39・この親にしてこの子あり
姉 ボッシュ視点です
若干グロい表現ありです
王様とロデリックさん達近衛騎士がサンルームから出て行ってしばらくすると、侍女さんが新しくボッシュさんとアガサさんにもお茶を持ってきてくれた。
「…お嬢様方も、お取り替致します」
さっき来た人と違って、たまにカチカチと音がする。新人なのかな?まだ若くて緊張してるみたいだ。私がじろじろ見たせいかも?
ソソっと去っていく姿を見送って、新しいお茶を飲むことにした。さっきと違う花の香りのようなすっきりした風味だ。とは言っても3杯目なのだな。全部は無理かも。
「ん〜、美味しいねえ!」
アガサ姐さんがお菓子を頬張り、幸せそうに熱いお茶を飲む。弟はお菓子は断ったけど新しいお茶は気に入ったみたいで、ふぅふぅと吹きながら味わっていた。
そんな中ボッシュさんはテーブルにお茶を置いたまま腕組みをしている。
「お茶美味しいですよ?」
あの子がせっかく用意してくれたんだから、残すのは悪い気がするんだけど。
「まだ熱すぎる」
ぼそっとボッシュさんが言った。
猫舌なんだ!そうなんだ!
なんか、可愛い・・・。
ちょっとからかってみようと思ったら、突然弟の体がグラリと傾いた。
咄嗟に両手を出して支えると、ぼんやりとした顔が目に入る。
貧血?緊張の糸が切れたとか?
「頭、くらくらする…」
そう呟いて、ぐったりと目を閉じてしまった。
このままにもしておけないので地面に降ろそうと椅子から立ち上がったら、私の膝がカクンと折れた。
は?
「どうした、お前達?!」
姉弟揃って地面に転がる前に、力強い腕に抱き留められた。
「なんか、ヘンなの、力が入らない」
目眩がする。震える手で抱えた弟は眠ってるみたいにぴくりとも動かない。
ボッシュさんはその首に手を当ててから、私を見て顔を歪めた。
「リョータは大丈夫だ、脈は安定している。お前はどんな感じだ、苦しいか?横になるか?」
私を見てくれている筈なのに、私の視界は歪んでいてよく見えなかった。
なんなんだ、これ。
お茶か?なんか入ってた?
「あ、アガサ、さんは」
お茶が原因なら、姐さんはガブガブ飲んでたから!
ボッシュさんはハッとして姐さんの方を見に行った。
私は床にへたり込んで、弟を膝の上に抱えてバランスを取っている。仰向けになった弟からは規則正しい呼吸が聞こえていた。
眠り薬でも入ってた?
王様のすぐ傍で?
王様がこんな回りくどいことをさせる理由はない。
騎士にまで薬を盛ったのはなぜ?
あの子は悪の手先だったのか。同じくらいの年の子だったのに。
目的は、私達のうち、誰なんだろう?
ボッシュさんの声がする。アガサさんを私達の隣に寝かせて、ため息をついた。
「眠らされていた」
静かな声と同時に、暖かい手の甲で顔を撫でられた。こんな状況なのに安心できてしまう、なんでかな。
「助けを得たいが、敵がまだ解らない今ここを離れる訳にはいかない。もう少し辛抱してくれ。兄貴が来るかもしれんし剣も預けたままだしな」
ぎゅっと両腕に閉じ込められて、耳元で言われた。幸せ。このまま寝ちゃっていい?
そんなバカなことを考えた時、扉が開く音が聞こえてきた。ゆっくりと、ホラー映画のように。
「いいザマだな、野良騎士が」
誰だよ、オマエ。
多分いい年のおじさん。物凄く、ヒトを馬鹿にした雰囲気が駄々洩れで、気分が悪い。
ボッシュさんが、歯軋りをした。
足音がする。重そうな、隠れる気のない歩き方で。
他にも誰かが入って来ている。聞き慣れた金属音。
「貴様は、貴様等だけは許さぬぞ、小娘共!」
私かよっ?!
