47・でかっ
ボッシュ 姉視点
来る時に教えてやった廃城に、トモが興味を示していたのは知っていた。
だから、こんな風にねだられたら断れるわけが無い。
馬車から抱き降ろして、まだこの腕の中。真っすぐ見上げているその瞳は、年相応の好奇心と喜びに輝いている。
これを断れる男が居たら会ってみたい。
了承すると途端に綻びるその顔に口付けしたくなったが、リョータの冷たい視線が刺さる様だったので諦めた。
なんとか草木の生い茂るなか馬車の置いておける場所を確保して、丈夫そうな木に馬を繋いだ。
アガサとマイヤーも、それぞれ木に繋いで合流した。街道からは木々で隠れているし、昼食の間くらいならば盗まれることもないだろう。
城と言ってもたいした部分は残っていない。
崩れた城壁の一部、残った建物の木の扉はとっくに腐り果てている。円柱型の本棟部分だけはしっかり残っていて、異様な雰囲気だ。
姉弟は興味深そうに辺りを見回しながら、なにやら楽しげに会話している。
「この辺で食べませんか」
歩き回った挙げ句、気に入った場所を見つけたリョータが声をかけた。
そこは半分崩れた部屋で、残った壁が冷たい風を遮り平らな床は食事をするのに最適だ。そこに毛布を敷いてトモとアガサを座らせ、籠の中から食べ物を出して並べていく。
気のきくことだ。
「たまには、こんなんもえぇなぁ」
薫製肉の薄切りを片手に、マイヤーが目を細めた。
やっと元の調子が戻って来たようだ。
「あっ?」
不意にアガサが声をあげて立ち上がり、鋭い表情で一点を見つめている。
なんだ?
「今、あそこの茂みに人がいたよ」
「確認する。マイヤーそこを頼む」
柄に手をやり、アガサと2人でゆっくり近づく。
確かに誰かが居る様で、俺の胸の高さまである茂みは揺れている。
「そこで何をしている」
声をかけると、一際大きく草が揺れた後、子供が出てきた。
姉弟と同年代の少女。
やや赤みがかった肌はレオと同じ南方の民の特徴で、波打つ長い黒髪を頭の後ろで束ねている。ただ目の色は珍しく淡い緑色。
服装は特徴の無い、男ものの茶色い上下に冬用の外套を羽織り、膝までの長靴。旅人のようだ。
「すみません、特に隠れていた訳じゃないんです!」
開いた両手を突き出して、近づいて来る。見る限りではただの少女だが、1人でいることは怪しい。
「こんなとこで、1人で何やってんのさ。あたしらの馬でも狙ってたのかい」
アガサは尋問向きではないと思う。だから内騎士なんだな。
「違います!父と、あそこで休憩してたんだけど、お腹が、空いたから。食べられる実でもないか探してたんです」
少女は赤面して俯きながらそう呟いた。
途端に同情したアガサが少女の手を取り、強引に昼食に誘う。まぁ、ただの旅人とは思うが。目を離さなければ大丈夫だろう。
少女を伴って3人の待つ場所へ戻ると、当然視線は少女に集中している。
そういえば、名前をまだ聞いていなかった。
改めて尋ねようと思って横を見ると、突然アガサと少女の体が影で覆われた。
「「でかーっ!」」
姉弟が揃って叫ぶ。
俺達の頭上では、かなり大型の翼獣が羽撃いていた。
位置的にまずい。
マイヤーとトモは建物部分で、なぜかリョータは少し離れた位置に立っている。そこから距離を置いて俺達がいる。
翼獣は中間で見下ろしている。
「リョータ、草の間を通って、木に近い所で伏せろ」
声をかけると、強ばった顔で頷き、なんとか移動を開始する。
広い翼が邪魔になるので少しは安全だろう。
次にマイヤー達に声をかけようとしたら、彼らを目掛けて翼獣が急降下した。
「トモっ!」
思わず剣を抜いて、走り寄る。
巨大な鉤爪の犠牲になったのは、昼飯の入っていた籠だった。残っていた食料が飛び散る。
トモはマイヤーに抱えられて無事だったが、顔が引きつっている。
無理もない。
翼獣は部屋いっぱいに翼を広げ、大口を開けて威嚇していた。
翼に斬り付けると、身体を捩って避けやがる。
飛ぼうとしたのかこちらを襲おうとしたのか、暴れた身体が壁にぶち当たり、残っている壁や天井部分からぱらぱらと欠片が落ちる。
崩れたら、奥の2人が危険だ。今も危険極まりない事態だが。
「マイヤー、奥へ行け!中を通って離れたとこから出ろ」
「ん〜解った。任すわ」
声をかけると即移動を開始した。
トモは奴に任せておけば安全だ。
戻って来る前に、翼獣を片付けたいところだ。
○ ○ ○ ○
楽しく廃墟でピクニック。
ちょっと寒いけど、遠足みたいですごい面白い。
半分ごっそりない部屋とか崩れた井戸とか。
それでも塔みたいな部分はしっかり残っていて、手入れをしたら展望台とか憩いの場として使えそう。
もったいないな。
せっかくだからと、弟が吟味した場所でお昼を食べることになった。
いい具合に寂れた草木や崩れた壁、見上げれば塔が目に入る、ベストスポット。
しばらくすると、アガサさんとボッシュさんが何かを見に行って、戻ってきたら女の子を連れていた。
なんで?
