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51話・しつこいやつは嫌われる

弟 姉 ボッシュ視点



食堂に入って、2時間も経たないうちに、ボッシュさんと姉がやってきました。さっきよりも随分、顔色が戻っています。

それは良かったんですけどねー来ないほうが良かったですねー。


コンスタンスさんはいい具合に出来上がってるし、オルガさんが明らかに復活しました。



「トモ!寝てなくて大丈夫なのね?」



アガサさんは、何かに安心したように出迎えました。多分マイヤーさんの言ったことが引っ掛かってたんでしょう。



「うん。一眠りしたら、結構楽になった」



愛想笑いをする余裕はないみたいだけど、この店に入っただけでも進歩ですね。ボッシュさんが隣に居るからでしょうか。



「ごめんなさい、先に戴いてました。来ないだろうっておっしゃったから…」



オルガさんが申し訳なさそうな顔で言いました。

悪いのは僕ですか。そうですね。



「構わない、来るつもりはなかったから」



ボッシュさんはあっさりと答えて腰掛けました。

オルガさんの隣に。


うはぁ。


横長のテーブルにそれぞれ別れて座っていたから、向こうが余ってたんですね。コンスタンスさん、オルガさん、ボッシュさん、姉。両手に花ですね、なんて口が裂けても言えません。



「トモちゃん何か食える?汁物でも頼もか」



マイヤーさんは優しく声をかけました。が、フォローと言うよりボッシュさんへの嫌がらせに思えるんですが〜。


すぐに店のお姉さんが呼ばれて、姉とボッシュさんの為に新しい料理が注文されました。

あ、この前のお姉さんが手を振っていました。寄って来なかったのは、なんとなく気を利かせたのかもしれませんね。



「これ美味しかったです、どうぞ」



オルガさんは料理が来ると残っていたものや新しいものをちょこちょこ取り分けて、ボッシュさんの前に置いていきます。

姉にも取り分けたのが、戦略的な感じ。

お礼を言うしかないですよね。


父親にもそんなサービスしてなかったのに。



「俺達はいいから、お父さんとゆっくりしなさい」



ボッシュさんがやんわり拒絶すると、オルガさんは嬉しそうに頷きました。

何で?



「私達のこと、そんなにお気遣い下さって…。救けて戴いたお礼もまだなのに」



すごい、政治家のようですね!どんな台詞も肯定的に解釈をして会話を進める!

姉は知らんぷりしてスープを飲んでますけど。いいんでしょうか。


まあ、ボッシュさんが相手にしなかったらいい話ですからね。

僕がじっと見ていると、一瞬目が合って手がピクッと震えました。そしてその手をゆっくりずらして、ちょっと固めのパンを取り、小さく千切って姉に差し出しました。


よろしい。


姉は不思議そうにパンとボッシュさんを見て、スープ皿とスプーンを持ったまま口を開けました。


姉よ、それはちょっとはしたない気がします。

皆びっくりしてるし――あれ、わざとなんですか?


視線を横に動かすと、オルガさんは目を細めてもごもごしている姉を悔しそうに見ていました。

ボッシュさんは何だか嬉しそうです。餌付けに成功した時の学校の先生を思い出しましたけど!



「まったくもぅ、いちゃつかないでよねぇ。独り者には目に毒だわぁ」



酒の影響で更に巻き舌がひどくなったコンスタンスさんが、ため息混じりに言いました。すごい、毒のブレス。こっちまで酔いそうですよ。だいたい子持ちのくせに何言ってんですかね。


オルガさんもいい加減諦めたらいいのに。2人が店に来てから、ボッシュさんは全く目を向けていません。それはもう徹底的に無視。気の毒なくらいです。

こういうの、なんだったかな。横槍?横恋慕?

