50話・知らないこと知ってること
姉 弟視点
外はすっかり暗くなった。まだ馬車の中。
私はなんかもう疲れてうとうとしている。
たまに、弟とオルガさんが喋ったり、親子で喋ったりしていたみたい。
「…トモ…着いたよ、起きられる?」
肩を叩いて私を呼ぶ声で、目を開けると弟が心配そうに見ていた。
もう着いたのか〜。なんかもうこのまま寝たいなぁ。だるいんだけど。
馬車から降りると、目の前が真っ白になった。起きてすぐ立つんじゃなかった。私を呼ぶ声がすごく遠くで聞こえてくる。
なんだか弾力のあるぼよんぼよんしたものに寄り掛かっている?
ん?
「ちょっとぉ、気がついたんならアンタ自分で立ちなさいよ」
耳元で、野太い声。これが地声か。
口調はあれだけど、意外に優しく支えて立たせてくれた。
「顔色悪いね、横になったほうが良さそうだ」
アガサさんが、私の顔に手をあてて、心配そうに見ている。
私は『大丈夫』って言いたいけど、立っているのがやっと。貧血なんだか単に眠いんだか、よく解らない。
「トモ」
ぼわぼわした耳に、ボッシュさんの声が飛び込んできた。なんとか頑張って目を開けると、びっくりするくらい近くに顔が来ている。でも何も言わずにすぐに離れた。
「宿に連れて行って寝かせてくる。アガサ、皆をこの前の店に案内してくれ」
またあそこ行くんだ。オネーサン喜んじゃうね。
馬車はどうするのか、と思ったら、もうなかった。
あれ、もしかして結構意識が飛んでた?
「トモ、こっち」
ボッシュさんの方へちょっと寄ると、一瞬ぎゅっと抱き締められて、膝の力が抜けた。不意打ちだ。こんなの反則だ。
地面にへたる前に、持ち上げられた。
お姫様抱っこだ。
嬉しいのとラクチンなのと暖かいので、目が閉じていく。寸前、オルガさんと目が合った。
うぅ。渡さん。
力が入らない手で、ボッシュさんの上着をぎゅーっと握り締めた。
気が付いたら、ほかほか布団の中だった。うぅ。幸せだ。でもちょっと重い。
羽布団がないからなぁ。
寝返りができないのはなぜでしょう?
目の前に誰かさんがいて、私を抱き枕にしているからです。
「ボ、ボッシュさん〜?何してるのかな?」
声が擦れて思いっきり裏返った。しょうがないよね!
「トモが服を離さないからな。一緒に居たかったんだろう?」
ほとんどくっついたまま至近距離で囁かれると、脳みそがヤヴァイ。溶ける。
いや、嬉しいけど。
まだその先の展開は早いってゆーか・・・。
「トモ、具合はまだ悪いのか?医者を呼ぶか?」
ボッシュさんは、私の腰に回してた手を布団から出して、頭を撫でる。大きな手は暖まっててほっとする。
「寝れば治るよ、多分」
一緒に居てくれたら。
「あの2人を誘ったのは、職務上というか、成り行きというかだな…」
真剣に言うボッシュさんの口に、手で蓋をする。これを謝らせちゃ駄目だ。筋が違うというやつだ。
「解ってるよ。私が嫌なだけ。ボッシュさんの優しいところが好きなのに、見てたら苛苛して。みっともないね」
まったく、冷静になると恥ずかしい。ボッシュさんがあの親子を見捨ててたら、ひどいとか思っちゃうくせに。
オルガさんにとられたらどうしようとか、貧相な自分の体と見比べて凹むとか。
不安でたまらなくなる。
「……俺も」
ぼそっと呟いたボッシュさんが、撫でるのを止めたと思ったら、その手に力が入って更に抱き寄せられた。
そ、それから、何というか激しいキスを。ベロちゅー経験の少ない私には、激しすぎぃ・・・。
またボッシュさんがエロい目になってるし!
目が逸らせなくなる。
「俺も、トモがマイヤーと居たのが気に食わない。何を話してた?」
はぁっと、ため息をついて私の顔を両手で挟んだ。あれ、いつのまに私の上に居るの。重くないけど。
体勢に気を取られているとぺろっと唇を舐められた。舐めたよこの人!
「答えられないようなことしてたのか?」
それってどんなことですかせんせい!
いつものかったるい感じがなくなって、なんかこう、ぎらぎらしてる?
「話してないよ、そんな。マイヤーさんが喋れって言ったんだけど、私が言う前に解っちゃうかぁ…んぅ」
話してる途中だよ?!
よく解んないけど、なんか地雷踏んだみたい。
気が遠くなるまでちゅーされた。
「トモ、誰にも渡さないから。俺も、トモだけのものだ」
それから、ぼーっとしてる私の襟元を下げて、ささやかな胸の上に吸い付いた。これってあれか、キスマーク?
「……俺の印」
真顔で言うな!
鼻血がでる!
ぐわぁもう顔か見られないじゃないか!
