57話・振り回されて
パイク 弟 姉 です
王都からやって来たロタール王子が獣人族の虜囚と接見するのでお供をすることに。
どうしてかな、当事者であるところの先輩達が目を逸らすのは。
ボッシュ先輩は怪我人だからいいとしても――元気が有り余って見えるアガサさんやマイヤーさん、事情を知っているどちらかが殿下を案内するのが筋なんじゃないかな。
怖いから言えないけど!
殿下は見た目は年相応だけど、妙に落ち着いていて、『子供らしくない』ように思える。面倒な仕事を嫌がる様子もないけど、やる気があるようにも見えない。この年代ならどうやって学校を抜け出そうかとか、好きな子の気を引くにはどうしたらいいかとか、色んな事に興味を持っていい筈なのに。
なんだか中年の官吏が立っているような。
「では、案内を頼む」
真面目な顔で言われて、変な錯覚をしてしまう。
畏れながら、殿下の将来に不安を覚えてしまった。陛下よりつまらないオジサンになりそうだ。
「虜囚は3名で、主犯がオルガという少女です。レヴァイン…と獣人族の女性との間にできた子で、母親は死亡しています。その女性の兄弟に育てられ、今回の件にも手を貸しています」
「レヴァイン家は確か、獣人族の保護と支援を代々続けていたな」
「はい」
予習はきちんとして来ているようだ。えらいなぁ。
宿の裏手に廻ると、警備中の騎士が殿下の姿を、というより近衛騎士を見て姿勢を正した。肩に雪が積もってる〜。
殿下は彼に労りの声をかけてから、無造作に扉を開けようとするので、僕が慌てて代わった。
無駄を省くのは良い事だけど、安全を気にして欲しいな!近衛の人の視線が痛いよ。
部屋の中は冷えていて、殿下が風邪引いたら誰が責任を取らされるのかと、ちょっと不安。
オルガという少女に会うのは実は僕も初めてで、想像と違っていて驚いた。
僕が会った伯父?はなぜか女性的な身なりだったけど体格はしっかりしていて、いかにもな獣人だった。
この子は、言われなければ獣人の血が入っているとは思えない。混血が進んでいて珍しくもないけど、こんなに綺麗な子は初めて見たな、うん。
もったいないなぁ。
豊かな波打つ黒髪は乱れていて、健康的な日焼けした肌だけど流石にやつれて見える。淡い緑の目は涙を湛えて僕達を見つめていた。
何も知らない人が見たら、僕達が罪の無い美少女を監禁しているように思われるだろうね!
部屋の隅にあった小さな木の椅子を手で払って殿下に勧めると、少女の正面に据えて座った。
何となく、戸惑っているように見える。まぁ、自分と同じくらいの美少女だもんね。罪状だけだと極悪人なんだけど。
「……お前がオルガ、か。レヴァインの刑を不服として、獣人族の伯父等と共にラーソン家の養子である姉弟と、護衛中の騎士達を襲撃したことに間違いはないか」
相変わらず単刀直入に聞くなぁ。
「はい、あのでも、騎士様を傷つける気はありませんでした。私はただ、父の命に従ったのです。最後に頂いた手紙に、自分の無念を晴らすようにと…それで」
大きな目から涙を零しながら、殿下に訴えるオルガ。ちょっとグッと来るよね?でも僕が見た聴取の資料と違う事言ってるみたい。
「…動機はいいんだが。私が聞きたいのは、獣人族の意志だ。一族として、レヴァイン家の復讐に加担しているのか?彼ら親子は罪を犯して裁かれたのだ。お前達は国家の裁定に異を唱えるというのか」
うわぁ。この子、いや殿下は思ったよりずっと厳しいなぁ。女の子はすっかり怯えちゃってる。
まぁ、自分がどれだけの事をやったか自覚してなかったのかなぁ。
「ち、違います!私の、レヴァイン様の子としての問題です、これは」
「ではあの2名はお前に依頼されて個人的に協力したということだな」
焦る少女に言い聞かせるように言葉を重ねる殿下。
あの獣人達の刑を軽くするって事かな。やっぱり。
一族の結びつきが強い彼らだから、下手に刑を重くすると反感を買う。特に、レヴァイン家は昔から支援をしていた一族で、恩があるし。
だとすると、主犯のこの子も刑が軽くなる可能性があるな?