テレビではよくありますけどねぇ。



何とも言えない空気の中、ほとんど皿が空になり、宿へ移動することになりました。




○ ○ ○ ○




「んんん〜っ!寒いねぇ」



立ち上がったセイウチみたいに体を震わせて、ワンピースを着た体を伸ばす。

あんただけコートも着てないじゃない。



「オルガ…気も…変わらないの?…よ?」


「…決めた…手配は…」



親子の会話が、途切れ途切れに聞こえてくる。

盗み聞きは悪いと知ってるけど、気になるからね!つい聞いちゃったんだよね。


気が変わらない?

ボッシュさんラブの事?



「トモ、足元気を付けて」



考え込んで無意識に歩いていた私を、弟が腕を掴んで進路を調整してくれた。


昔からこういう時電柱にぶつかったり自転車に突っ込んだりして怪我をしていたから、歩く私から目が離せないと呆れていた。

今も、やれやれ、みたいな顔をしている。



宿が見えてきた時、地面が揺れた気がした。



「今の地震?」


「ちょっとだけど揺れたよね。震度1くらいかなぁ」



この世界にも地震があるのか。そういえば温泉もあったし、結構共通点あるんだな。


立ち止まった私と弟に気付いて、前に居たボッシュさんとマイヤーさんが振り返った。


次の瞬間。



「逃げろっ!」



2人の顔が強ばって、叫んで。


見えなくなった。



「ぎっ」



全身鳥肌。

獣の臭い。

顔を隠す、ごわごわした毛と硬い爪。

背中に感じる大きな体。

荒い息遣いは、走り回った後の犬より強風を起こしている。


後ろになんか居る。でっかいのが。


目だけを動かすと、隣に弟は立ったままだ。

片手でそれぞれ捕まっている?



毛が当たって気持ち悪い。生臭い息が気持ち悪い。



「クソッ、何やこいつ!」


マイヤーさんが珍しく焦った声を出す。

剣を抜く音がした。


ハヤク、タスケテ。



「獣人族…?2人を離せ!何のつもりだ!」



ボッシュさんが怖い声で威嚇する。


これは人なの?言葉が通じるの?


