49・俺の話を聞け
弟 ボッシュ視点です
狭い密室で、自分以外のメンバーの仲が悪い。
拷問じゃないですか。
姉は窓枠に頬杖をついて外を眺め、無言です。これはまぁ、普通ですね。
お客さん?のコンスタンスさんとオルガさん親子も無言です。この人達は本来はお喋りの様でしたから、出発前のアレコレで疲れているのか呆れているのでしょう。
居心地が悪そうに、コンスタンスさんがもぞっと動きました。馬車も傾いたような気がします。多分座席の幅が狭いんでしょう。あの体格は150キロはありそうに見えますね――髷が似合いそうです。
オルガさんは、なんというか、発育がよろしいと思います。とても健康的で、まぶしい感じです。変な意味じゃなくて!姉と比べると、です。太陽と月のように。まぁ内面は解りませんけど。この辺も姉の対抗意識を掻き立てる一因になってるんだと思います。
馬車の中に不思議な音が響いて、ぼんやりしていた姉も現実に引き戻されてきました。今のは?
コンスタンスさんが大きな手をお腹にあてて、深いため息をつきました。
お腹が鳴ったんですね!どこの獣かと思いましたよ。
「……どうぞ?」
そんな様子を見ていた姉が、紙包みを出して差し出しました。それはルシンダさん特製の、焼き菓子。マドレーヌほどしっとりしてないけど、外がカリッとして中がふんわりしている絶品です。
コンスタンスさんは何とも言えない表情で紙包みを見つめて、すぐには受け取りません。姉がもうちょっと上手く勧めてあげればいいんでしょうけど、まぁあの姉ですからね?無理。
「これは知り合いが作ってくれたお菓子なんですよ。まだ次の街までありますから、食べませんか?」
「そ、そう…じゃあ遠慮なく戴くわぁ。ね、オルガ」
「はい」
オルガさんはどうにも元気がありませんね。俯いてもそもそ食べてます。まさかボッシュさんに本気で一目惚れしたんじゃないでしょうねぇ。気持ちは解らなくもないですが。
アガサさんの方が活躍したと思うんですけど。女の子は派手な方に目が行くんですねぇ。
「ねぇ、アンタ達何者?どこかの貴族様なの?」
お腹がおさまったのか、さっきよりは柔らかい表情になったコンスタンスさんが聞いてきました。何者かと聞かれると、困ります。
「ガルニエ砦警備隊隊長の養子です」
てのが、正しいかな?
「へぇー!さっきの騎士はボッシュ様よねぇ。他の方はなんとおっしゃるの?」
「マイヤーさんと、女性がアガサさんです」
ボッシュさんの話題になると、オルガさんがバッと顔を上げて、父親の横顔を――睨んでる?何ですかその反応。
「あなた方は、どうして旅をしてるんですか?」
僕が話し掛けると、オルガさんが怖い目のままこっちを向いたので、少しぎょっとしました。ただの社交辞令じゃないですか!何ですかその変態を見つけたような目は。
「人に言えないような理由で旅をしてるのに、どうして一緒に来るわけ?」
うわぁ、絶賛喧嘩買い取り中のようですね、姉よ。ただ表情と声が平淡なので迫力には欠けますが。
「父が足を痛めているからと、ボッシュ様が、わざわざ誘って下さったんです。翼獣からも私のことを守って下さったし、こんなによくして戴いて、私…」
んんん〜?もしかして、さっきの婚約者云々はスルー決定ですか。
都合の悪いことは無視するタイプなのかな?面倒臭いですけど、相手しなくちゃいけませんかね。
ボッシュさんの味方をする気はありませんけど、僕は姉の、味方ですからね。
「いい男を見つける旅?」
見も蓋も無さすぎです、姉よ!窓から遠くを見つめてアンニュイな雰囲気で言うことじゃないでしょう?コンスタンスさんは金剛力士像みたいな顔になってきたし、オルガさんはまた目がギラリと光りました!
「アンタぁさっきからなんなのさ!うちの子は嘘は言ってないわよ!押し掛けたわけじゃないんだからね」
ちょっとオッサン化したコンスタンスさんが、オルガさんの肩を抱き寄せる様にして言いました。
親馬鹿?
オカマで親馬鹿な巨漢。濃ゆい人ですねぇ。でも。
「いいなぁ」
姉が、隣にいる僕にだけ聞こえるくらいの小さな声で言いました。その声は僕の心の中での呟きと重なって、どこか見えないところにコツン、と落ちたような気がします。
○ ○ ○ ○
「ボッシュー。この朴念仁めぇ」
馬車を操る俺に、馬を寄せてきたマイヤーが声をかけてきた。
「いきなり何を言うかと思えば…何なんだ」
「なんで親子拾うたん?俺等の任務は姉弟の護衛やったと思うけど?」
「それはそうだが、怪我人を見捨てるのか?お前は話してないだろうが、オルガは空腹で食べ物を探しに出ていたんだ」
トモと変わらない年の少女が木の実を探して地面を這っていたという。あまりに気の毒で、声をかけずにいられなかった。
「お前さぁ…トモがなんも言わんからって、なんも考えてないわけやないんで?解っとる?10言いたいことがあっても、1言うか言わんかやで」
解っている、と言いたいが、リョータにも同じ様なことを言われた。わざわざ言うということは、俺は多分解った気になっていただけなんだろう。
「…お前は、トモの気持ちがよく解るんだな」
言わなくていいことだったかもしれない。一瞬で、マイヤーの顔から表情が消えた。
「――そやな、リヴァン副隊長さんのお墨付きやし?トモちゃんも俺にしたらえぇのになぁ?」
いつもの、真意の見えない笑いを張りつかせたマイヤーがとんでもない事を言った。お墨付きって、どういうことだ。
「おい…」
「俺達みたいな異邦人は我儘言える立場じゃないて、解っとりますぅ」
冗談めかしたその言葉は正しく彼らの状況を表している。
異邦人。
移住してきたマイヤーも知らぬ世界から来たトモ達も。心のままに生きる事など出来ないのだろうか?
「あんなぁ、トモちゃんにも言ったんやけど、お前等ちゃんと話をせぇよ。あの親子のことやって話さんから拗れてんやんか。お前がな、『トモのことだけ大好きですぅ、あの2人は拾ってやっただけやから安心してぇな』って言ってやったら済むことや」
内容はもっともだが。俺にそれを言えと?
「好いた女を安心さしてやれんのは、男の風上にも置けんで。あんまり泣かしとったら本気で貰うで?」
マイヤーはそれだけ言うと、馬の腹を軽く蹴って馬車から離れていった。
別に、トモを放っていたわけではない。あの時、マイヤーと手を繋いでいたトモがあまりに自然で、目に焼き付いた。
すぐにでもその手を奪い返したかった。いい大人が嫉妬など、みっともない。そう思って見て見ぬ振りをしたんだが、間違いだったらしい。
オルガと話していたことに嫉妬していたとリョータに聞いて、正直なところ嬉しかった。誰も居なかったらあのまま馬車に閉じ込めて、押し倒したいとさえ思った。
そこまでは言わない方がいいか。
言わぬが花 という言葉もありますが、ちゃんと口に出さないと伝わらない事のほうが多いですね
今回 一マスあけてみました。 今更ですが。
なんか めんど…ぐふ
気が向いたら過去のも変えるかも知れませんが、句読点の位置がずれるのが嫌なのでやらないかもしれません。