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26・善行は堂々と

弟 姉 弟 視点です

広い部屋の中、目に入ったのは大きなお姫さまベッドで、次にその傍の長椅子に寝ているドレス姿のトモが目に入りました。

クッションを枕にして横たわった姿は有名な絵画のようで、トモの本性を知ってても、お姫さまのように綺麗です。


でも、僕達が来たのにぐったりしてて、絶対文句を言うか物を投げるかすると思ったのに・・・どこか悪いに違いないです。



「ト、トモ」



思わず声もかすれます。壁ぎわにたたずむハウィットが不気味で、ゆっくり近づこうとしました。

近付いた僕に気付いて、トモはゆっくり体を起こしました。近くで見ると、物凄くだるそうで、目が潤んで顔に汗が浮いています。熱がある?

聞こうとしたら、トモがゆっくり口を開きました。



「リョータ、浅井さんにお嫁にいったお市さん知ってるよね」



「は?」



知ってるけど今何でそんなこと?やっぱ熱でおかしくなってる?



「お市さんが兄の信長さんに小豆袋を贈った話をしてたよね」



いつだったか忘れたけど、確かにしました。

朝倉家を攻める信長にお市が両端を結んだ小豆の袋を贈って、夫の浅井家が挟撃しようというのを知らせたので、織田軍はなんとか逃げられたっていう――金ヶ崎の戦い。


今、言うってことはそういうこと?マジでか。



「罠です、多分どこかに兵を隠してます」



すぐ回れ右してボッシュさんに言うと、小さい笛を吹きました。

突入の合図。


変な音がしたのでそっちを見ると、何か黒い煙が部屋に広がっていきます。ナニコレ、煙幕?

咄嗟に動けずにいると、部屋の壁が開いていかにも悪そうな覆面男達が乱入してきました。

こちらの騎士が応戦に向かいますが、敵のほうが多いような。


とにかく、トモを救けなきゃ。改めて一歩踏み出した途端に、後ろから掴まれて引き戻されました。


ぎらり、と何かが目の前を横切りました。


僕と入れ替わりに前に出たボッシュさんが、剣を構えて睨み付けるその人は、黒づくめで覆面で、得体の知れない忍者みたいな奴でした。

周りでは剣を打ち合う金属音や叫び声、物が壊れる音が引っきりなしに聞こえてきます。


恐怖と焦りで口の中がカラカラになって、何か言いたいのに動きません。


でも、それでも、トモを救けなきゃ。


ボッシュさんに促されて、トモの方へ向かいます。

ハウィットに抱えられて、ぐったりして、首が・・・首輪と鎖に繋がれて、あのトモが、気持ち悪い奴に捕まっている!


走りだしたいのに、なぜか足が重くてもどかしい。

そんな僕を、あいつは嘲笑うような余裕の表情で見下ろしていました。



「ふ、ふふふっ。ちょっと焦ったよ!でも、いい具合に効いてきたようだね。半信半疑だったけど、姉弟揃って飼えるなら相応の値だったなぁ」



「くっそ、お前、人の姉に何してくれてんの?!手ぇ放せよ」



こいつは、危険人物でしょう!この状況で笑ってられるなんて、神経疑いますよまったく。


ちらっと見ると、騎士達はは煙にまかれて劣勢のように見えます。この煙、吸い込んでどうこうというよりも、物理的に、足腰に絡まってきてる気がします。


ボッシュさんはでかい忍者みたいな人と戦ってて、助太刀できる雰囲気はまるでないです。なんかもぅ別次元?映画の殺陣みたいで近寄れません。



唾を飲み込み、有りったけの声で叫びました。



「ロボっ!二階に来て!」



もしかしたら突入班の皆と戦ってるのかも。でも聞こえるはず。あんなに耳長いんだし。



「トモを、放せ」



僕が言いたいことは、ただそれだけなんです。



ハウィットがまた何か言おうとした瞬間、窓が砕け散って、キラキラとしたガラスと共に巨大な獣が降り立ちました。


いつもよりも毛が逆立って体を大きく見せて、その上銀色のように明るく輝いています。

興奮度合いを示す耳はピンとして横に広がり、いつもは長い毛に隠れて見えない真っ赤な目が爛々として。

ああぁカメラがあれば!

なんて格好良いんだロボ!

僕の期待に答えるように、ロボは口を歪めてから、咆哮しました。

部屋中に、屋敷中に響くような咆哮は、例えるならライオンが、狼の遠吠えをしているようなとんでもないものでした。狼王の名前を付けた甲斐がありました!ムービーも撮りたかった!


窓からの風と、ロボの咆哮に押されて逃げるみたいに煙が部屋から消えていきます。

ロボの迫力に押されて固まっていた人間も、再び戦いを始めました。


もちろんあの御方も動かないわけがないのです。



「そこの毛玉、うっさいのよ。頭にガンガン響くでしょうが」



口を開いて固まってるハウィットの腕の中で、姉はしっかり立っています。それに奴が気付く前に、首輪に繋がった鎖を持って引っ張りました。



「あ、待て!」



間抜け面が、気付くの遅いんですよ。

奴が引っ張り返した瞬間に手を離すと、不様に仰向けに転がりました。よし。



「ロボ、踏んで」



のし、と大きな脚で踏まれた挙げ句、顔を嗅がれて震えだすハウィット。みっともなく泣きそうですよ。爆発すれば良いのに。



ふらふらとへたり込むトモを支えると、やっぱり全身が熱いです。39度くらいあるんじゃないでしょうか。



「リョータ、苦しい」


「遅くなってごめん、でももうすぐ帰れるから」


「気持ち悪かった。主に精神的ダメージを受けた」


「そう…ロボ、もうちょっとこの辺踏んどいて」



二度と使えなくなればいいですね。後世のためにも。

やっと取り戻した姉をぎゅーっとしました。大きくなってからはあんまりハグしなかったけど、たまには。泣き顔を見られたくないというのも一因ですが。




「降伏しろっ」



ボッシュさんの声に我に返ると、まだしぶとく戦っている奴らがいました。

とくに、忍者っぽい人はまだまだ元気なようです。

援軍も来て粗方縛り上げられているなか、二人の戦いは激化していました。




○ ○ ○ ○




灰色毛玉のオタケビで、目が覚めた。ちょっと意識がとんでたみたい。

私が考えた暗号はリョータに伝わったみたいだけど、結局戦闘になったね。


金髪野郎は私を支えて立っている。胸に当たってるんですけど?


