25・それぞれの戦い
パイク リョータ ボッシュ視点です
イライラするなぁ。
どうしてこう、宮廷の手続きは面倒なのか。無駄が多いんだよね、きっと。
「パイク、首尾はどうか」
「マルキン先生。書類は受理されました。ケラーさんが、完璧に身分証明の登録を済ませてあったので、なんとか半日で。あとは陛下への面会の、許可待ちで」
砦から姿を消したトモの捜索のために、『ラーソン隊長の養女が行方不明、若しくは誘拐された』という届けを出した。元は保護した二人の後見人という立場だったんだけど、籍を入れたほうが箔が付くと先生が言うから〜。冷静になったら隊長からきちんと許可とってなかったと思い出してしまった。
ううぅ。知らない内に二児の父。ま、でも、砦内の者は自分の子も同然だ、と言ってたから大丈夫かな?
来るのに二日、届けに半日かかってしまった。
それにしても、こっちは緊急だっていうのにお茶会や側室優先って、仕事する気ないわけ?うちの王様は。いたいけな少女の危機なのに!
あとは先生と一緒に陛下を脅し――いや、お願いしてトモを捜して保護する際に生じるあれやこれやを有耶無耶にするように働き掛けるのが、僕の仕事。
王様は、詳しくは知らないけどボッシュ先輩やマルキン先生に借りがあるらしいし、ラーソン隊長にも負い目がある。
どこの腐れ貴族か知らないけど、僕達の砦から大事なものを掠め取って、無傷で終わるなんて思わないほうがいい。
ああ、やっと謁見だ。
相変わらず貧相な王様だ。うーん、その辺の人の善さそうなおじさん?
その昔、近衛騎士だったラーソン隊長があまりにも立派で、何度か外国の使節に国王その人と間違えられたとか。それで宰相がラーソン隊長を単なる騎士団員にもどして、田舎というか僕の領の砦に飛ばしてしまった。しかもそのせいで隊長は婚約がダメになって、今も独身のまま・・・なんてひどい話だ。王様はそれを宮廷の噂で聞いて、宰相に騎士の人事に口出ししないように言ったらしいけど、撤回はさせなかった。議会にかけたら割と面倒なことになるけど、隊長がその件について何も言わなかったので、無かったことになっている。それが弱み。
二人のおかげで食堂のメニューが増えたし、井戸の水を汲んでくれる道具の事を教えてくれた。
異世界の人間は大事にするといいことあるよ〜と吹き込んだ。
「ふむ、それは気になる。全土に普及すれば、助かるの」
その辺の気配りはできるんだよね〜。
弱いところをネチネチ突き回して、『森』から現われた重要人物でラーソン隊長の大事な養女の身の安全を確保するのに、ちょっと乱暴な手を使うかもしれないということと、犯人がいかなる人物であれ、正式に罪を問うということを、約束してもらった。
「まだ先のこととは思いますが、当家の嫁となるやもしれませんなぁ」
先生のこの言葉も効果が大きかった。でも先輩が知ったらまた親子喧嘩になるんじゃないかな。
あぁ疲れた。やったやりましたボッシュ先輩。言質をとりました!
「これで先輩がなにやっても大丈夫ですね」
「お前さんは本当にボッシュの奴を慕ってるが、あの腕っぷしだけで可愛げのない奴のどこがいいんだ?」
「可愛げのないのがいいんですよ〜!」
先輩のいいところとジルさんの素敵なところなら、小一時間語れますって。
先生はなぜか微妙な間をあけてから、ふっと力を抜いて笑いました。
「お前さんのようなのが居るから、奴はあの砦から出て来んのだな」
どういうことでしょ?首を傾げる僕を置いて、先生は帰ってしまいました。
明日はお偉いさんに事情と陛下のお墨付きをそれとなく匂わせて、さっさと帰ろう。もしかしたらもう救けたかもしれないし。
単騎なら一日で戻れる、倒れるかもしれないけど。
○ ○ ○ ○
ううう、お尻が痛いです。こんなに長時間、馬に乗り続けたことなかったから…腿もひりひりする気がします。あ〜!リアル髀肉の嘆ですね!
