35・子供はまわりの大人を見て育つ
姉 弟 視点です
弟以外の誰かに見守られて寝るのは初めてで、握った手を放したくないと思っていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
ふと目が覚めたら部屋にはアガサさんがいて、私の顔を濡れた布で冷やしてくれていた。
「あ、すまないね、冷たかったかい?」
いつもと違ってボリュームをかなり落とした声。優しく頭を撫でてくれる。
「泣き腫らした顔じゃ、明日リョータが心配するからね。ボッシュも…ね」
「気持ちいいです。ありがとアガサさん。私大丈夫だから、休んで下さい」
うとうとしながら言うと、にっこり頷いて隣のベッドに寝に行った。
アガサさんは幼稚園の先生に似てる。名前は忘れたけど、わりと大柄で豪快だったあの人。飛び付いてもびくともしなかったな。
どこにでも、優しい人はいる。強くて優しい人達は、なんて素敵なんだろう。
幸せな気分で、また眠りについた。
次の日は何事もなく、ガタゴトと馬車は進んだ。
途中で綺麗な場所で休憩を取りながら、3人が名所の解説をしてくれた。
国内で一番高い山、真冬に凍り付いて渡れる湖、幽霊が出るという噂の廃城、初夏に紫の絨毯みたいな花畑があらわれるという平野。
ちょっと古いお城に入ってみたかったけど、崩れそうで危ないからと却下されてしまった。残念!
それから、今晩泊まる街に着いた。
もう都へは半日という距離なので、かなり大規模で、整然とした街だった。しかも少人数だけど騎士団の部隊が常駐しているってことで、治安はかなり良くなってるらしい。
「ちょっと俺は別行動ね」
マイヤーさんは馬車を預けると、すぐにどこかへ行ってしまった。
不思議に思って、リョータとなんとなく後ろ姿を見送っていると、ボッシュさんに肩を叩かれた。
「マイヤーには単独任務がある。4人で飯に行くぞ」
そうなんだー。私達を送ってくれて、その上残業だなんて・・・。過労死しなきゃいいけど。
都に近いせいか知らないけど、料理がちょっと手の込んだ感じになっていた。
店員はなぜかおじさんとお兄さんとおばさんだった。家族経営かな?
えちぃお姉さんがいないのは、専門の店があるからだって。アガサさんがこっそり教えてくれた。
前のが塩とハーブの焼肉どかーん!だったのが、柔らかく蒸したような肉にソースがかかってたり、野菜が飾り切りされてたり。
料理の違いは、その地域がそれぞれ違う国だったとか都から情報が伝わり易いかどうか、らしい。今のブームは蒸したり茹でたり、あっさりした素材に、フルーツとかハーブとかで工夫したソースをかける料理。
食べ易くって、とっても美味しかった。砦に戻ったら報告しよう!
「南の地方では、大きな川があるから、そこで獲れる魚をよく食べるよ。レオの出身地だね」
お〜淡水魚ね。鱒の塩焼きは美味しいよな〜。
「この国は、海には面してないんですか?」
リョータが言うと、2人はすぐ頷いた。
「内陸だからな。川と湖だけだ。一度だけ、海を見たことがあるが…すごかったな。水が塩辛いし」
「へぇ〜!想像もつかないよ!」
ボッシュさんとアガサさんの会話に、思わず弟と顔を見合わせてしまった。
海の魚は無しか〜。
今夜はお腹いっぱい食べられた。
アガサさんとおしゃべりして、楽しく眠りについた。良い夢見られそう。
○ ○ ○ ○
昨日はちょっとイライラしてしまったけど、今日は姉の機嫌もいいし、寒いけど晴れているから旅には最高の日です。
しかも今日は観光案内付きでした。姉がいかにも危なそうな城に行きたがったのは焦りましたけど。
幽霊が出るとか、妙な噂で人を遠ざけようとする場所は大抵、近づくと碌なことがないんですよ。
悪者が根城にしてるとか、倒壊の危険があるとか。
街に着いたらマイヤーさんが別行動だということで、どこかへ行ってしまいました。騎士団の詰め所にでも行くんでしょうか?ちゃんとご飯食べるか心配です。
昨日とは違って、姉も肉を食べたし、会話も弾んで楽しい夕食になりました。
一家団欒みたいですごくよかったです。
砦の、学食みたいなのも楽しいんですけどね。
夜遅くに、マイヤーさんが戻ってきました。
やっぱり何も食べずに仕事をしていたようで、ボッシュさんが料理屋から持って帰ったパンを出して、更に宿の人に何かもらってくると言って部屋を出ていきました。
「リョータ、騒がしくしてすまんな、もう寝とき」
気を遣ってくれますが、大丈夫なのです。馬車で寝られますから。
「マイヤーさん、こんな時間まで働くなら、途中で何か食べないと!体に悪いんですよ?」
僕が真剣に言うのに、ベッドでごろごろしながらマイヤーさんは気のない返事です。
消化に悪いって言っても、前に意味が通じなかったので困ります。たまに、言葉が変換されないですね。
「あ〜、リョータ。いい子やな、おじさんの心配してくれて」
どう言ってやろうか悩んでいると、ベッドで胡坐をかいたマイヤーさんがこっちを見て言いました。
その時ボッシュさんが戻ってきて、スープの入った木製のボウルを渡しました。
「これもらって来た。さっさと食って暖まれ」
マイヤーさんは無言でボッシュさんと僕を見て、それからなぜか肩を揺らして笑い始めました。
「いやぁ〜ほんと、お前等はいいな」
そしてマイヤーさんは真顔になって、宣言するように背筋を伸ばしてから言いました。
「ボッシュがお前等を守るように、俺も助けとなる。ボッシュが正面に立つなら俺は背中を守ったる。お前達はお人好しすぎやから」
それから照れたように笑ってから、パンとスープを食べ始めました。
ボッシュさんはフン、と鼻を鳴らしてから、マイヤーさんにだけ聞こえるように何か言ったようです。
僕はとりあえず、お願いします、とだけ言っておきました。
マイヤーさんて忙しそうなのに僕達に構ってていいのでしょうか?ちょっと心配だけど、でも嬉しいです。
存在を認められて、許されるっていうのは、嬉しくって安心できることですね。
尊敬できる人もそうですけど、「うわこいつ最悪」な人も印象に残りますね。
子供の時なら尚更インパクトを残すというものです。