29・花には毒あり刺あり
姉視点
「だからぁ、愛があってこその結婚じゃないかぁ」
果実酒を飲み干し、グラスを机に叩きつけてアガサさんが言う。
「愛なんてぇ、そんな、不確かなもの信じられない。愛が覚めたら捨てられるじゃないのよぉ」
グラスを両手で握って、マイクのように口元で固定して、ジルさんは唇を尖らせた。
「そんな、ジルさん〜。愛を疑うなんて!ずっと愛せる人を見つけたら、いいのですよっ」
涙目で、若い文官のお姉さんが言った。名前は知らないけどたまに見かける人。
なぜか両手に酒瓶を握っている。
私はベロベロの3人のお酒に水を混ぜながら逃げ出す機会を伺ってるんだけど、アガサ姐さんは流石に騎士だけあって、酔ってても隙がない。腰を浮かすとギラリと目を光らせて、私を見た。
「トモ〜?どこ行くのさ」
「あ、おつまみ、もらって来ようかな、と」
他の2人もさっとこっちを見たので慌てて誤魔化す。
「あ〜?いいのいいの。若い奴に取って来させたら。ほら、誰か料理取ってきなよ」
この酔っ払い達どうにかしてほしいんですけど。
救いを求めて食堂を見渡しても、視線をそらされた。いつもなら呼ばなくても女子のテーブルに寄って来るやつらが、今夜は遠巻きに見てるだけ。弟は眠いと言ってとっくに逃げた。
パイクさん達は仕事。まだ戻らないのかな〜。私どれくらいからここに居るんだろう。
「自分が求める、最っ高の条件に合う男とぉ、一緒になれたら幸せでしょぉ」
呂律の回らなくなってきたジルさんがそう言った。
言っちゃったよ、この人!
パイクさん居なくてよかったよ!泣くかもね?
「ジルぅ、あんた」
流石の姐さんも絶句。
そしてなぜか私を見た。
目、すわってる。
「トモ、あんたはどうなんだいっ?」
「相手が自分を好きで、自分も相手を好きだったらいいと思うけど。ご飯が食べられたら、それでいいんじゃないかと」
いくら好きでも、3食食べられない生活はちょっと。
私の返事を聞いて、なぜか姐さん達に抱き締められ、窒息しかけた。
ホントもう勘弁して〜。
解放されてゼハゼハ言う私にグラスが差し出されたので、つい飲んでしまった。
「げほっ、これ酒じゃん」
喉が熱くなって、次に胃に移って、最後に全身が熱くなった。
どきどきする。ちょっと甘めの味。リンゴのような、さわやかな味。て、いやいや、未成年ですよ私。
「あら、トモさんいけますね?おいしいデショ」
やたら色っぽくなった文官のお姉さんが、握り締めた瓶から新たにお代わりを注いでくる。
「私、未成年だから!」
止めようとすると、首を傾げられた。
「17歳でしょ。飲めるじゃない。いいじゃない」
ジルさんも迫ってきた。
あっちの世界でも早い国は16とかだったかな〜。
住んでる国の制限でいいのかぁ?
また一口飲んでしまった。
「ジルさん、さっきの話ですけど。パイクさんならぴったりじゃない」
私が言うと、アガサ姐さんも腕組みして深く頷いく。
「顔よくって、家柄よくって、ちゃんと働いてて、それから、性格よいでしょ〜なによりなにより、ジルさん大好きじゃな〜い?」
「そうそう。あいつはいい奴だよ、うん。ちょっと頼りないけど、一般人よりは十分強いからぁ」
「だってぇ年下だし。まさか領主しゃまの一族だとは思ってなかったぁ」
あ〜もうこの人たまにうざいなぁ。
「さっきと言ってること違うじゃん。なにをうだうだ言ってんの。結局、ジルさんはパイクさんのこと好きなんでしょ?」
言いたいこと言ってすっきり。
おつまみの皿から、ピリッと辛いピクルスを摘んで食べて見た。んまい。
何の野菜か解んないけど。
だから、周りが静かになっているのに気が付かなかった。
座っている私の肩に、誰かが大きな冷たい手を置いたので、飛び上がりそうになった。心臓止まるでしょ!