目的地に近づくと、何人か騎士服じゃない人が寄ってきました。密偵の人達でしょうか。先頭にいるボッシュさん達と何か話しています。
僕達が止まったのは、なだらかな丘の木立の中。大きな屋敷というか、小さい城というか、とにかく立派な建物が見えます。あそこにトモが捕まってるんでしょうか?なんでこんな家に住んでるような人が誘拐なんてするんでしょう。
きっと欲しいものは全部手に入るような生活してるに違いないのに。
「静かなもんですね〜。人の出入りが極端に少ない」
「ん、庭師も下働きの女もでてない」
「俺達が来るって解ってんだろうよ」
騎士が話しているのが聞こえてきます。
相手は待ち構えてるんでしょうか。この世界に銃が無くてよかった。こんな周りが開けた土地では狙わなくてもあたるでしょう。あ、でも弓矢がある〜。
「あの、正面から攻めるんですか」
僕が近くの騎士に恐る恐る聞いてみると、その人は低く唸って首を振りました。
「威勢よく行きたいところだがな、屋敷には夫人や姫さんもいるから、攻め込むわけにいかんのよ。礼を尽くして巡検させてもらうわけ。中に入ればこっちのもんだし、抵抗されればこっちもね」
楽しげに腰の剣を叩いて言うその姿は、抵抗してほしい、という心がダダ洩れですが。
ボッシュさんについて来た騎士は、くだけた感じで一癖ありそうな人が多いようです。
悪く言えば危なそう?でもこの上なく頼りになりそうな人達です!
いつの間にか人数が減ったと思ったら、屋敷に偵察に行って、外に出ていた使用人を連れて来たようです。というか無理矢理引きずってたり担いでたり。
その人達によると、レヴァイン家の長男がなにやら屋敷に籠もって出ていないこと、部屋の近くには絶対寄ったらいけないと言われたこと、ガラの悪い男達を近くの小屋に住まわせていること、最近食事を一人分多く用意していて、病人らしいということ・・・。
真っ黒ですね。
病人食ってトモのでしょうか?無事なんでしょうか?
「その、長男はなんて名前ですか」
「ん、ハウィット・レヴァイン。歳は22、3で顔よし家柄よしでやりたい放題な奴」
「や、やりたい放題って」
なななナニを?声が裏返っちゃいましたよ?
「あ、噂では人妻とか熟女好きらしいから、トモならだーいじょうぶっ」
「俺も聞いたことあるわ〜親父の方。屋敷や城の侍女に手つけまくりで隠し子が10人近いって」
なんかもう、あとは爛れた猥談が始まったので僕はボッシュさんの方へ避難しました。あぁ、ロボもあんなの聞いちゃいけません。
「ボッシュさん……あの家燃やしましょう!」
家系を根絶やしにしたほうが世のためだと思います!
「気持ちは解るがそこまではちょっと」
逆に引かれた?!トモだって言うと思うけど。というか実行しますね。
「さて、そろそろ行くか。5名来い。残りは正面と裏で待機。合図があればすぐに突入するように。リョータ、お前は」
「行きますよ」
当然です。戦いに役に立たないし足手まといだろうけど。
尻尾を振って遠くの匂いを嗅いでるロボをガシガシと掻くと、優しく手を舐めてくれました。
「ロボ、こっそり来てね。危なくなったら呼ぶから」
正面からにこやかに入る僕達は陽動、というか囮。時機を見て合図で残りが突入して制圧、という作戦。
屋敷には多分無関係な家族の女性達がいる。下手に傷つけられないので、こんな無茶な作戦になったらしいです。
○ ○ ○ ○
ゆっくりと屋敷に馬をすすめた。傍らのリョータは緊張して強ばり、青い顔をしている。危険と解っているので置いて行きたかったが了解しそうにないので仕方がない。
「誰も出て来んなぁ、つまらんわ」
他国出身で独特のなまりのあるマイヤーが言う。こいつは剣を触る癖があるので傍から見ると危険人物だ。
「俺達は巡検に行くんだ、マイヤー。愛想よくな」
「ん、無理無理。ボッシュも愛想ないし」
緊張感のない会話。
だが全員油断なく周囲に意識をやっている。不自然なほど、屋敷は静まり返っていた。
扉を叩くと年老いた家令が現われた。俺達の来訪に目が泳いだが、次の瞬間には完璧な礼で出迎えられた。
「ガルニエ砦から参りました。実は少々事件がありまして、御当主にお力添え頂きたいのだが」
「旦那様は御不在ですが、奥様と若旦那様がいらっしゃいます。お伝えいたしますので、少々お待ちくださいませ」
できれば奥方は放っておいてもらいたいんだがな。
歩き去る家令の後ろ姿を見ていると、階段の上に人の気配がした。
「聞こえましたよ。何かお困りのようですね」
若い男の声。手摺りにしなだれかかるようにして立つのが、ハウィットだろう。女が好きそうな優しげな姿で、やることはえげつないという。
確かに嫌な目をしている。初対面の癖に、蔑むような妙な敵意を感じた。
「はぁ困ってるんですわ。実は少女が一人誘拐されましてね。茶色い髪と目で、たいそう可愛らしい子なんですが」
ハウィットは微笑んでから手を合わせた。いちいち芝居がかった奴。
「そうですか。実は私、先日変わったお嬢さんを保護しましてね。当家でお世話しているんですよ。もしかしたらその方かもしれませんね?」
危なくなったから返して知らぬ振りをしようっていうのか?