ふ、とリョータがこっちに近付いて、鎖を手に取る。上手いこと変態男の隙をついて、私はようやく自由になった。

熱がなければ飛び跳ねたいくらいの喜びだけど、野郎から離れるので精一杯。その場に座り込んだ。


ようやく、帰れるんだ。

ようやく、弟に会えた。


怖くて気持ち悪いのも、もうおしまい。

部屋に獣が居ようが構わない。安心はプライスレス。救けに来てくれたし。


それからリョータと抱き合って泣いた。わんわん泣いてはない。ぐすっ、程度。



ギンッ、と非現実的な音がする。

ボッシュさんの声がした気がしてそっちを見ると、長い剣を振り、競り合い、ボッシュさんと覆面忍者が戦っていた。


ファンタスティック。


まるで映画のような美しさなのに、誰も間に入ることのできない殺伐とした空間がそこにある。

怖いのに、目が離せない。というか、それしか目に入らない。


怪我してほしくない。でもボッシュさんが来てくれて嬉しい。



ゲームや映画のヒロインはきっとこんな気持ち。

メチャクチャ幸せ。



ボッシュさんが忍者の剣を弾き飛ばして奴がよろけた瞬間、なんとボッシュさんは自分の剣も捨てて、奴の腕を掴んだ。



「あっ」



私も、多分見ていた皆が異口同音に叫んだ瞬間。


忍者はくるりと床に倒れこんでいた。一緒に練習した小手返し。

周りの騎士が飛び掛かるようにして、忍者を縛り上げた。



ボッシュさんが剣を拾ってこっちに来るのを、私はぼんやり見ている。熱のせいか、他の要因か解らないけど、ぼーっとしてただ見てるだけ。


リョータがごそごそして、首輪を外してくれたのもよく解らなかった。


目線の端で、ロボに馬鹿様を引きずらせているのが見えた。



「トモ?」



優しい、低い声。

大きな手が濡れたほっぺをこすってから、首にそっと触った。やっぱりこの手なら全然嫌じゃない。

首輪が絞めた所が痛い。擦り傷になってるかも。



「遅くなってすまん。迎えに来た」



耳元で聞こえる声。

抱き締められて、頭や背中を優しく撫でられていた。暖かい。

色々言いたいのに言葉が出なくて、とりあえず顔をぐりぐりと大きな胸元に押しつけた。あぁもう解ってくれるかな、この嬉しさとかさっき格好良かったとか。大好き、とか。

ボッシュさんがため息をついて、両手で抱き締めてくれたところでその幸せは途切れたけど。





○ ○ ○ ○




騎士の側には死者は出ませんでした。そのかわり軽傷者多数ですが。

ボッシュさんとマイヤーさんは無傷でしたが。怖。


レヴァイン家の家族は、奥さんだけが出てきて異議申し立てをしていました。

曰く、どこの馬の骨とも知れない小娘を息子が拾ってきたののどこが悪いの?みたいな。

止めてくれなかったらあのオバサンを殴ってたかもしれません。反省。


騎士達によると、ロボは大活躍だったらしいです。運動不足だったんでしょうかね。




捕まえた下っぱの人は、寝起きしていた小屋に閉じ込めて、後日取り調べるそうで、何人か監視のために残ることになりました。



ハウィットと忍者は馬車に閉じ込めて一緒に砦へ連れて行くそうです。ロボの恐怖から復活した後は散々僕らの悪口を言ってたので、道中の扱いが荒くなりそうですね。


忍者は、もちろん忍者じゃなくて、雇われ兵士でもなく、なんとハウィットの異母兄ということでした。突入前に噂していた、当主の隠し子の中の一人。なんであんなダメ弟の言いなりになってたのか。あの人にも言い分はあるんでしょうけど、他人を虐げていい理由は誰にもありません。

だから僕はそれ以上のことは聞きませんでした。



レヴァイン家から無理矢理借りた馬車に、僕とトモとロボは乗っています。

アガサさんが持たせてくれた外套にくるまってトモは横になり、僕の膝枕で寝ています。固いとか高さが悪いとか文句を言いつつ。

僕らの足元にロボが丸くなって、犬懐炉として活躍しています。ふかふか。



「チートがよかったね」



出し抜けにトモが言いました。



「魔法が使えたりも羨ましいね」



異世界トリップしたことについて話すのは、ルールを決めて以来です。意図的に避けていました。



「これからは、少しこの世界について勉強してもいいかもね」



目を閉じて、トモが言いました。


僕達は一歩進めるのかもしれません。

砦の外を知ったから。

こんなことがなければ、塀で囲われた空間だけで終わるところでした。


血の繋がった家族は二人しか居ないけど、それ以外の家族が頼もしいと解った今は、なんでも出来そうな気がします。



幸せな気分で家に帰りながら、僕も目蓋が重くなりました。やっと安心して寝られます。



ようやく皆で帰ることが出来ました。



トモはここにきて乙女回路発動です。言動が若干おかしいのは熱のせいでもありますね。

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