恨みの籠もった、叩きつけるようなその声に、心臓がキュッとした。
流石に、知らない人から恨まれるのは恐怖だ。
動けない私達を庇うようにボッシュさんが立ち上がって、これまで聞いたことのない、怖い声で言った。
「それ以上近付かないでいただこう、レヴァイン卿」
レヴァインって、あれか!変態野郎の関係者か!
クラクラする目眩や体の震え、理不尽に命を狙われている恐怖より何より、私の頭は怒りでいっぱいになった。
「それ以上近付くなと言っている!」
「愚かな、剣を持たぬ騎士に何ができるというのだ。お前達、まずはこやつを斬り捨てよ!我が息子の無念を晴らしてくれよう」
「ちょっと待てコラ、そこの偉そうなクソジジイ!」
机に縋りついて、無理矢理立ち上がる。弟がずり落ちたけど、ごめん、今はそれどころじゃない。
勢いがよすぎて、ティーセットがいくつか派手に吹っ飛んで割れる音がした。
「トモ!下がれ!」
ボッシュさんが怒鳴る。
あぁ、でも駄目なの。
これは私の問題だ。
私が対決すべき相手だ。
この人がハウィットの父親と言うなら。
「私はそいつに言いたいことがある。邪魔しないで」
気付くと唇を噛んでいて、血の味が広がった。
でも丁度いい、痛くて頭が少しはっきりする。
ほとんど白髪になっている金髪、怒りで釣り上がった青い目、メタボな体を豪華な服で着飾ったおっさん。嫌な笑い方で口元を歪めて私を見た。
「なんと品の無い娘だ!まぁいい、死ぬ前に言いたいことを言うがよい。それ位の慈悲は私にもある」
「あんたに許されなくても言いたいことは言う。
あんたの息子が捕まったのは自業自得。あんたの教育が悪いから。人を人と思わない勘違い野郎に育てるから馬鹿なことをしでかすのよ。私を誘拐監禁して、救けに来た騎士達を害虫扱いして罠にはめて殺そうとした。その行いが自分に返っただけ。他の仲間は処刑されたのに生きてるだけでも有り難いと思いなさいよ」
一息ついて、睨み付ける。おっさんは怒りでぶるぶる震えている。
「あんたに謝罪される覚えはあっても殺される理由はない。あんたのそれはただの逆恨み」
「黙れっ!――早くこやつを斬れ!」
なんなんだろ、この通じなさは。
「トモ、早く逃げろ!何やって――」
私は邪魔臭いドレスの裾を限界までめくって、左足を椅子の上に乗せた。
太ももに付けたホルスターから父上から貰ったナイフを外して、鞘ごとボッシュさんに投げ渡した。
多分平和主義の父上の意志に反するけど、死ぬのは嫌だ。ボッシュさんや弟が傷ついたり死んだりするのはもっと嫌だ。
こっちを向いて固まっていたボッシュさんはちゃんとナイフをキャッチして、彼らに向き直った。
剣とナイフでは間合いに差がありすぎて不利だ。あんなの使ったこと無いだろうし。
向こうはボッシュさんの手に武器が渡った事で、動けずにいる。
私は力が抜けそうになりながら、台にしていた椅子を持ち上げる。ズリズリと引きずって奥に行き、振りかぶって王様が出て行った方の扉に叩きつけた。
割りと、かなり、派手な音が響いて扉が壊れた。
思ったより弱かった。弁償しろって言われませんように。
「誰か、救けて!襲われてるのっ!誰でもいいからさっさと救けろコノヤロー!!」
割れた穴に向かって絶叫すると、また目眩がして立っていられなくなった。叫びすぎて酸欠になったのかもしれない。目の前が真っ白になって、受け身もとれずに頭から倒れた、と思う。
○ ○ ○ ○
謁見は滞りなく終了した。運ばれた茶で一息いれようかとしていると、座っていたリョータとトモが椅子からずり落ちそうになった。
慌てて受けとめると、リョータは意識がなく、トモの方も様子がおかしい。
緊張していたせいか、それとも――さっきの侍女か?
