32・それは心の奥底で
弟 姉視点です
騒動の後、真っ暗になる前に町に着きました。いきなり強盗?に会うとは思ってもみなかったので、かなり焦りました。生の斬り合いは心臓に悪いです。暴力反対。
騎士が一緒だから、大丈夫だと思ったんですよ。だって警官や軍人をわざわざ襲う人はなかなかいませんよね!
騎士が一緒だから襲われないんじゃなくて、襲われても撃退できるということだったんですね。甘かったです。
「あそこで食事をしてから宿に入ろう。馬預けてくるから待っていろ」
ボッシュさん達は馬と馬車を預けに移動して行きました。心配そうに見ていましたが――だったら連れて行けばいいのに。トモはきょろきょろ見渡して、なぜか満足そうに頷いています。頭の中でナニがあったのかはよく解りませんが、ボッシュさんの注意は聞いていなかったのは確実です。
店頭で立ち話をしている男性や、大荷物を抱えた丸いおばさんなどを見ながらふらりと歩き出してしまいました。
「知らない町で勝手に歩くのは危ないよ」
「こんな小さな町で迷子になるわけないでしょ」
僕が心配してるのはそこじゃないんだけど。治安とかそういうことなんだけど。
「さっきのとこから見えてるし、遠くには行かない」
僕から目をそらして拗ねたように言います。ここで逆らうとどうなるかは身に染みているので、お供することにしました。
「ファンタジーだね!武器屋とかあるし。棒売ってんのかしら」
ご機嫌になって店を覗きます。店内の壁にはシンプルな剣や弓なんかが飾ってあって、品揃えはものすごく実用重視、に見えます。
石造りの建物を観察していると、姉に袖を引っ張られました。
「喧嘩してる?」
いや、聞かれても。
耳をすますと確かに男女の争う声がしています。
建物の間、狭い路地から。
暗い路地は犯罪の温床。
子供は絶対入ってはいけません!
引き止める間もなく、姉は人がすれ違うのがやっとの狭い空間に突っ込んでいきました。
「しつこいのよ!触んないでってばっ」
「やかましい、金は払うって言ってんだろうが」
う〜わ〜明らかに僕達場違いでしょう。大人の商談がこじれたか、痴話喧嘩って感じの会話ですよ。
姉の外套を引いて帰ろうとするのに、無視です。
どんどん近付いて、彼らが見える所まで来てしまいました。
ムサイおじさんと、やたら露出度の高いお姉さんが、腕を振り回してまだ小競り合いを続けています。
「ちょっと、おじさん。その人嫌がってるじゃない」
僕の気も知らないで、姉はフツーに声をかけてしまいました。
2人はびっくりしてこちらを見て、お姉さんはがっかり、おじさんは――まさにエロ親父という表情に変わりました。だから嫌だったのにな。
「なんだぁ、じゃあお前が相手してくれるのか?」
舌なめずりが聞こえてきそうな調子でおじさんが言うと、姉は冷然と返します。
「するわけないだろタコ」
顎をつんと上げ、見下すような視線で。止めに入って怒らすってどうなの?
僕は咄嗟に踏み込んで、おじさんが反応する前にお姉さんと姉の腕を掴んで走りだしました。多分、タコの意味が解らないと思う。
路地から出て、少し大きな通りに戻ったので2人の手を放しました。
少し明るいところで見るとお姉さんはなかなか美人さんです。ただドレスが、胸が半分くらい出ているのでどうかと思います。それに香水つけすぎ。お水の方でしょうか。
僕達には嫌な相手です。
「助かったわぁ、あいつしつこくって」
「無理矢理言うことを聞かそうとするのが嫌なだけです」
姉は無愛想にそう言うと、その場を離れようと僕を促しました。
その時。
「ガキ共、待ちやがれ!お前もだっ」
猛り狂ったおじさんが、路地からすごい勢いで現われました。さっさと移動しとけばよかった。
知らない町で逃げる方向を迷ったせいで、タイミングを逃してしまいました。
お姉さんが腕を掴まれ、僕が外套のフード部分を掴まれています。脱げば逃げられるけど、お姉さんが危険です。ちょっと迷っていると、おじさんが更に絡んできます。
「そんな格好で、客引きの癖に逃げるんじゃねえ。そっちの生意気なガキ共も、一緒に買ってやろうじゃねぇか。さっさと来い!」
え、ガキ共って言った?僕も含まれるの?また?
ショックですよ。皆には男らしくなったって言われるのに。お世辞だったんでしょうか。
「うるさいやかましいこの甲斐性なしが。金を出さなきゃ女が寄って来ないやつが偉そうな事言うなばかばかばーか!あと弟を放せ変態!」
うわ〜。嫌な所をえぐるような悪口ですね。珍しく大声なので、姉はどうもキレてるみたいです。
僕らを掴んでいたおじさんの手がぶるぶると震えて、突き飛ばすように放すと、言葉にならない叫びをあげて姉に向かって突進しました。
当然、僕は黙って見送るわけがなく、おじさんの足を引っ掛けて転ばします。
前しか見てなかったおじさんは見事に前方にスライディングして、蛙の鳴き声みたいな悲鳴をあげました。
「リョータ、確保」
いや、捕まえてどうするんだろう?
