58・湯けむりに潜む影頑なな心を解すのは酒か温泉か小さな武器屋で見つけた恋心の行方は?
姉 アガサ視点
昨日は王子様と対面した。すごく真面目な子だった。
今日も朝から忙しそうに、お役人やパイクさん、マイヤーさん達と話して書類を作ったり、伝書鳩(推定)を飛ばしたりしている。
「お嬢さん、アダー先生が来ましたよ」
宿のオジサンが声を掛けてくれたので、弟とボッシュさんを呼んで診察してもらいに行く。
昨日、王子様に傷を医者に診てもらってないと知られて物凄く、怒られた。ボッシュさんも一緒に。
怒ってたけど、なんというかすごく心配してるのが伝わってきて嬉しかった。お城の人達は騎士が怪我して当たり前でしょ?みたいな反応だったけど。
この王子様は、騎士は宝だと言った。
言われた本人より、私と弟の方が喜んでたのは謎だったけどね。素直じゃないなあ。
「温泉には行ったかね?」
見た感じ、毎晩怪しい実験をして不気味に笑ってそうなお医者さんが、弟をみるなり言った。
「出来るだけ毎日行くといい。さ、診せなさい」
言うだけ言って、さっさと包帯を外しにかかる。マイペースだな、おじーさん!やっぱり触られるのは怖かったけど、ボッシュさんが弟に睨まれながら手を握っててくれたので、我慢できた。ドキドキして、首より手に集中したいたからだと思う。新たな発見。
私の傷は首の後ろだからいいんだけど、弟の顔に傷が残ったらイヤだな。でもお医者さんが言うには凹むような跡になるらしい。
せっかく可愛いのに。
まぁ、実行犯はもっとひどい事になったわけだけど。
「今度はアガサさんも来るといいなぁ」
「誘ってみたら?トモが1人になるもんね」
弟の返事は微妙だ。小さい子供を心配するみたいな言い方をする。
「確かに。モップを連れて行くか?」
ボッシュさんまで・・・。
「アガサさん誘うよ」
この2人が一緒だと普段より過保護な気がする。足すじゃなくて、掛けるな感じで。
「と言う訳で、アガサさん一緒に温泉行こう」
クルトと一緒に休憩をしているアガサさんを見つけたので突撃した。
お茶の入った木のカップを両手で抱えて、ぼんやり見つめている。私が話し掛けても反応しないので、隣のクルトを見る。
「なんか、変だよなぁ?」
隣にいるのにはっきり言うクルト。お兄さん、どつかれても知らないよ?
「トモ、どうしたんだい」
アガサさん、それはこっちの台詞だよ!
「ぼーっとしてたね、珍しい。温泉行くから、一緒に来てくれないかと思って誘いに来たの」
結局、行ってくれる事になったけど、なんかヘン。これは問い詰めなくては!
過労とか病気じゃなきゃいいけどな。
今日はまだ明るいうちに温泉に行く。すごい贅沢。だってまだ皆働いてる時間だよ?って言ったら、不思議な顔をされた。
療養目的だから、逆に昼間の方が多いらしい。
でもやっぱり女湯は空いていた。いるのはお年寄り。お湯の中で膝の曲げ伸ばしを一生懸命やっていた。
例の濡らすと泡立つ物質でやわやわと体を洗って、早速お湯に。
ふはーっ、とため息。
温泉最高!
「機嫌いいねぇ。傷にはしみないかい?」
隣に来たアガサさんが、腕を伸ばしつつ言う。
いつも束ねてるだけの髪をアップにしてて、それだけで全然雰囲気が違う。
しっかり筋肉がついた体は『健康美』と言う言葉がぴったりだ。だから余計に、元気の無さが気になる。
どう言うんだっけ、心ここにあらず?
うーむ。王子様に嫌味でも言われた?武器屋でぼられた?
「アガサさん、外も気持ちがいいよ?」
そうだね〜と、やる気のない返事をしながらもちゃんと来てくれた。やれやれ。
外は寒さで湯気が真っ白になってしまって、視界が悪い。霧の中みたいに、明るいのに見えないという不思議な空間ができていた。
「アガサさん元気ないけど何かあったの?」
「えっ?そんな事ないよ」
慌てて言うのが明らかにおかしい。もうちょっと突いてみようと思った時、湯気の向こうで何かが動いた。
白い何か。
まだ消えていない恐怖が蘇りかけて、温泉の中なのに鳥肌がたつ。
それはゆっくり近づいて来て、輪郭がはっきりしてきた。なんだろう、三角形?水面から上、三角の白っぽいもの。
カレンダーとかで見たことのない、床までの真っ白い毛の、小型犬。
チーズ…なんとかみたい。
いやいやいや、待て私!
