20・ひとりぼっち
パイク 姉 視点です
今日は午前中が当番で、久しぶりにボッシュ先輩との組だった。
皆に半分脅迫されてるからトモとのことを聞き出さなくてはいけない。でも。どう考えても無理だよ〜!
個人的な話なんてほとんどしたことないしさ、照れ屋の先輩が素直に教えてくれるわけ無い!
緊張のあまり、いつものように喋れない…。
「…なんだ、今日はずいぶんおとなしいな」
なんと!逆に先輩が話し掛けてきた! 心配してくれたんだろうか?
「いやー、ははは、あ、そう言えば二人を見つけたのはあの辺りでしたね〜」
自然にさりげなく会話を誘導していこう。
先輩は森の方をちらっと見て無言で頷いた。
「二人はずいぶん馴染みましたよね。リョータは最近男らしくなってきて、動物達の医学を学びたいと言っていました」
あの真っすぐな眼差し。灰色に緑や茶の混ざった綺麗な目は、出会った当初は恐怖や警戒、打算が見え隠れしていて心配だった。
動物好きという共通点を発見してからは、実の兄弟よりも気が合う。かわいい弟ができたみたいで構いたくなる。そしてトモは。
「トモはすっかり食堂の看板娘ですよねぇ〜?」
先輩を伺いながら本題に入った。斜め後ろから見てると、口角があがった…先輩のほほ笑みっ…初めて見たんじゃないか、な?
ちょっと焦って何言おうか考えた一瞬のうちに、もとの、飄々とした先輩に戻ってしまった。
先輩…さっきの顔で女性口説いたら百発百中だよ…どうしようジルさんが…
「せ、先輩っジルさんは、渡しませんからね!って
違ーう、わー言いたいのはこっちじゃなくて!トモが先輩で、いや…その」
くそぅ混乱のあまり言わなくていいことを。誘導尋問なんて苦手なのに〜。
「で?何が言いたかったんだ?」
ひんやりとした声が…先輩を恐る恐る見やると馬をとめてこちらを見て…目が…口は笑ってるのに目が…。そういえばマルキン先生がいらしてから不機嫌でしたね先輩。
それから寒い道の真ん中で先輩による誘導尋問のお手本が披露されて、僕は洗い浚い白状したのだった。
「ジジィとレオと、アガサな。あいつら他人のことばっかり…」
お三方以外にも、まわりには知りたくてうずうずしてる連中でいっぱいだった。
そりゃ突然現れた少女と騎士の恋なんて、まるで吟遊詩人の唄みたいだから、気にならないわけが無い。しかも綺麗な子だし。
周りの奴らもよくトモの話をしていたけど。贔屓じゃなく、先輩がいいと思う。トモはきっと先輩が好きだから。
リョータ以外では、先輩といる時が一番可愛い顔をしている。普段は無表情で無愛想だけど、仕事中の顔とも違う、自然な顔で、普通に女の子の顔をしていた。
あと、恋するもの同士なんとなくわかったと言うか。
あの二人には幸せになってもらいたいと思う。
後半神経をすり減らしたけど、無事に巡回が終わって食堂へ!
今日の初・ジルさん。
「こんにちは!ジルさん」
今日も綺麗ですね!と言いたいけど無理。レオさんなら臆面もなく言うけど。
いつもなら笑顔で返事をくれるのに、今日は沈んでいる?
「パイクさん!いらっしゃい。ボッシュさんも。今日はお二人一緒だったんですか」
「はい、そうですよ。さっき戻ったところです」
僕が言うと、ますます不安げな様子。何があった?
「トモがいないんです。昼の当番なのに。今リョータ達が探してるんですけど」
「…いないって、行くところもないだろう。またどっかで昼寝でもしてるとか」
心配そうな先輩の声。
誰かにどこかの部屋に――いやいやまさか。ボッシュ先輩と噂になってて、後見人が無敵のラーソン隊長だよ?そんな命知らずはここにはいない!
じゃあ外部?