ボッシュさんの首にしがみついて視線を逸らす作戦は結果的に失敗だった。
顎髭がくすぐったくて逃げようとしたのがばれて、最大の弱点である首にもちゅーされた。というか舐められた。
そしてこの辺で、とうとう私の意識がとぎれた。
○ ○ ○ ○
行きにも入ったキャバクラ的食堂に来ました。
オルガさんは慣れてないのかキョロキョロしてますがコンスタンスさんはどっしりと馴染んでいます。
声を出さなきゃ大柄なマダムですからねぇ。
前回と同じく、豪快な肉料理がでてきてテーブルの上がどんどん狭くなります。
「おぉ、今度は大胆な料理やなぁ。酒が進みそうや」
マイヤーさんは酒で酒を飲んでるような気がしなくもないですけどね。
「あんた達も、遠慮せずにお食べよ」
アガサさんが、いくつか綺麗に取り分けて、コンスタンスさんとオルガさんの前に置きました。肉と付け合わせを彩りよく並べていますね。意外に繊細。
「あのぉ、待たなくていいんですか?」
オルガさんがフォークを手に、迷いながら小さな声で言いました。
「トモは多分ここの料理は食べられないですから」
前もそうだったし。一応ハーブも使ってるけど、肉の主張が強いので苦手みたいです。何肉か解らないし。
「あれは朝まで放っておいたらえぇんちゃう?」
マイヤーさんの言葉に、オルガさん以外が吹き出しました。
「あ、あのねぇ、子供の前で何言ってんのさ!」
初めに復活したアガサさんが真っ赤になって言いました。全くですよ。
僕はあまりに咳が続き、苦しくて涙が出るほどです。
「なぁにぃ、婚約って言ってたけどそこまで進んでるわけ?」
コンスタンスさんが話題に乗っかってきました。
「あんな痩せっぽち、抱き心地いいとも思えないけどぉ」
オイオイコンスタンスさんたらオッサン化してませんか?
というかお前等姉をネタに猥談しないでもらえませんかね。
釘をさそうとしたら。
オルガさんがフォークを持ったままの手を、思いっ切りテーブルに叩きつけました。皿が浮き、中身の減っていたグラスが転がる勢いで。
そのまま無言で立ち上がったオルガさんに、マイヤーさんが声をかけました。
「どこ行くん?さっきのはまぁ冗談やけど、あいつらの邪魔せんとってな?ボッシュにその気ぃ無いんは解っとるやろ?」
マイヤーさんにしては、ストレートな言い方。こういう時はどちらかというと傍観するかと思いましたけどね。
オルガさんは、マイヤーさんを涙目で見つめました。僕の時と態度違う・・・。
「私は、別に……ただお礼を言いたくて」
そのタイミングは違うでしょうよ。大体、今からどこか襲撃に行くみたいな勢いだったじゃないですか!この人って、徹底的に空気読まないんですかね?
「オルガ、まぁ今はあの小娘が具合悪そうだし?あなたも疲れたでしょう。明日にすれば?」
コンスタンスさんに宥められて、ようやくオルガさんは諦めたようです。
やっぱ親馬鹿か。
そもそも今日会ったばかりのボッシュさんに、何でこんなに執着するんでしょうか?
救けられたから?
ハリウッド映画じゃあるまいし、危ないところを救われて一目惚れだなんて。ボッシュさんの性格からしてほとんど話してないだろうし。
キャラも一定してないしなぁ。時々見せる、迫力ある目付きのほうが素っぽいんですよね。
うわ、また睨まれた。
女の人って怖いです。意味解りません。
「どこまであの人達一緒に来るんですか?」
こっそりマイヤーさんに聞いてみても、肩をすくめて知らん、と一言。
「トモちゃんはぁ、なんであんま喋らんの?はっきり言うたったらえぇのに」
「それは…人見知りですからね。昔から、僕以外にはあんな感じです」
どちらかというと改善されたほうなんですけどね。コンスタンスさんとあんな風に口喧嘩してるのなんて驚きですよ。気に入らなかったら一言も口をきかないのに。
「難儀な性格やなぁ」
呆れたように言われたのにちょっとむっとして。
反論しようとした言葉を飲み込みました。
聞く人がいないから喋らなくなったなんて、自分から言うのもなんだか同情を買おうとしているみたいで不愉快です。
「リョータはもうちょっと子供らしゅうしてもえぇと思うよ?気持ちは解るけどな。まわりが腑甲斐ないんは勘弁してな」
ぐしぐしと頭をかき乱されて、思わず笑いがこぼれました。
「無理ですよ。ボッシュさんチョー鈍いから、トモが泣かないように見張ってないと」
「それについては異論ないわぁ。協力すんで?」
異世界生活の基本。
楽しく暮らすには、自分で環境を良くしていきましょう。
一マス開けるのやっぱり止めました。
なぜか違和感が…。
オルガちゃんはどうでしょう。皆嫌いですか。
知り合いの後輩をモデルにしています。女性に総スカンらしいですが、スタンスを変えないそうです。
いっそ天晴れで、私は結構好きかもしれません。