水面からこれだけ出てたら超大型犬だよ!
逃げようとしたら足が滑って、後向きに水没した。
○ ○ ○ ○
今日は姉弟とボッシュの湯治に付き合って、宿に近い施設に来ている。
なんだか気を遣われているようなんだけど、ぼんやりしてしまう。気付くと考えているのはあの人の事。
どうしたものか、こんな事は初めてで戸惑って、でも同時に楽しくて嬉しいとも感じている。
「このお湯は傷に効くし、お肌も綺麗になるんだってアダー先生が言ってたよ」
まだまだ肌のことなんか気にしなくても大丈夫なトモが言う。
故郷にも温泉があったけど滅多にいけなくて、憧れていたらしい。最近では一番の上機嫌で、見ていて思わず顔が綻ぶ。
それにしても。随分痩せている。一時期、ジルの努力で少し肉がついてきたと安心していたのに、初めて会った時に戻ったか、それより細いかもしれない。血色も悪くて、いまにも消えて無くなりそうに儚い。
ボッシュが片時も目を離さなくなったのも頷ける。
怪我の事といい、戻ったらジルが怒りそう。姉弟揃って肉攻めだね。
トモに誘われて、屋根の無い所へ出てみた。施設の案内板では木々や花を設えた庭園が見渡せるらしいが、今はうっすら雪を被り、水面からの湯気で視界が悪くなっている。
顔は寒いけど、体は熱く暖められているので苦にならない。うん、温泉っていいものだ。
「こっち来た……うわっ」
ぼんやりしていると、いきなり立ち上がったトモが後退り、そのまま引っ繰り返った!
「ちょっ……何やってんのよ!」
湯に沈んだ体を慌てて引き上げると、可哀相にむせて縋りついて来て、震える手である方向を指し示した。
「小娘ぇ!温泉で暴れるでない!」
それは小さな老婆だった。長い白髪を垂らし、頭頂部だけを小さく結って飾りをつけている。
まだ咳き込んでいるトモは老婆に気付くと、擦れた声で謝った。
老婆はオノリアといって、この街の小間物屋の隠居だった。彼女の、街のことならなんでも知っている、と言う言葉に思わず反応してしまった。
「アガサさん、怪しい。なあに、何を聞くの」
なぜかオノリアに肩を揉まされながら、トモが首を傾げた。
ここは聞いておくべきだろうか?次に会う時に、話の種になってくれるかもしれない。でも、そうしたら私が気にしてるとこの老婆から広まって迷惑が・・・?
「あんた、まぁ飲んで」
オノリアから差し出されたものを、なにも考えずに飲んでしまってむせた。
かなり強い、酒だ!
「悩みがある時ゃ、温泉とこいつで大抵治るさ!」
勧められるまま飲んでしまい、なんだか気分が大きくなる。
「この街の…武器屋のメルローズさんって、奥さんはいらっしゃるんですか?」
勢いにまかせて聞くと、老婆はにやりと笑う。あ、前歯が1本ない。
「あの小僧かい?あいつは店か工房に籠もりっきりだからね、全く。あの顔は宝の持ち腐れだよ」
そうか、独り身なんだぁ。
「え、何、アガサさん。武器屋さん?」
トモが困惑顔で言ってくるけど、要領を得ない。
「すごくね、素敵だったんだ。仕事に真剣で」
「へぇ〜そうだったんだ。よかった。ちょっと心配したんだよ?仲良くなれたらいいね!」
可愛らしく微笑んでくれるトモに、胸が熱くなる。
やっぱりこの子はいい子!
「お前さんもお飲み、ワシの特製果実酒」
あ、と思ったけど、遅かった。トモは素直に返事をして飲んでしまった。以前飲ませたものより、かなり強いんだけど。
後でボッシュに殺されるかもしれない。
腰砕けでふにゃふにゃになったトモの体を拭いて何とか服を着せて連れ出すと、案の定凄い目で睨まれた。リョータには何があったか問い詰められるし。
あんまり過保護な男は嫌だなぁ。
トモは猫のように目を細めて、ボッシュに擦り寄っていく。胸元を掴んで赤い顔で見上げて、可愛い。それを飼い主は怒っているのか照れているのか微妙な顔で両腕に抱き込んでなにやら言い聞かせている。
きっと弓はまだ出来てないだろうけど、時間が空いたら行ってみよう。オノリアから色々聞けたことだし。
題名に全てが記される
内容は薄かったですね…。




