様は学校の授業や嫌な教官について愚痴をこぼしたりして、それは内容はともかく、僕が失っていた『日常』を感じさせるものでした。
放課後に、友達と話しているような。
「りょーたー」
時間を忘れて話していた僕達の所へ、よたよたと姉がやってきました。
顔に血の気がなく、非常に不機嫌な様子です。怖い。
「私、どうして寝てたの?あと、頭痛いし……気持ち悪い」
「二日酔いじゃないかな」
一晩経ってないですけど。
「なんで?」
きょとん、として言う姉は可愛いですけど。
覚えてないとは凶悪。
あれだけボッシュさんを苦悩させておいて。
「水を飲めばいいのではないか?」
王子様は心配そうに姉を見ています。その彼と僕を不思議そうに見て、首を傾げましたが、王子様がモップを抱いてるのに気付いて後退りました。
「類友…」
近衛の人に怒られるんじゃないかと思いましたが、意味が解らなかったみたいで無反応でした。よかった!
「ボッシュさんに謝っといた方がいいよ。連れて帰って介抱してくれたんだよ、酔っ払ったトモを」
「えぇっ?知らない。…そうなの?」
本気で驚いて目を丸くするトモに、王子様と近衛が重々しく頷きました。
往生際が悪く、覚えてないと呟きながらもボッシュさんが居るほうへふらふら歩いていく姉を見て、王子様が吹き出しました。
「私の姉とは随分違うな。面白い」
そりゃあ、お姫様とは違うでしょうよ。
「それに、あの騎士も。噂とは違っていた。お前達のお陰なのかな」
どんな噂なのか非常に気になるところですが。
クルト達若い騎士の態度から考えて、知らない方がいいような気がします。
それから僕達は、説教してるんだか、いちゃついてるんだか解らないバカップルを生暖かい目で観察しました。
○ ○ ○ ○
目が覚めたら、猛烈に喉が渇いていた。張りついてる感じ?
ベッドから起き上がると、サイドボードに水差しとコップが置いてあったので有り難くいただく。
う〜ん、今は朝?夜?この暗さは夜かなぁ。
私は温泉に行ったはずなんだけど、どうして寝てるんだろう。
それにこの気持ち悪さは?
客室から降りていくと、ベンチで仲良くお喋りしている弟とロタール王子が見えた。
いつの間に。
近づくと、皆から心配そうな微妙な顔をされた。
「私、どうして寝てたの?あと、頭痛いし……気持ち悪い」
聞いてみると、弟は生意気にもため息をついて、私が二日酔いだと言う。
しかも、酔っ払った挙げ句ボッシュさんに世話を焼かせたって?
真面目な顔でモップを撫でる王子様も、微妙な顔で私を見ている。このコンビ、なんか嫌だわ。年下なのにおっさんくさい。
「…そうなの?」
念のため確認すると、王子様も、おつきの騎士も頷いた。
えぇ。全然知らない。
あっちに居るよ、と言われてロビーの方へ行くと。
テーブルで寝てる?ボッシュさんを発見した。
「ボッシュさ…」
擦れた声で声を掛けると、すごい勢いで立ち上がる。
「トモ!起きたのか。ひどい顔色だな、大丈夫か?」
ホッぺを触ったり、頭を撫でたりするボッシュさん。この慌て様は、もしかしてひどい酔い方だったのだろうか?
まったく覚えてないけど!
「うん、ちょっと頭が痛くて、気持ち悪い…かな…」
「座ってろ。置いてた水は飲んだか?」
向かい合うように椅子に座らされて、背中をさすってくれる。
何だかその暖かさは記憶にあるような・・・?
首を傾げてぼーっとボッシュさんの顔を見ていると、また、大丈夫か聞かれた。
「私、どうして酔ってたのかな」
ボッシュさんがぴくり、として動きを止めた。
私の顔をまじまじと見つめるので、心の声が口から出ていたことに気が付いた。
なんかやばい?
「お前…トモ…まさか、覚えていないのか?」
地を這うような低い声に、状況を忘れてドキドキしてしまう。
「ボッシュさんが介抱してくれたんだよねっ?私、何か変な事したかな?」
ボッシュさんは口を何度かぱくぱくさせて、結局黙ってしまった。それから私の肩を掴んで、がっくりと項垂れる。
どうしよう。
怒っているのか嘆いているのか解らない。
取り敢えず、目の前にある頭を撫でてみる。
「全部忘れるなら…」
ボッシュさんはそのままの姿勢でぼそっと呟いて、急に力を入れて私を抱き寄せた。
「襲っとけば、よかったな?」
耳元でさっきの声で言うから、ぶっ倒れそうになったよ!
「そそそれは、あの冗談だよねっ?」
もがきながら言うと、深い深いため息をついて、おでこをくっつけて来た。
うきゃー近すぎ!
「もう、絶対、人前で酒を飲むなよ?……まったく、いつもはこの距離でも嫌がるくせに…」
何だか色々ご不満ね?
でもガチで記憶にございません。
何言って何やったんだ私。
トモちゃんの酔っ払いぶりは、私の同性の友人を参考にしました。
まだあんまり仲がよくなってない頃、酒に酔って
「ねむーい」
などと言って擦り寄ってきて、喫茶店で居眠りなどして大変でした。異性なら大変ですね!
後日まったく覚えてなかったので、一発どついとけば良かったと思ったものですよ。
そんな思い出から今回の話はできています。
忘年会シーズンですから気を付けましょう!
未成年は飲んじゃダメですよ!