「あれどっから拾って来たんやろね」
マイヤーさんが不思議そうに呟いた。
ほんとにねー?
近付いて来る。こっちに来る。なんかヤだな?
突然、見ている3人が暗くなった。
それで、上を見ると――。
「「でかーっ!」」
弟とハモった。
だってびっくり。
プテラノドンだっけ?
あんな形で、もっさり派手な赤い毛が生えてて、5メートルくらいの何かが飛んでいた。
誰だって驚くでしょ?!
食われるって!
大口開けてギザギザした牙が見えてるし!
プチ・パニックを起こして頭が真っ白。
何がどうなってるか認識する前に、いつのまにか移動していた。
マイヤーさんに抱っこされて。
はれ?
取り敢えずぺちぺち腕を叩いて、復活をアピールしてみた。
「帰って来た?大丈夫なんか?」
足を止めて、床に私を降ろしながら聞いてくる。
「ここどこ?さっきの何?皆は?」
「ここはホレ、城ん中。さっきのはぁ、翼獣言うて大体は山に居るらしいわ。皆は外」
私が頭に浮かんだまま口に出したことに、答えてくれるマイヤーさん。
淡々としたその様子に、こっちも落ち着く。うぅ。多分。
外にいるって、大丈夫なんだろうか。いかにも肉食です、て顔をしてたんだけどな。
さっさと歩きだしたマイヤーさんを追い掛けて、戻らないのか聞こうとして迷ってしまう。
ちょっと苛苛して見える、横顔。顎の辺りが張ってて歯を食い縛っているのが解った。手は剣に。
私より付き合いが長いんだから、心配しないわけがないんだ。
壊れた城の中は暗くて、場所によっては手探り状態だった。電灯ってやっぱすごいものだったんだな。
少し前の方から、変な音が聞こえてくる。
「何、この音」
「トモちゃんも聞こえてるか」
床や地面に響く、低い音。また何かでるのか?
少し歩くと、右手に扉のない部屋がある。そっちのほうが少し明るいから、窓があるか、壁が壊れてるかのどっちかだろう。
マイヤーさんがゆっくり剣を抜いて入っていく。
置いて行かれるのも怖いので、後ろからそっと部屋に入った。
赤ちゃん鯨がいた。
セイウチかも?
「なんやのこれ」
剣をだらん、と下げてマイヤーさんが呟く。
少し近付くと、ソレは人類だった。
丸々としたその人?は床に敷いたボロ布の上に転がって眠っているようだった。一番丸い部分が上下するのに合わせて、響く重低音。
鼾か!これが。初めて聞いた。すごいんだ。
音を立てないように近付いて観察したけど、その人は性別がよく解らなかった。ドレスかローブみたいな裾の長い黒っぽい服で、黒髪は編んで垂らしている。
血色のいい顔は、唇が赤いから、女?
「トモちゃんあんまり…」
マイヤーさんが言った瞬間丸い人の目が開いた。
目、合っちゃったよ。
「あんた何なのよ、トリガラ娘」
はぁ?何か言いやがりましたか。
丸い人はゆっくり起き上がって、立ち上がった。
でかい、丸い。
ハスキーな声はどちらか解らない。前後左右に丸い胴体も、区別がつかない。
「なんなのよ、って聞いてるでしょぉ?」
ぷん、と口を尖らせて言ってくる。上から。背が、多分ボッシュさん並みに高いから見下ろすのはしょうがない。
けど。
なんかムカつく。
「あ〜、あんた何?俺らは通りすがりでな、外に翼獣がおって、逃げ込んだんやけど」
マイヤーさん頑張れ。腰が引けてるぞ!
「翼獣ですって?外には娘がいるのよっ」
慌てて飛び出そうとして、戸口に走って来た。
そこには私が立っていて、避け切れずに跳ね飛ばされた。
「邪魔よっ!ぼさっとしてんじゃないわよ、トリガラ娘っ」
また言った!
「だ、大丈夫か、トモちゃん」
座り込んだ私を引き起こして、小さい子にするみたいに汚れを払う。
私はその腕を掴んだ。
「マイヤーさん、アレは敵認定」
追い掛けて、後ろから蹴りをいれてやる。
探険はまだ続くよ