ああぁ、政治的には仕方がない事だけど。
誰が先輩達に言うの?
僕が?まだ死にたくないんだけどなぁ。
ジルさんに良い返事も貰ってないのに。
「あの、私本当に、馬鹿な事をしたと思ってます。あの子達は怖い思いをしたのに、ひどい事を…」
涙ながらに言うオルガの顔を見ていた殿下が、居心地悪そうに身じろぎした。
ちょっと絆されたのかな?加害者に同情するのはよくないよ?
「謝罪の気持ちはあの2人に伝えておこう」
えっ?
「申し訳、ありません…」
俯いて涙を流す少女を見る顔は変わらないけど、少し耳が赤くなっている。
まぁ殿下も男の子だし。解るけど。
今後の展開が怖い。
○ ○ ○ ○
「ナマ王子様って初めてだね。想像と違ったけど」
まぁ少女漫画に出てくるような王子様はどこを探しても居ないでしょうね。
普通に学校行ったり酒呑んで騒いだりドラッグやったり不倫したり訴えられたりしたような王子様達が、向こうの世界には居たけど。
夢も希望もないですね!
王子様だって普通の人間ですもんね。さっきの人はちょっと解り難かったけど。
「何、王子様に見初められて逆ハーレム的な展開を狙ってたの?」
「みそめられ…?リョータって時々年寄りみたいな喋り方するよね。…そうじゃなくて、やっぱり興味あるじゃない。あの、獣人?とかもさ。どうなってるのかしらね」
姉は首を傾げて、「内臓とか骨とかね?」と続けました。気にならないことはないけど、これ以上夢を壊したくないのでそこはスルーです。
「オルガさん達は、どうなるのかな」
姉は窓辺に立って、外を見ながら呟きました。どんな顔をしているのか見えませんが、声は沈んでいるようです。
王子様が見舞いの為だけに来たとは思えませんから、今回の問題は僕達が思っているよりずっと大事なんでしょう。
ただ、それはあの3人に悪い方向に働く事では無いような気がします。だって王子が来たし。
「トモは、オルガさん達を許せない?」
僕は許す気は更々ありませんけど。
「ん〜。やったことは許さないよ。気持ち悪かったし怖かったし。それと別に会ってたら、ライバル?全力で排除するけど。どっちにしても邪魔か」
段々言う事が怪しくなってきました。いつもながら正直者ですね!ボッシュさんに言えばいいのに。
「でも、まぁ、死刑とまではいかないよね。結局未遂だったし。……諦めてくれたら良いのに」
逆恨みを?ボッシュさん?どっちもですかね。
それに、これであの人達が死刑にでもなったら、きっと必要ないのに罪悪感を抱いてしまうでしょう。
口ではあんな事を言ってるけど、100%向こうが悪くても、姉は自分も悪いと思ってしまう。
それは避けなきゃいけませんね。
こっちでも被害者の嘆願は有利になるんでしょうか?
何となくため息をついて、窓辺に並んで立っていると部屋の戸が叩かれました。
「入るぞ」
ボッシュさんが色んな物を抱えて入ってきました。匂いからして傷薬のようで、手当てに来てくれたみたいですね。
「王子様はなにやってるんですか?」
姉の問い掛けに、ちょっと顔をしかめました。なんだろう、ヤキモチですか?
ボッシュさんは無言で用意をして、無言で姉の包帯を外していきます。
じっと見つめる姉。
目を逸らして手を動かすボッシュさん。
この人達面白すぎです。笑いを堪えるのが苦しくて、僕はまた窓の外に注意を向けました。
「…あいつ等の刑は、多分すごく軽いものになる。獣人族への配慮と、オルガは情報を提供したから…」
深いため息の後、苦しげに言うのが聞こえたので、僕はまた後ろを向きました。珍しく不快感を表情に出して、姉の傷をぼんやりと見つめています。
「あぁ…そっか、まぁそうですね」
対して姉は軽く答えます。それにボッシュさんは驚いたみたいで、姉の肩に手を置いて言いました。
「お前…お前達がこんな目にあったんだぞ?いいのかそれで」
「元居た所でも、大した罪にならないし、情報と引き替えに刑を軽くするってやってたし。こっちは裁判って一方的でしょ…あんまり重い刑だとやだなってリョータと言ってた。ねぇ?」
こういう時に話を振らないで貰いたいですね。
ボッシュさんの目が、何かよく解らないものを見ちゃった、みたいになって面白いですけど。
「あのですね、まだオルガさん子供だし?あの2人は僕達よりひどい怪我してましたし。未遂だったからあんまり重い罰を与えられても、こっちが後味悪いんですよね」
姉の怪我がもっとひどかったら話は別ですが!