後ろに振り向くとボッシュさんだった。隣には真っ赤になったパイクさんがつったっていた。
「おかえりなさいー」
顔を見上げてそう言うと、怖い顔をした。あれ?なんでか怒ってる?
「お前等…こんな時間まで酒盛りか。しかもトモまで飲ませて」
「女だけだと、話が弾むのさ。ねぇ〜」
姐さんが可愛く言った。
ぷぷぷっ。
笑いを堪えていると、ボッシュさんに抱き込まれて、持っていたグラスを取り上げられた。
まだ残ってるんですけど?気に入ったんですけど?
じっと見上げて目で訴えてみると、でかい手で顔を押さえられた。
なぜにアイアンクロー?
あ〜でも冷たくて気持ちがいいかも。
ボッシュさんの手のひら越しに、皆の会話が聞こえてくる。
「私達、理想の結婚について〜、議論してたんです。男性の意見も、聞きたいですっ」
「えっ、あの?」
「まぁ〜、パイク、どうなのさ」
酔っ払いに絡まれて困っているパイクさん。
さっきの聞こえたかなぁ?ジルさんは机に突っ伏して動かなくなってる。寝ちゃったのかなぁ?
「ふぁいくしゃん、じるしゃんをおふぇやにつれてってあげたら」
顔を塞がれたまま発言すると、後ろのボッシュさんがびくっとした。
「ええぇ、トモ、何言ってるのかな?」
パイクさんが聞き返すのでもう1回言おうとしたら、酔いどれ姐さんズが手を叩いて色めきたった。
「そうね、パイクさん、ジルさんを送ってあげて!」
「ふらついてるから、しっかり送ってやんなよぉ?」
送っていかなきゃ分かってんだろうなぁオイ、という心の声がはっきり聞こえたよ。そのまま2人は帰っていく。足元しっかりしてますね。
クイクイと、ボッシュさんの袖を引くと、ようやく顔が自由になった。ふう。
机を見ると、パイクさんが優しくジルさんを介抱してあげてる。
やっぱパイクさんて王子キャラかも。
何となく見ていると、ふわりと椅子から抱き上げられた。
食堂に残っていた人達から小さなどよめき。
ゴルフ場のギャラリーみたいな。
空中でふわりと横向きにされた。
こ、これは。
お姫さま抱っこ!
ボッシュさんを見ようとしたら、脱いであった外套を頭からかぶされた。そのまま運ばれていく私。
食堂から遠ざかる気配がして、もそっと手を動かして顔だけ出した。
「窒息しますよ」
意義を唱えると、立ち止まった。それから無言で睨んできてたので声をかけようとしたら、いきなり顔が近づいた。
「…んっ…」
お、大人のキスでした。
逃げられない時にするとは卑怯なり。
ボッシュさんは小さくため息をついて、私を見た。
「トモは酒を飲むな」
えぇー。あんなにみっともなく酔ってないのに?
そう言うと、今度はほっぺたにキスされた。そのまま耳元で囁く。
「俺の前ならいい。そんな顔を人前で見せるな。襲われる」
やっぱり心配性だね。
てか、今襲われてる。
段々、目がしぱしぱしてきた。眠いかも。
寒気がして震えると、きつく抱き締められた。
それから、目蓋に優しいキス。
唇に、今度はちゅっ、と短いキスが落ちてきた。
ボッシュさんてキス魔?
そのまま眠っちゃって、次の日朝起きたら自分の部屋だった。
微妙に記憶があやふやだ。
ジルさん達どうなったのかな?
でも女子だけの飲み会は楽しかった。
またやろう。
各国により、飲酒年齢は違っています。
それぞれのお国の法律にそって、おいしくいただきましょう。