獣は何も言わずに、手を動かした。

私の顔から首へ。


不快感MAX。


訳が分からなくなって、悲鳴をあげた。


誰かが何か言ってる気がしたけど、脳まで到達しなかった。



手を払い除けたいけど触れない。ちびっ子みたいに泣き喚くしかできない。


ジタバタしているうちに、首を押さえる手が強くなって、苦しくなって、声も出せなくなった。



「トモ!離せよコイツ!トモっ、落ち着いて!」



「動かないでねぇ?この子達の命が惜しければ」



弟の悲鳴みたいな声が聞こえた後、やけに嬉しそうなアイツの声が聞こえた。


そうか、人間離れしてると思ったら変なイキモノの仲間だったんだ。


そうか。



やっぱ敵じゃん。




○ ○ ○ ○




なんとか穏便に食事を済ませて宿に向かっていると、マイヤーが低い声で話し掛けてきた。



「あのオルガっての、どうする。こっちの話全然聞かんし、やたら姉弟を気にしとって…」



何か重いものが落ちたような振動を感じた。

同じ様に感じたらしくマイヤーの話が途切れ、その気配を探ってほぼ同時に後ろを振り向く。


暗がりから走り出てきた巨大な獣が、姉弟のすぐ後ろに迫っていた。



「逃げろっ!」


咄嗟に叫ぶが遅すぎた。


獣は両腕で2人を抱え込み嘲るように口を歪めた。



半獣化した獣人。全身を毛で覆われ、顔も鼻面が突き出てほぼ獣に近いが、二足歩行で会話が可能だ。

マイヤーは初めて会ったらしく、柄にもなく狼狽している。



「……何のつもりだ!」



獣人族に襲われる覚えはないし、姉弟もそうだろう。


獣人は答えず、腕を動かし姉弟を抱え直した。

その途端、硬直していたトモが悲鳴をあげた。



「トモ、落ち着け!」



声を掛けるが届かない。

軽い錯乱状態に陥っているようだ。隣のリョータも身をよじって腕を伸ばすが、獣人が引き離す。


そして、トモの首を押さえる腕に力を入れた。



体が半ば浮きかけ、仰け反りながら空気を求めて必死に息を吸うトモの姿を見せられ、血が逆流するような感覚を覚えた。



「ボッシュ、あたし裏に回ろうか?」



アガサが低く聞いてくる。それに答えようとした時、離れていたコンスタンスが獣人の横に立った。



「動かないでねぇ?この子達の命が惜しければ」



場違いなほど明るい声が、耳を通り抜ける。


殺意を込めて睨むと、奴は獣人の肩を叩いた。

トモを苦しめていた手が緩み、咳き込みながら呼吸を整えるが、ぐったりと俯いて顔が見えない。


「お前、何がしたいんや」



マイヤーが抜き身の剣を手にしたまま、唸るように声をかけた。



「まぁ色々なのよ。予定外の事態で複雑でねぇ」



「要求は何だ」



俺が声を掛けると、奴の巨体に隠れていたオルガが飛び出した。



「ごめんなさい、ボッシュさん。でもあなたはいいんです、私を救けて下さったから。だから、こっちへ来て下さい」



涙を浮かべて、要領の得ないことを言ってくる。



「全員殺す気やけど、ボッシュは惚れたから見逃すゆぅ事?お前等、何モンや」



「私はレヴァイン様の娘です」



マイヤーに殺意の籠もった目を向けてから、オルガはきっぱりと答えた。


レヴァインの名を聞いた途端、肩の傷口が疼いたような気がした。


家族総出で復讐する気か。



「お前と獣人は雇われたのか」



コンスタンスに目を向けると、肩をすくめて笑う。



「私はオルガの伯父よぉ。育ての親。こっちは弟。アタクシ達は情に厚いの」


「家族ならこんなこと止めさせるべきだろう!」



アガサが叫んでも、彼らには届かない。



「お前等のやっとることは国への反逆や。解ってやっとんのか」



マイヤーが一歩近づくと、コンスタンスが顔を引きつらせた。



「こっちには人質がいるのよ?動くな!」


「目的が僕達の殺害なら、言うこと聞く意味ないじゃないですか」



冷え冷えとしたリョータの声がそれに答えた。

全員の視線がリョータに集中した瞬間、走った。


剣を抜き、下から上へ。


姉弟を抱えて自分で防御を放棄した獣人の顔が、縦に裂けた。

悲鳴をあげながら姉弟を突き飛ばし、暴れる巨体に矢が刺さる。動きの鈍ったところで足をかけ、地面に倒して押さえ付ける。獣人はこのくらいでは致命傷にならないので、安心はできない。


転がった姉弟は、たいした怪我はしていないようだ。よろよろと立ち上がり、獣人から距離を取る姿にホッとする。


俺とほぼ同時に動いたマイヤーは、コンスタンスの右腕を斬り落とし、その太い首に剣を突き付け、跪かせていた。



この頃に、ようやく騒ぎを聞き付けた騎士が駆け付けた。



彼女のことは全く頭になかった。



「全部アンタのせいよっ」



泣き声の様な絶叫が響き、オルガがトモに掴み掛かった。




伸ばされた右手を、懐に飛び込んだトモの右手が掴んで更に引く。加速して前のめりになったオルガの鳩尾へ、回転を加えてトモの左の肘が叩き込まれた。


戦いを美しいと感じる時が来るとは、思ってもみなかった。


獣人を取り押さえに来た騎士から感嘆の声がもれる。

彼らに任せてトモの傍へ行くと、腹を抱えて咳き込むオルガを見下ろし、震える声で呟くのが聞こえた。



「しつこいのよあんた等」



まったくだ。


声が擦れて痛々しいトモの体をそっと抱き寄せて、きつく腕の中へ閉じ込めた。震えが止まるように。


見せ付けるように。





ほのぼの を返上すべきでしょうかね。


もふ成分とオルガさんの痛い愛を絡めたら、なぜかこんなん出来ました。


あれ?

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