そう思いつつも、倒れたままのおじさんの背中に膝をついて、腕をとって関節を極めました。
本当、どうしよう。
困って辺りを見回すと、知らない間に人だかりが出来ていて、その中に見知った顔を見つけました。
怖い顔をしているボッシュさんと、その腕を拘束しながら爆笑しているマイヤーさん。
何なの。見てるなら助けてくれたらいいのに。
○ ○ ○ ○
小さな町に着いて、ちょっとだけ探険してみた。町並みはほのぼのとしていて、まさに最初の町。
店先に吊した薬草?金属音の聞こえてくる武器屋。
想像通り。満足じゃ。
楽しく見学していたのに、なんだか不愉快な声が聞こえてきた。
オヤジの脅すような声と、嫌がる女の声。とっても不愉快。
弟は止めようとしたけど、止めるならあっちでしょ。
路地に入っていくと、やっぱりな光景だった。
エロい格好の女と、薄汚れた旅人風の男がもみ合っている。
商売の邪魔する気はないけどさ、それ以前に無理矢理は見てて嫌なんだよ。
声をかけるとおっさんはこっちにロックオンしたらしい。ああぁ気持ち悪い!この前の金髪馬鹿男を思い出して、固まってしまった。
「こっち!」
弟が、私と女の腕を掴んで走りだして、路地を抜けて出た。あぁ、グッジョブ。あとで誉めてあげよう。
息を整えていると、女の人が甘ったるい声をかけてきた。
別にこの人を助けようとしたわけじゃないけど。リスクは承知でそんな格好してるんだろうし。
ちょっと喋って、流石にもう戻ろうとした時、しつこくもおっさんが現われた。
「きゃあっ」
あっという間に2人が捕まる。おっさんは唾を飛ばして、ふざけた事を言った。3人まとめて買ってやるって。
ほんっとに、ふざけてる。
頭の中で何かがキレる音がした。
「うるさいやかましいこの甲斐性なしが。金を出さなきゃ女が寄って来ないやつが偉そうな事言うなばかばかばーか!あと弟を放せ変態!」
お口が勝手に動いたよ。
おっさんが飛び掛かって来ようとしたので身構えたら巧く弟が足をかけたので、見事に転んだ。ギャグっぽいわこの動き。顔面強打したかもね。
弟が押さえ込んで、ふっと顔をあげて、そのまま固まった。私もそっちを見て、うわぁってなる。
忘れてた。
ボッシュさんはずるずるとマイヤーさんを引きずりながらこっちに向かって歩いてきた。
怒られる。飯抜きにされたらどうしよう?
「トモ、お前は…!」
「いやぁ、トモちゃん最高やわぁ!こんな子とは知らんかった〜」
ボッシュさんが怒るのに被せてマイヤーさんが楽しげに言う。どっちかにしてほしい。怖いので俯いていると、弟が声をかけた。
「その女の人が絡まれてるのを助けたんですよ。このおじさんから。だからトモを脅さないでくれますか」
静かに怒っている時の、よそよそしい声。
あぁ、ちょっとヤバいな。
「ま、あんさんは痛い目見たから反省しただろ。もう行きな」
マイヤーさんがおっさんを乱暴に立たせて軽く足を蹴っ飛ばすと、何も言わずに逃げていった。
「あのぅ、騎士様、アタシこの子達のお陰で助かったんですよ。叱らないであげて下さいな」
女の人がふわり、と私の肩を抱いた。強い香水の匂いがする。砦の中には使ってる人はいなかった。クラクラする。ぞわぞわする。金髪馬鹿様の時より強い、嫌悪とか恐怖とか。
「アガサは店で待ってる。食事に行くぞ」
ボッシュさんが言うと、手が離れたのでほっと息をした。というか、息してなかったな今。
「お食事ですか、じゃあアタシの店ですね。ご案内しますわ」
酒場のヒトだったのか。
何となくまだ固まったままでいると、弟が腕を引っ張って、私の顔を覗き込んでいた。大丈夫?とその顔は言っている。
大丈夫だと思ってたんだけどな。
酒場に向かう途中。女の人は時々ボッシュさんに話し掛けて、それに律儀に答えている。
私も話したいのに。謝らないといけないのに、喉がきゅっとして、声が出なかった。
マイヤーさんは私達の後ろから、ぶらぶら歩いてる。
「嬢ちゃん、ヤキモチか」
そんなことを言うので、否定しようと振り返ったら眉をひそめられた。
「顔色、真っ青や。怪我でもしたんじゃないやろな」
「お腹空いただけですよ」
違うって解ってるけど。
焼き餅も焼けないくらい、今の私は余裕がない。
お便りを下さった読者様と共通のゲームが好きなことが判明して、ちょっと嬉しい私です。
殺陣のシーンを書くのに、ゲームのアクションを参考にすることもあります。
ただ斬った殴ったじゃつまらない時もありますから。でもちっともウマクイカナインデスケドネ。
目の前に情景が浮かぶような、味のある文章が書きたいものです。