しかしこの流れではこいつに乗るしかない。
「では、我々がその方にお会いしてもよろしいでしょうか」
奴はにっこりと笑った。
家令を下げて、自ら案内するという。二階のやや奥まった場所の、日当たりのいい部屋。
俺達が全員行くのをなぜ許した?本気で彼女を返すつもりか?なにかの罠か?
疑う心は、トモの姿を見た途端に霧散した。
柔らかそうな、何重にもなっているような白と淡紅色の美しい服に身を包み、長い髪を結って輝く髪飾りをつけ、長椅子にぐったりと体を横たえていた。
数日会わなかっただけなのに、ひどく青白く儚げな様子に胸が締め付けられる。
「こちらのお嬢さんでしょうかね」
壁ぎわのハウィットが、笑いを堪えるような声で言うので思わず怒鳴り付けそうになった。
「ト、トモ」
リョータが震える声で呼び掛け、近寄ろうとすると、トモは上半身をもたげてこちらを見た。細い首に美しい首飾りがあるが、そのまわりの皮膚がこすれて血が滲んでいる――?
「リョータ、アサイさんにお嫁にいったオイチさん知ってるよね」
「は?」
トモはかすれた声で言う。
「オイチさんが兄のノブナガさんにアズキブクロを贈った話をしてたよね」
それだけ言うと、またぐったりと横たわった。何の話だ?誰のことだ?ハウィットも不審そうな表情でトモを見ている。
不意に、リョータがこちらに戻って囁いた。
「罠です、多分どこかに兵を隠してます」
必死なその顔は、嘘や冗談で言ってない。
懐の呼び子を鋭く吹いた途端、ハウィットの表情が一変した。手に持った何かを床に叩きつけると、黒っぽい煙がゆっくりと広がっていく。下の階で突入した騎士たちの声と、物が壊れる音がした。どうやら後手に回ったらしい。
部屋の壁が震えて隠し扉が開き、剣を持った男達が乱入してきた。準備よく、鼻と口元を覆っている。
「トモ!」
駆け寄ろうとするリョータの襟首を掴んでなんとか止めると、その先を長剣が霞めた。
いつの間にか、長椅子との間に黒づくめの男が立っていた。
布に隠れて目元しかみえないが、感情がなさそうな平凡な顔立ち。鍛え上げられた体、軽がると長剣を扱う力。名のある騎士ではなさそうだが、ラーソン隊長を相手にした時のように緊張が走る。
「リョータ離れろ。ロボを呼んでトモを取り返せ」
ハウィットは長椅子の上からトモを引きずりおろし、抱えるようにして窓際まで後退している。
細い体に手を回して、喉元は苦しげに仰け反って――あれは鎖か?
できれば奴を真っ二つにしてやりたい。
怒りで出来た隙に踏み込まれて飛び退く。
他の奴は咳き込みながらもなんとかやっているようだから、下のが来るまで保つだろう。この煙が何かが不安だが・・・。
長くてしかも途中
すいません
悪役の名前を付けるのに手間取りました。
他の方の物語の登場人物とかぶったら申し訳ないし。悪役は基本的に悪役からいただいてますが、いい人なのに悪役からいただいた人もいます。
名前って大事ですよね。
オビスポって響きがかわいくて、グライシンガーは変形とか合体しそうですね。