33・思い出に結び付く
姉 ボッシュ視点です
苦手なものはいつか克服しないといけないね。
そんなことはわかってる。わかってるんだけど・・・
「遅かったじゃないか!心配したんだよ」
店に着くと、テーブルに着いてたアガサさんが立ち上がって迎えてくれた。私の肩をぎゅっと掴んでから、背中を叩かれた。
ちょっとほっとする。
「では、皆様、ごゆっくりなさってね」
あの人はそう言って奥へ入って行った。店内には他にも女性がいて、給仕をしている。やっぱりかなり露出度が高い。
食べ物とお酒と香水の匂いが店には充満していて、めまいがしてくる。
アガサさんが頼んでくれていたらしく、すぐに料理が運ばれてきた。
丸っこいパン、ポトフっぽいスープ、骨付き肉の香草焼き、果物などなど。
お腹は空いてる筈なのに、全く食が進まなかった。パンを少しつまんで、スープだけを飲んでいると、弟がこそっと話し掛けてきた。
「ここ、居たくないんでしょう?宿屋に行かせてもらったら?」
「ん〜多分まだ平気」
弟は眉間にシワを寄せて、父上そっくりの顔になる。小さかった弟はあんまり覚えてない筈だ。それなのに察知されてしまっている。ここの雰囲気は、母親の嫌な記憶を呼び起こす。
まぁ、弟の方はひどくないってのは救いがあるよね。
弟はボッシュさんの方を向いて、袖を引いた。
「ボッシュさん、トモの具合が悪いので、先に宿に行かせてもらえませんか」
平気だって言ってるのに。
弟が大げさに言うから、皆がこっちを見た。これ以上心配させるのもアレなんで断ろうとしたら、
マイヤーさんが頷いてしまった。
「さっきも顔色悪かったしな〜。ボッシュ、送ってやり。お前の飯は包んでもらうから」
いやいやいーんですよ?
私が止める前に、ボッシュさんはさっと立ち上がって外套を私にかけてくれる。紳士ですね!
弟は小さく手を振った。
私達は無言で、暗い道を歩いた。謝るタイミングを完全に逃した私はずっと俯いたままで、足だけを見て歩いた。
傍から見たら、連行されてるように見えたに違いないね。それくらいしょぼくれてた。
そう遠くない場所に宿屋があって、私達が入っていくと受け付けみたいなカウンターに小さなお婆さんが座っていて、ボッシュさんと話して鍵を渡してくれた。あと少しでくつろげるか。ボッシュさんも居てくれるから、ちょっと休んだら謝ろう。
重い体を引きずって階段をあがり、戸を開けてくれた部屋に入った所で、いきなり力尽きた。
「トモっ?!」
私が倒れて、どこかで頭を打った音で驚いたのか、ボッシュさんが物凄く慌てて駆け寄ってきた。
体には力が入らないし、頭はズキズキするけどそんな姿が新鮮で笑える。
そっと抱き起こしてくれる腕にしがみ付いて、目を閉じた。
安心したら楽になるかと思ったのに、逆に蓋をしていた感情みたいなのが溢れだしてしまう。
○ ○ ○ ○
待っているようにと、言っておいたのに。
トモとリョータは揃って姿を消していた。
初めて砦を出て、町が珍しいのはわかるが、昼間ならともかく子供だけで歩いて安心できるような場所ではない。
マイヤーと共に町中を探すと、人だかりの中に見つけた。すぐに捕まえようとすると、マイヤーに腕をとられた。
「なんか、面白いことなってる〜」
確かに。それは、リョータと見知らぬ女が拘束され、その男に向かってトモが啖呵をきるところだった。
「すごいわ〜か弱いお姫様かと思ったのに」
どこがおかしいのか、マイヤーは大笑いしている。こいつの感覚はよくわからんな。笑いながらも腕を放さないので、引きずって行くことにした。
リョータと女の話から、2人は乱暴な男から彼女を守ったということがわかったが、相手が武器を持っていなかったから良かったようなものの、あまりに無謀すぎる。
文句のひとつも言ってやりたいが、リョータに牽制され、女がこれから行く酒場に勤めているということで先に移動することにした。
それにしても、トモが全く喋っていない。ひどく沈んだ様子が気になるが、その他の面子が邪魔で話し掛けられない。
酒場でもトモは食が進まない様子で、ぼんやりと皿をつつくばかりだった。
やはり何かあったのか?それとも冷えて体調を崩したのだろうか。無理にでも聞き出そうかと思っていると、意外な所から助太刀された。
「ボッシュさん、トモの具合が悪いので、先に宿に行かせてもらえませんか」
リョータの機嫌も悪いようだったが、お許しが出たのは丁度いい。
すぐに支度をしてトモを連れ出した。
道中も口を開くことなく、宿に着いた。
確保していた2部屋の内、端の部屋へトモを入れ、明かりをどうしようかと思っていると、鈍い音がした。振り返るとトモが床に倒れていた。今のは、頭を打ったんじゃないか?!
