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52・虫歯もカビも根元から

姉 ボッシュ視点です


体の震えが止まらない。


獣に捕まった。

首を触られてしまった。


殺されかけた。弟まで。



あ、あの子は大丈夫だったんだろうか!



ボッシュさんから離れたくないけど、顔だけ浮かせて確認する。

ちょっと離れた所で、騎士達の間に立っているのが見えた。

ふ、とこっちを向いた顔を見て、頭が沸騰しそうになった。



「リョータ!顔が、顔に傷が!」



ボッシュさんを突き飛ばす勢いで走り寄る。


右耳に近いほっぺたの辺りがざっくり切れて、顔が血で染まっていた!

あの爪でやられたんだ!



「うわぁどうしよ血がいっぱい出てる〜」



顔に傷が残っちゃう。

まだ彼女もいないのに。


あんな爪で引っ掛かれたらバイキンもあるんじゃないの?



「大丈夫だよ、トモ。顔とかって派手に血が出るけどそんなに痛くないし。そっちはどうなの。声ガラガラで喉痛いんじゃない」



弟はそう言って、袖で私の顔をごしごし拭いた。

こいつはもう、たまには自分のことを心配したらいいのに!



「バカリョータ!消毒しなきゃ!もう、たまには甘えなさいっ我慢するなっ!あんたはおとなしすぎる!」


「「え?」」



弟に逆切れ気味の説教をしていると、傍に来ていたボッシュさんとマイヤーさんがハモった。


え?て何が。



「……宿に入ろう。手当てをして、休むといい。ここには詰め所がないからあいつらも一緒になるが」



ちょっとマイヤーさんと無言でお見合いしてからそう言って、私の手を取った。


私は空いたほうの手で弟を引っ張って、遅れないようについて行く。


連行されるあいつ等の声がする。痛がる声。抵抗する声。


あんな奴等は物置にでも閉じ込めときゃいいんだ。

他人の命を狙っといて、丁重に扱われるとは思ってないよね?


道徳的によくないだろうけど、私の『家族』と比べたらゴミレベルだよ。

ロボとかモップとか馬よりも当然下。


あの子がどれだけ純粋にボッシュさんを好きだろうと動機が家族愛だろうと関係ない。

『家族』以外に何も持たない私からそれを奪おうだなんてね。





宿は目の前だったから、騒ぎを聞き付けてご主人や他のお客さんも、ロビーみたいな所で集まっていた。


ご主人は私達が戻ると安心したような顔をして、怪我をした弟を見て目をカッと見開き、あとから騎士がどやどや入ってくると口も開いた。




あの3人は宿の裏にある馬小屋に監禁することになって、桶や布を沢山持った騎士が行ったり来たりしていた。捕まえる時に結構な怪我をしたらしい。

あの子は鳩尾にいいのが入ったけど、咳き込む程度だった。見た目まったく人間なのになぁ。


改めて異世界なんだなぁと認識する。


「ぼんやりしとらんで、部屋に行って手当てしとき」



マイヤーさんに声を掛けられて、正気に戻った。

考えながら立ったまま寝そうだったわ。


治療道具らしきものと、お湯の入った片手鍋を持ったボッシュさんに促されて、私達は2階の部屋へ上がった。


弟の傷は、爪2本で引っ掛かれていた。

水で洗い流し、多分、強いお酒でちょちょっと消毒。それから、お湯で溶いた薬を塗って、布をあてる。


テープって偉大な発明だったんだ!

向こうなら、あの白いテープで貼って終わりなのに。

微妙な位置だから、包帯を斜めにしたり横にしたり。



「中途半端なミイラ男ね」



弟は大袈裟だと言うけど。まだ痛いに違いない。手当ての間中、手を固く握っていた。  



「トモ、その首…」



包帯をずらして目が出るようにしていると、弟が声をあげた。


死ぬほど絞め上げられたから、痣にはなってるだろうなぁ。



そっと触ると、首の後ろ側に傷があったみたいでぴりっとした。



「ボッシュさん、トモの手当てもお願いします」



弟が言うと、かなりびっくりした顔で寄って来た。


髪の毛をどけて首を見る顔が険しくなる。恥ずかしいのと怖いのとで息が詰まりそうになった。傷を深刻な顔で見られるとひどいのかと思っちゃうでしょ。


首に手が伸びると、ただでさえ苦手だったのに、さっきの所為で余計ダメになったみたい。悲鳴が出そうになって、歯を食い縛った。あぁ軍曹。私に強い心を下さい。でも罵倒されるのは嫌だな。