マルキン先生は王都から来た。他にもトモ達に興味を持った人物がいて当然。
「先輩…先生以外に誰か来ましたっけ」
「隊長のところへ行く」
先輩は食事をすごい勢いで口の中に放り込んで立ち上がり、そこへリョータが駆け込んで来た。
「あっ!ボッシュさん、トモ見なかった?どこにも居ないんだ!こんなことあるはずないのに」
ひどく怯えて、青ざめて、先輩の上着を掴む手は震えている。
「落ち着いて、リョータ。皆探している。どこかで迷子になってるのかもね?隊長のところに一緒に行かない?」
僕が手を伸ばすと、リョータは払い除ける。
彼の目は猛禽のように、手負いの獣のようにぎらついていた。初めて会った時よりも強く。
「トモは自分からどこかへ行ったりしないんだよ!誰かが連れ出さない限り、行くわけないだろ?!僕達はこの中から出ないって決めたんだから!また飛ばされないように!だからさっさと捜せよ!トモが独りぼっちじゃないか!」
血を吐くような叫び。どんな時も穏やかに冷静に対処していた少年とは思えないほど、取り乱していた。
彼らは僕達の何気ない言葉に恐怖していたのか。
いつかまた別の世界へ迷い込むのかと、じっとこの狭い砦に閉じこもって。
今やリョータはぽろぽろと涙をこぼしていた。
先輩は厳しい表情でリョータを見下ろし、顔を上げようとしない彼の両肩を掴んだ。
「トモは俺が必ず捜し出すし、お前達を独りにする気もない。だから落ち着け。隊長に許可を貰いに行く」
ゆっくりと、混乱した心に染み込ませるように、リョータに言い聞かせる。
彼が頷くと、ほとんど引きずるようにして先輩は出ていった。
「あ、ジルさん、僕も失礼しますっ」
急いで追い掛ける。外部の犯行としたら、それは一部の貴族階級。不愉快なことに心当たりが無くも無い・・・。
○ ○ ○ ○
縛られて馬車の中なう。
上着来てなかったから寒気がするし、相変わらず体痛いし、ちょっと酔ってきたし。明るい話題はない。
ちょっと黙ったかと思えばべらべらと家や自分の自慢話をする金髪男がうざくて睨み付けると、その隣から恐怖の視線が降ってくる。多分、無礼者、とか余計なこと言わずに黙って聞け、とか言いたいんではないかと思う。
こいつら相手に限って、ストックホルム症候群はないね。
あ、収穫はあった。
お馬鹿金髪男の無駄話で、ご自慢の家名はレヴィン家というらしい。レヴァインかな。どっちでもいい。
あの時はさすがに、隣の人も馬鹿様の顔をはっとして見ていた。自分でバラしてどうするよ、みたいに。
気持ち悪いなぁ。
「あのー、ちょっとだけ下ろしてもらえませんか。気分が悪くて…あんたらの足の上に戻しちゃいそうなんですが」
顔を上げるのも億劫なので横たわって弱々しく声をかけてみた。ダメ元でも一応ね。この時代にエチケット袋はないでしょ。
「逃げないようにね!」
案の定停まってくれた。はしたないとかぶつぶつ言いながらだけど。いちいちむかつくなぁ。
足と手の紐は解いて、代わりに首に付けられた。長ーい先は怖いお兄さん。御者の人は私の蹴りで肩を痛めたらしくて、睨まれた。自業自得!
できるだけ背の高い草むらに入って、しゃがみ込む。涙がでてくる。本当に気持ち悪いし、怖いし、叫んで逃げ出したい。でも無理だから考える。
ズボンの腰部分に、小型のサバイバルナイフのホルスターを下げている。ナイフがあったって、馬鹿様だけならまだしも3人は無理。
細い木の幹に跡をつける。ガリガリ。漢字で巴。日本名トモエなの。それから片仮名でレヴィン。
文字のちょっと上に、ナイフを突き刺した。どう見てもこの世界のものではないので、見つけてくれたらわかるはず。うん。きっと捜しに来てくれる。ちょっと解りにくいけど、陽が当たればけっこう光るはず。
ぐえっ。
首、絞まる!
待たせすぎたのか引っ張りだしたんで、よろけながら戻った。扱いがひどい。
でも紐を持ってる人は怖いので、顔も見られない。そしたら革の水筒を渡してくれた。一口、水を飲んで返す。
怖い人が優しくすると印象がよくなる法則は適用されなかった。なぜならその後すぐに私の手足を縛って馬車の床に転がしたから。
夜になって、金髪男の屋敷に着いた。多分でっかい。二階建くらいで横にでっかい。掃除が大変そう。メイドとか執事がいるに違いない。
今日は疲れたから話は明日ね、という馬鹿様のお言葉で、私は例の怖い人に小脇に抱えられ、2階の部屋に連れて行かれた。
紐を外されて、ぽいっと放り込まれて、鍵のかかる音がする。
部屋は真っ暗。窓から薄い夜の明かりが差し込んで、中がぼんやり見える。
ふかふかの絨毯。ダブルくらいのベッド。華奢な猫足のテーブル。わりと広いけど調度品がほとんどないので、普段使ってないんだろうなぁ。
広いお屋敷は静まり返っている。
2食抜きなのに、ちっともお腹が空かない。
とりあえずブーツを脱いでベッドに入る。むかつくし気持ち悪いけど、すごく寒いんだ。風邪のひきはじめみたい。
私は独りだ。
考えなくていいことを考えてしまう。
涙が熱い。だらだらと顔を伝って耳へ流れる。
こんなに泣いたことない。
今までで最悪の時は弟がいたから。母さんに置いていかれた時も、この世界にトリップした時も。
涙がとまらない。きっと明日起きたらひどい顔だ。
私は独りぼっちだ。
熱い涙って自分でびっくりしますねー