「しっかりしろ、トモ」
細い体は震え、顔には血の気がない。ざっと触った頭は出血は見られない。背中と腰にそえた手を掴んできた冷たい手は意外に力強くて、意識ははっきりしているようだ。
「じっとしてたら…治まるから」
囁くように言うので、出来るだけ体を冷やさないように外套や寝台の掛け布で包み込んで、抱き締めた。
しばらくすると、体の震えもとまり、トモの目がゆっくり開いた。ぼんやりとして、潤んでいる。
「もう、大丈夫なのか」
自分の声が擦れているのがわかる。
ゆっくり上体を起こしてやったのに、また俯いてしまった。なぜ、顔を見せてくれない?
「さっきはすまなかった。お前達を置いて行ったから面倒事になったな」
そっと背中を撫でながら声をかけると、俯いたまま、トモはふわりと俺の首に抱きついてきた。そのまま頬摺りをするので、思わずきつく抱き締めた。
耳にトモのため息がかかり硬直してしまった。
「トモ、くすぐったい…」
放したくないが耳は止めてほしい。訳のわからない葛藤が生まれてしまった。
「あの人が嫌なんじゃなくて、ああいう人が嫌なんですよ。無理矢理の。他人を思い通りにしようとするところ。……お酒と香水の匂いをプンプンさせて、男に遊ばれるとか…馬鹿じゃないの?嫌ならあんな事しなきゃいいのに」
始めはあの男のことだったようだが、涙声で吐き出すように言ったのは――誰のことか。あの酒場の女か、それとも、母親らしくなかったという、自分の親のことなのか。
首筋や、くっついたままの頬に涙がぽろぽろとこぼれ落ちてくる。
「いつもいつも私達が邪魔だと言ってたの。お酒を飲んで、怒って、叩くの。ずっと我慢してたのに」
小さな子供のように泣きじゃくりながらトモが語る内容に、心臓を掴まれたような鋭い痛みが胸に走った。
「我慢、してたのに、私達捨てられたの」
ほとんど呟くようにして言われた言葉に、何も言えなくなり、ただ抱き締めた。様子がおかしかったのは、酒場の女と母親を重ねていたからか。恐怖で震えていたのか。
トモの呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、そっと腕を外し、正面から顔を見つめた。
今までになく感情を顕にして涙に濡れた顔は、胸が締め付けられる程痛々しく、愛しく感じる。
額をあわせて、この気持ちが直接伝わればいいと思いながら語り掛ける。こんな時だけはレオのように口が巧ければと思うな。
「トモ。もう誰もお前達をそんな目に合わせないし、俺がさせない。嫌なことや怖いことを我慢することもない。ずっと守るから」
恐る恐る顔を離してトモを見ると、無言で何度も頷いていた。
思わず力が抜けて、顔が緩むのを止められない。
トモを改めて抱き寄せ、泣き腫らした目蓋や濡れた頬に口付けを落とした。
「顔…塩辛いでしょ」
トモが細い指を伸ばして唇に触れてきたのでそのままくわえてやると、妙な声を出してすぐに手が逃げる。
「なんで、指なんか舐めるのっ」
「指もダメなのか?首も弱かったよな…」
そっと喉を撫でると、飛び上がって逃げようとするので慌てて捕まえた。
やはり猫だな。
「逃げるな、もう触らないから」
手を後頭部に滑らし、髪を何度か撫でるとおとなしくなった。頭も腫れていないし、打ったところは心配ないだろう。
片方の腕を膝下に入れると華奢な体は軽がると持ち上がった。そしてそのまま、寝台の上へ横たえる。
落ち着いたので、よく眠れば明日は食事ができるようになるだろう。
寝台の横へ膝立ちをすると高さが丁度よくなるな。
寝台に肘をついてそっと顔に触れると、トモは微笑んだ。さっきまで幼子のように泣いていたのに、今の顔は息を飲むほど美しい。
顔が近づくと、ゆっくりと目を閉じていく。
柔らかな唇をそっと啄むように重ねていると、何度目かで唇が開いたので、忍び込む。
互いの舌で遊んでいると子猫のような声を出す。いつのまにかトモの手がこちらの肩にかかっていた。
これ以上はまずい。止まらなくなるな。弱っている時に最後までいくのは外道だろ。
それにリョータとアガサに殺されそうだ。
「眠るまで、ここにいるから。安心して寝ろ」
頭を撫でながら言うと、小さく頷いて目を閉じた。
「今日は勝手なことしてごめんなさい」
小さな声で言うから、思わず吹き出しそうになる。妙なところで律儀だ。
もとの世界で不幸だったなら、ここで幸せになれば良い。できれば俺の傍で。
リョータは過去を克服しましたが、トモはどうでしょうか。
年上の分、辛い事が多かったので根が深いようです。
ボッシュさんが一緒に支えてくれるそうですが、あれはあれですね、プロポーズみたいですね。
親公認ですしね。