取り留めのないことを考えて現実逃避している間に、ボッシュさんが出来るだけ触らないようにしながら手当てをして、自分が痛いみたいな顔で包帯を巻いてくれた。



「今日は2人で休め。あとからアガサも寄越すから」



ここに居て欲しいけど、これから後始末があるんだろう。

私達はベッドに座ったまま部屋を出て行く背中を見送った。





○ ○ ○ ○




痛々しい2人の姿に、なんと声を掛けたらいいか解らない。

守ると言った傍からこのザマだ。



「ここの奴に、城と砦に報告に行ってもろた。2人はどないや」



声を掛けてくるマイヤーもいつもの余裕がない。



「…手当てはしてきた」



「他に仲間がおらんか、とりあえず先に聞かなあかんけど。お前あの子のとこ行ってこい」



マイヤーの言葉に、思わず睨んでしまう。あの話の通じない娘の所へ行けと言うのか。



「甘えんなや。獣人とこ行ったら自分何するか解らんやろ。小娘の機嫌でもとって調べ進めとけや」



殺意すら感じさせる声に、一瞬店内が静まったが、騎士たちは何事もなかったように動きだす。


マイヤーの指摘は不愉快だが否定できない。


トモの首を見た時、奴を生かしておくのではなかったと心の底から思ったから。





「…ボッシュさん」



馬小屋の隅にある小さな作業部屋に、オルガを閉じ込めていた。


後ろ手に縛られ椅子に座っている状態で、やや顔色が悪い。



「今回の件について聞きたいんだが。レヴァインの指示だったのか?」


「…そうです。自分が捕らえられたら、代わりに復讐をするようにと!私達の獣人族の力を高く評価して下さったんです」



オルガは嬉しそうに言う。父親が何をしたか、自分が何故捕まって、これからどうなるのか、想像もしないのか。



「あの廃城で我々が出会ったのは偶然か?」


「いえ、あぁでも半分は。王都で父から手紙を受け取って、それから先回りをして街か街道で襲うつもりでした。あそこで、出会ってしまったのは偶然です」



何故この少女の目は輝いているのか?殺人の企てを白状する顔じゃない。


野盗や獣と対峙した時でさえ感じなかった、妙な感覚を少女に覚える。



「あの騎士達がいなければあの場で姉弟を始末できたんですけど……アレク叔父が合流してなかったので」



淡い緑の瞳は、熱に浮かされたような表情で俺を見つめ、そこには憮然とした自分の間抜け面が映っているのが見えた。



「レヴァインはもう追放刑が執行された。報復などせずコンスタンスと暮らしていればよかったんじゃないか」



ふざけたナリと態度だが、心情からオルガを気遣って接していた。だからこんな何の得にもならない復讐にも付き合ったんだろう。貴族至上主義のレヴァインが彼以上の愛情を注いでいたとは到底思えない。



「レヴァイン様は…他の子より、私が頼りになるっておっしゃったんです!

でも…あの姉弟を見てると…復讐よりも、もっと。皆に大事にされて、ただ守られて…あなたはあの子しか見ない!」



突然、激情にかられて叫ぶ少女に、少しの哀れみと苛立ちを感じる。



「そもそも、レヴァインがあの2人に何をしたのか知らないのか?」



言わずにはおれない。

互いしか持たない姉弟を引き離そうとしたのは異母兄で、命を狙って王城で襲ったのは父親だと。


オルガは何も言わずに、唇を噛んでいる。



「知っていたら教えて欲しい。今回加担したのは3人だけか?他に狙っている奴はいるのか?……頼むから教えてくれ。あれ以上傷つける訳にはいかないんだ」



オルガは項垂れ、暫らく迷っていたが、そのままの姿勢で口を開いた。



「……私達だけです。でも他の兄弟は解りません。ハウィット様を取り戻す計画があるとは聞いています」



碌でもない一家だが、義理とはいえ兄弟仲は良いらしい。ハウィットに従っていた異母兄を考えると、関係性はまるっきり主従のようだったが。



「解った。後で暖かいものでも届けさせよう」



小屋をでる背中に、小さな声で言われた言葉には答えられなかった。



『本当にあなたが好きなんです』







小屋を出て宿に向かう裏口で、なぜかリョータに会った。薄い寝巻代わりのままで、ぼんやり立っている。



「何してるんだ、風邪引くぞ」



反応がないので腕を引いて中の暖かい場所へ連れて行く。


ちょうど、捕虜にした2人の手当てに来ていた町医者が、熱い茶を啜っていた。



「こいつにも茶をもらえるか」



宿の主に声を掛けると、すぐに持って来た。慰めの言葉と共に、小さな菓子を握らせた。

この辺りで我に返り、リョータは菓子をこちらに見せて苦笑した。



「あそこで何をしていたんだ?」


「ちょっと気になっただけです。気が立って眠れないし。あ、トモは寝てます。あれは寝てるというより失神したのかな?アガサさんが見てくれてますよ」



淡々と呟く姿は、いつもの可愛げがない。たまに垣間見える素の姿だった。取り繕う元気がないんだろう。



「オルガさんはあの家の人だったんですね。道理で睨まれると思った」



ため息をついて、両手で抱えた茶の表面を揺らす。



「だからあの家燃やそうって言ったのに」



言葉から本気を感じ取って青白い顔を見た。包帯の巻かれた顔は、初めて出会った頃より丸みがとれ、甘さがない。トモによく似ていた。



「そういやそんな事も言ってたな。レヴァイン家の処理は都の連中だったから。色々思惑があったようだしな」


「目に見えるところだけ綺麗にしても、根深く残るんですよ。掃除するなら徹底的にやらないと。元気に走り回ってるのを見つけたら巣にもうじゃうじゃいると思わなきゃ」



リョータが言っているのはレヴァイン家の事なのに、なぜか暗喩がなされているような気がして落ち着かない。

リョータは厳しい視線を店内の床に向けて見渡してから、小さく頷いた。



「あぁそれにしても。獣人って!せっかく会ったのにあんなんじゃぁ……ネコミミ〜!」



いつも通りの、どこか柔らかな雰囲気に戻ったリョータは机に伏して訳の解らないことを叫んだ。



よく解らないが、とりあえず頭を撫でてやった。





オルガさんのラブ・ビームはボッシュさんには全く届きません。


基本的にトモちゃん以外はどうでもいいと思ってますので。

パイクさんなら、オルガさんに悪いなぁとか思うところですね。

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