ボッシュさんはまたため息をついて、姉の肩におでこをつけました。まぁ、なんでか弱ってるから見逃してあげますよ。
「お前達はいつも自分を軽く見過ぎだ。俺は許せん」
ちょっと姉と顔を見合わせました。
本当に、このオッサンは。
にやにやしている姉と一緒に、ボッシュさんの頭を撫でてあげました。
「ボッシュさんはやっぱり優しいですね」
優しい人は、他人の痛みが解る人。他人の為に怒れる人。強いだけじゃないボッシュさんは、本当に格好良い大人です。
「ボッシュさん、私だってあの人達許す気は全く無いよ?刑を軽くするのはいいけど。出来るだけひどい目にあってから、地獄に堕ちればいいね。おっさんは特に、ボッシュさんに怪我させたし」
笑顔で恋人の頭を撫でながら毒をはく姉。
ボッシュさんに感心した後だと、鬼畜に思えますね!
○ ○ ○ ○
私達の手当てをしに来たボッシュさんが、なぜだか元気がなかった。というか、不機嫌だった。
それは、私達を襲った犯人の刑が軽くされるから。
この国の法律がどんなのかわからないし、前の例からも平等じゃないってことは知ってたから。
あの人達が貴族じゃないからあっさり殺されるんじゃないかと、ちょっと憂鬱になってて、逆に私は安心した。
逆恨みはきつい。
私の所為であの人達が死んだら、また別の人に恨まれて、同じ事が繰り返されるかもしれない。
罪を罰するのは当然な事だけど。
『STOP THE BLOOD CHAIN』
目には目を、よりこっちがいい。
心情的にはぜっったい、許さないけどね!
「そうだ、ボッシュさんも手当てした方がいいんじゃない?」
なんか疲れたような顔してる。
「いや、手当てはまぁ……包帯だけ替えてくれるか」
遠慮しようとしたけど、私と弟がにじり寄ったので諦めた。よしよし。やっぱり弱ってると可愛くなる。
弟も珍しく他人の頭を撫でていたので、私の気持ちが解るのかもしれない。
可愛いよね?
弟が居なかったらもう、ぎゅーっとハグしまくりたいんだけど。
ん。
弟にボッシュさんの弱っている所を見せるべきじゃなかったかな。まぁ、優しいから他人に言い触らすような事はしないだろうけど。
私と弟の事でこんなに頭を悩ます人は、今まで居なかったから、だからきっとこんなに嬉しいんだ。
心配されてる。多分、自分が思う以上に。
あ、あぁ愛されてると言うべきかっ?もしかして。
「トモ、なにぼへ〜っとしてるの?手伝ってよ」
弟の冷静な声で我に返ると上半身裸のボッシュさんが不思議そうにこっちを見ていた。
うわ!
素敵な筋肉!
でもちょっと。
「古い傷もあるんだね。ひどい怪我したんだ」
弟が肩の包帯を解いてガーゼを外すと、まだ痛々しい傷が見えた。
こんな怪我なのにどうして平気な顔してるんだろ。
「薬はいいから、布替えてあててくれるか」
「…ボッシュさんもさぁ、同じだよ」
「ん?」
全然解ってない顔。さっきの、ボッシュさんの気持ちが解るような気がする。
「自分を大事にしろって。そんな治ってないんだから休んでよ」
私が言うと、ボッシュさんの後ろで弟もうんうんと頷く。
「あぁ、まぁ、痛みには鈍いんだ。それに俺は男で大人だからな、コレくらい何ともない」
それはつまりあんまり感じないだけで、大丈夫ってことではないじゃない。
「私も大人なんだけど。18になったし」
私がぼそっと言うと、ボッシュさんが目を丸くした。
「誕生日が来たのか。いつだったんだ?18で成人なのか?」
「お城で寝てる間ですよ。もしかしたらずれてるかもしれませんけど。僕達の州は18で成人扱いで、飲酒年齢は21だったかな」
「ふん、遅いんだな。この国では16だ」
ちょっと早くないかな。
寿命が短いのか。むぅ。年が離れてると残り時間が少ない…?