やはり茶に何か仕込まれていたらしく、全て飲み干していたアガサとリョータは意識がない。眠らされただけならいいが・・・。
不安げに弟を抱いて震えるトモに手を伸ばした。
「助けを得たいが、敵がまだ解らない今ここを離れる訳にはいかない。もう少し辛抱してくれ。兄貴が来るかもしれんし剣も預けたままだしな」
しばらくそうしていると、人の気配がして、こちらを伺うようにゆっくり扉が開かれた。
入って来た男を見て、思わず顎に力が入る。
レヴァイン。忌々しい記憶も新しい、二度と関わりたくない男の父親がそこにいた。
血走った目でこちらを見据え、剣を抜いた手下を3人従えて。
膠着状態を破るようにトモはレヴァインに次々に言葉を浴びせたのは見ていて気持ちが良かったし、いい時間稼ぎにもなった。
奴は怒り狂っているが。
恐らく、誰かに見られたら自分は終わりだという判断もできていないだろう。
さて、どうするか。
丸腰で、剣4本相手に動けない3人をどう守る?
最悪でも相討ちに持ち込まねば彼女は助からない。
机と椅子は牽制には使えるだろう。ただし素材は弱そうだが――ふと視線をそれらに移した時、さらにトモが近寄って来た。
何をしている?
「トモ、早く逃げろ!何やって――」
思わず固まった。
トモは片足を椅子に乗せ、裾を思い切りめくって、白く細い足を晒していた。
腿の辺りに着けていたものを外してこちらに投げてきて、我に返った。
向こうの世界から持って来た、変形の小剣だ。
柄が握った手を守る形状になっているので、なんとかなるだろう。
半身が机の影に入る位置で対峙する。大した広さではないので奴らは1人ずつでしか戦えない。
「さっさと殺せ!」
声に押されたか、男が飛び込んでくる。
踏み込みが甘いので受ける迄もなく、躱したその背中に肘を落とすとあっけなく崩れ落ちた。
そいつを踏む勢いで来た男は、気合いと共に剣で突いてきた。
上体を捻ってなんとか小剣で受け流すと、火花が散った。切っ先が肩を傷つけ、そのままギリギリと力づくで押してくる。かなりの怪力だ。
後ろではトモが助けを呼ぶ声がする。
あと少し持たせればいい。
なんとか弾き、構え直す。立ち上がりそうな最初の男の頭部に蹴りを入れて転がし、場所を開けた。
レヴァインが喚き、男がそれに気をとられた瞬間に踏み込み、小剣を腹に突き立てた。
思ったより鋭い切れ味に注意が削がれた途端、肩に衝撃がきた。
傷口が広がったかと思えば矢が刺さっていた。
「は…」
見れば、もう1人が小弓を構えていた。
遠距離は圧倒的に不利だ。
もう充分だろう。
構えを解くと、レヴァインが勝ち誇って笑い始めた。
俺の後ろから空気を切り裂くような音がして、飛来した豪槍が弓の男を貫通し、地面に突き立った。
「武器を捨てよ!レヴァイン卿」
腹に響く声がして、逃げようとしたレヴァインの後ろからも近衛の連中が取り囲む。
振り返れば兄とさっきの若造の険しい顔が目に入ったが、それは無視してトモの元に向かう。
ぐったりとして力なく倒れた少女を抱き起こすと、床で頭を打ったらしく、額に血が滲んでいる。
撫でようとしたが両手が自分と敵の血で濡れていることに気付き、諦めた。
「すぐに医者が来る」
「…ロディ、茶に薬が混ぜられてた。3人はそれを飲んだ」
兄は頷き、指示を出していく。
俺は目を閉じて、トモの温もりを感じた。
みっともないが何とか全員守り切った。茶が好きではないマイヤーがいれば楽だったのにな。
トモの本性を知った上で
可愛い とか 守らなきゃと思うボッシュさんの巻
でした。
子猫ちゃんというよりは
子虎ちゃんですね
まぁ男を投げ飛ばして股間を踏み躙る姿に惚れたし。
S同士のカップル…?