31・かわいい子には旅をさせよ
姉 ボッシュ 視点
ガタガタガタ――馬車は一定の速度で進んで行く。
この前の『輸送』と違って今回の馬車は座席がクッション張りになっていてお尻に優しい。
マイヤーさんが御者をしてくれていて、とても丁寧に馬を操っているし、でこぼこ道の前には声をかけてくれる。一見怖いけど、すごく気を遣ってくれているのがわかる。
窓を開けて外を眺める。
遠くの山のなだらかな稜線に、その向こうの尖った雪山。ぽつぽつと建っている石積みの家。刈り獲った後の麦みたいなのが所々に積んである。くわみたいなのを担いだ人が立っているのが見えた。季節が違えば作業が見れたんだろうな。
「のどかだなぁ」
無言で見入っていると、弟が呟いた。
いつのまにか夕暮れが近づいていた。
「おふたりさーん、ちょっと宿まで飛ばすで」
壁をノックしてマイヤーさんが言った。
小さな町というか集落があるらしい。
宿屋に道具屋、武器屋兼鍛冶屋、食堂なんかがあるらしい。ゲームなんかで勇者が最初に立ち寄る村みたいなものかな。
私達が先にそっちと接触してたらどうなってたんだろう?砦では前提として異世界の存在を知っていたからあっさり受け入れられたけど、そうでなかったら怪しい姉弟だよね。
殺されはしないかもだけど迫害必至?
「お腹すいたね〜。晩ご飯何かな。楽しみだね」
弟が私の腕を軽く叩いてからそう言った。多分、不安になったのが解ったんだ。慰め方がロボと一緒なのが気になるけど、まぁ許してやろう。
急に馬の荒い鼻息が聞こえて、馬車が止まった。
やっと到着かな?
外がザワザワしている。
「2人とも、窓から顔出さずにしゃがんどいてな」
ちょっと厳しいマイヤーさんの声がしたので、おとなしくしゃがんで、弟と一緒に小さくなる。
緊急事態?そうなの?
早すぎない?
○ ○ ○ ○
トモ達を護衛して、俺とアガサは馬、マイヤーは馬車に乗った。意外にも気を遣って馬車を走らせている。
時折、窓から顔を出して外の様子を熱心に見ている様子はいつもより子供っぽくて微笑ましい。
「ちょっと!先の道が塞がってるよ」
先行していたアガサが戻るなり、低く言う。
「倒木が何本か転がってたのよ。協力すれば退かすのは問題ないけど」
「事故か罠か〜ってとこやな」
馬車を減速させながらマイヤーが受けた。罠だとしたら、盗賊か、もしくは先日の一件で恨みを買った貴族の回し者か。
何にせよ、あの2人には手出しさせない。
倒木の見える辺りまで近付くと、案の定、武器を持った輩に囲まれた。
人数は多いが、見たところ弓を持った者はいないのでなんとかなるだろう。
「騎士さんよ、大事に守ってるのは貴族様か?それともお宝か?怪我したくなきゃ馬車ごと置いてけや」
首領格か、強面の、おさまりの悪そうな髪の男が口を開いた。この様子ではただの野盗のようだ。数に任せて旅人を襲って、金品を強奪しているのだろう。
「どうする?お前は馬車に張り付いて番しとく?」
立ち上がって彼らを見回しながらマイヤーが言う。既に剣を抜いているので、これは手出しするなってとこだろう。右手に長剣、左手に小剣。
「アガサ、馬車の後方を」
今回は楽ができるな。俺は馬車に近付く不届き者がいたら相手してやろう。それまではマイヤーの剣舞を観るとしよう。
「たった3人でやろうってのか、舐めやがって」
男達は激高し、口々に喚きながら殺到した。
その直中に、馬車からマイヤーが舞い降りる。
着地時にまず1人、哀れな犠牲者を踏み台にしながら小剣を突き立て、そいつを蹴った反動で跳ね上がり、迫っていた剣をかわす。
くるりと回転しながら剣を握って突き出されたその腕を斬り落とし、今度は斧を振りかざした男のがら空きの脇に小剣を突き立てた。
あっという間に3人を戦闘不能にする。こいつには正直かなわないと思う。両手の剣を自在に操り、返り血を浴びないその早さ。変幻自在の剣技は到底真似できない。
「そっち行ったで〜」
その言葉通り、血走った目の男が2人襲い掛かってきた。マイヤーに恐れをなして、こっちに来たのかもしれない。面倒な。
振り下ろされた幅広の剣を受けとめ、馬上から顎を蹴りあげた。徒歩で馬に向かってくるのが無茶なんだが気付いてないらしい。もう1人は尻込みした一瞬に叩き斬った。
後方ではアガサが着実に仕留めている。実に楽しそうな声が聞こえてくるのは気のせいだろう。
数も減ったのでもういいだろう。
「お前達、これ以上数を減らされたくなかったら、仲間を引きずって逃げるんだな。逃げるなら追わない」
そう声をかけると、残っていた連中はあっさり逃げ出した。早く手当てをすれば助かる者もいるだろう。
「つまらんなぁ。木ぃどかそうか」
どうもマイヤーは暴れ足りなかったらしい。俺よりいくつか年上らしいが・・・体力は余っているようだ。3人でさっさと倒木を転がして道の端へ寄せ、道に残った血だまりに砂をかけて隠しておく。
「俺だ、開けるぞ」
馬車の戸を叩き、そっと開いた。見てなくても戦いがあったことは解っているだろう、争いに不慣れな姉弟が心配だった。
2人は、馬車の床に座り込んで、互いの体に手を伸ばして小さくなって震えていた。
「………っ」
なぜか2人が猫に見えた。団子になって震えている子猫。
両手を伸ばして、2人の頭を撫でた。リョータの髪も柔らかい。
「な、なんの騒ぎだったんです?悲鳴とか」
リョータが恐怖を押し隠しながら聞いてくる。ならば知らぬフリをするのが礼儀だな。
「ちょっと襲われたんだが問題ない。マイヤー達が撃退した。真っ暗になる前に宿に着けるから、姉さんを頼んだ」
何も言わないトモを見ていると抱き締めたくなってくるが、なんとなくリョータの視線が痛いので撫でるだけにしておいた。
前回といい今回といい、トモは馬車で碌な目にあっていない。旅が嫌いにならねばいいんだが。
ボッシュは萌えを覚えた