食生活を改善して日本人並の長寿を目指せばいいか。
「じゃあ戻ったら、何か好きなものを贈ろう。考えておけ。リョータは?」
「僕は多分あと40日くらい先に15になると思います」
「まだそんなか。もっと上かと思えるな、お前は」
ほのぼのとした会話を聞きながら、私は色々考える。食堂のメニューも全面的に見直そう。カロリーを減らして、もっと野菜を食べさせるべきだね。
運動は足りてるから、医療が充実したらいいけどこればっかりはなぁ。
「じゃなくて!もう怪我しないでね!」
話がずれちゃってたよ。
肩の傷には弟によって綺麗に包帯が巻かれていた。器用な子。私には無理だ。
ボッシュさんはすぐに服を着てしまった。うん、寒いもんね。ザンネン。
ぼんやりしてたお返しに私が後片付けをしていると、またドアがノックされた。今度は誰だろう。アガサさんかな?
私が返事してドアを開けると、愛想の悪い王子様と目が合った。
なんと言ったら良いか咄嗟に思いつかなくて固まっていると、王子様は無表情のままで口を開いた。
「……入っても?」
「あ、はい、どうぞ」
大きくドアを開いて立つと王子様が入って、後ろから来た近衛騎士の人がドアを閉めてくれた。
今度は何かな。
どこに居たらいいか迷ったから、ボッシュさんの傍に戻った。上座とか下座とかあるんだろうか?そもそも椅子がないから関係ないかも?
「ボッシュから聞いているかもしれないが、君達を襲撃した獣人達の処分は極めて軽いものとなる。正式には都へ護送後、裁定が下るわけだが…」
「別にいいですよ」
王子様は今まで会った人の中で一番話が難しい。
だから私は簡潔に答えた。簡潔すぎたみたいで今度は王子様が固まってしまったけど。そうすると、ちょっと表情が柔らかくなって子供っぽい。
「殿下、2人共状況を理解した上で、彼等に寛大な処置をと申し出ております」
ボッシュさんが説明をいれてくれたので、王子様はやっと解凍されて頷いた。
モノは言い様だね!
王子様は私達を、初めて真直ぐちゃんと見た。
何か言いたそうに口をちょっと開いたけど、またぎゅっと顎に力を入れて閉じてしまった。
「……良い心掛けだ。戻ったら陛下にお伝えしよう。それから…オルガから、君達に謝罪の言葉を預かっている。反省していると言っていた」
王子様はまた無表情に戻ってしまった。それはとっても不自然で、きっと王子様だからそれらしくなきゃいけないんだろうな。
ちょっと可哀相。
それより。
オルガが謝罪?今更何について謝るっていうの?
今イチあの子もよく解らないな。失敗して捕まったからする反省と謝罪なんて欲しくないけどな。それともボッシュさんにちょっかい掛けた事?世の中には取り返しのつかない事がいっぱいあるんだよね。
「ありがとうございます、殿下」
弟が私の腕を掴んで、当たり障りのない返事をした。正直に言うと、オルガには謝罪の言葉なんて突っ返したいんだけど。
愛想の無い王子様がわざわざ伝言してくれたから悪いかな、とも思う。
「次は無いって伝えてくれますか?」
だから、出来るだけ優しい笑顔で可愛く首を傾げてお願いしておいた。
あの家系はしつこそうだからね。私の幸せな将来の為にきっちり諦めてもらわないと。
何故か隣と後ろからため息が聞こえて、王子様と今度は近衛の人まで目を丸くした。
お久しぶりです。
復活しました。
オルガちゃんのラブ☆ビームは人生経験の少ない真面目王子には有効だったようです。
もうそろそろ、砦に帰る頃です。皆が首を長くして待ってますからねぇ。
では、今回も読んで下さってありがとうございます。
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