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すごい技

掲載日:2026/04/15

 マッチングアプリで出会った優実は「あたしも最初からそれ目的だから」と会ったその日にカフェで雑談もそこそこにホテルへと直行した。

 俺としても真剣な出会いではなく軽い遊び程度のつもりでアプリを活用していたので、何ら問題はなかった。さっさと服を脱ぎ去りシャワーで身体を流してベッドに入るやいなや積極的なキスで先制された。


「あたしね、すごい技があるの」


 淫靡で自信ありげな笑顔のまま、彼女の指や舌が俺の身体をじっとりゆっくりと這い始めた。よほど自分のテクニックに自信があるようなので望むところとばかりに俺は彼女に身体を委ねた。


 悪くはない。ただ自慢げに口にするほどのものではないというのが正直な感想だった。

 一目見た瞬間に面倒かもなという直感はあった。ボディラインを惜しげもなくアピールするような短尺のワンピースからは外面内面ともに自信の塊のような空気がだだ漏れだった。今日限りで終わらせた方がいいかもなと思いつつ、彼女の技とやらを冷静に全身で吟味していた。


 こなれた調子で彼女の口が局部を含んだ。常人に比べれば確かに上手いほうだろう。しかしずば抜けているわけではない。空いた両手がさぼることなく上半身を撫でるあたりも評価は出来る。ただ彼女の言う”すごい”という言葉にはいまだ納得のいくものは得られていなかった。


 さっさと自分がしたいようにやって終わらせようか。目をつむりながらそんな思いに耽っていたところで上半身に違和感を覚えた。

 目を開き胸のあたりに視線を向ける。彼女の頭がまだまだこれからといった余裕を見せるような緩慢な動きで上下している。伸びた両手がさわさわと変わらず胸を弄ぶように撫でている。


 おかしい。

 今彼女が触れていない部分を触られている感覚がある。正確に言えば、両乳首を舌で転がされている感覚がある。

 そんなわけがない。彼女の頭は今俺の下腹部に勤しんでいる。だが明らかに手や指ではなく、見えない誰かの舌が俺の胸を愛撫している。


 ーーまさか、これが?


 一体自分の身に何が起こっているのか。彼女の言う程でもないテクニックも男を満足させるに足るものではある。加えて透明な愛撫が縦横無尽に俺の身体を攻めている。

 不気味、奇妙。そんな感覚はいまだ味わったことのない快感にあっさりと敗北し、脳内がふやけ思考が制限されていく。


 ーーもっと。もっと。


 見えない加勢により一気に高まった興奮と快感により、俺は自分でも恥ずかしいほどの速度で果ててしまった。


 ーーなんだ、これは。


 己の放出により瞬間冷却のごとく思考が一瞬にして冷静へと戻っていく。俺は慌てて彼女の身体から離れる。


「ね、すごいでしょ?」


 見せつけるようにごくりと喉を鳴らし、俺の一部だったものを飲み込んだ優実の笑顔はゾッとするほど美しかった。





 




「変わった能力でしょ?」


 怖さもあったが、それより勝った興味から俺は彼女の技について詳細を問い質した。

 

 優実の話は自身の生い立ちにまで遡った。

 韓流アイドルのようなスタイルと色気を惜しげもなく押し出す見た目の彼女だが、高校を卒業するまではまったく男に触れたことはなかったという。その理由に厳格な親の存在があった。


 たまに聞く娯楽を禁止するタイプの両親で、趣味嗜好といったものは一切といってよいほど与えられなかった。周囲を羨ましく思いながら逆らうことが出来ない環境で抑圧された人生において、もっとも彼女の強い興味は親がおそらく一番許さないだろう性に関してだった。

 結果として抑圧された感情の爆発は、高校卒業を機に親への拒絶という形で怒りとして露わになり、当然のように家を飛び出し一人で自由奔放に性を解放させる道へと向かった。


 磨かれていなかったとはいえ、ルックスに関しての素質は十分過ぎるものだった。簡単に男が釣れた。自分の居場所と暮らし、そして性の充足といった行動理念に従う彼女の本当の人生がそこから始まった。

 そして様々な男に抱かれ、自身の技が磨かれていく中で、その日初めて夜を共にした相手の男から奇妙なことを言われた。


「お前それどうやってんの?」


 何を言われているのか分からなかったが、男が言うにまるで3Pでもしているかのようにもう一人の誰かに愛撫されていると言うのだ。そのあたりから見えない誰かが行為に参加するようになった。

 中には気味悪がって途中でその場を後にする者もいたが、あまりのテクニックに不思議に思いながら満たされる男の方がほとんどだったという。


「セックスが好きすぎてもう一人の自分でもつくってるんじゃない?」


 色々な意見はあったが、あまりに強い性への欲求から生み出されたもう一人の自分が一緒に楽しんでいるという説に自分の中では落ち着いているという。


「変な能力だな」

「でもすぐイったじゃん」

「うるせぇよ」


 俺は優実に覆いかぶさった。やられっぱなしで終わるのは癪だ。こっちだってそれなりの腕はある。


「今度は俺の番だ」


 逆襲とばかりにがむしゃらに俺は優実を抱いた。







 それから一晩どころか優実との関係は気付けば三か月も続いていた。


「守君、相性いいみたいだからこれからも会おうよ」


 身体の、というのは言うまでもない。俺も断らなかった。

 正直、彼女の技にやられた。実際には優実しかいないのに複数人でプレイしているような妙な遊び。他で体験できるものではない。彼女でないと。それは逢瀬を繰り返す度に深まり、依存という名の中毒に陥っていった。


「好きだねぇ、君も」


 するっとどこからともなく現れ俺の身体を弄んでいく目に見えぬ存在。

 二人、三人。一体何人いるのか分からない。どんどん増えて行っているような気さえする。俺はすっかり彼女達の虜だった。







 彼女への依存が深まる中、おかしなことが起き始めた。

 自分一人でいる時にも彼女達が現れるようになったのだ。

 ベッドの上で寝ていると全身を指や舌が這いずった。優実がいない場所でも俺は愛撫され、自分の意思とは関係なく昇天させられる夜が続くようになった。行為の最中は金縛り状態で抵抗も出来ない。自由は利かないはずなのにしっかりと局部だけは反応しいきり立った。誰もいない空間で股間が優実にされるように温かい感覚に包まれ何度も果て続けた。


 ーー殺されるかも。


 生命の危機を感じ始めた。こんなことが続けば俺はこのまま彼女のすごい技で嬲り殺しにされてしまう。


『来週空いている日ある?』


 俺はまず優実から距離を取った。彼女の連絡先は全てブロックした。でも駄目だった。

 別の解決策が必要だ。今自分に起きている出来事は明らかに異常だ。


 ーー病院? 霊媒師?


 少し悩んだが健全な状態で優実の技をくらった事を考えると、霊的な何かの方が可能性が高いと思い、ネットの情報を貪り信用できそうな人間をあたった。




* 




「うぇ、なんそれ」


 扉を開けて顔を合わせた瞬間失礼な言葉を浴びせた高倉と名乗る女はごく普通の見た目の女性で、場所もマンションの一室だった。一応自宅ではなく事務所らしいが、もっとこういうのは嘘臭いぐらい厳かな場所かと思っていただけに意外だった。


「まあそこ座りよ」


 彼女に促されるまま対面の椅子に座った。


「もうほとんど抜かれとるね」


 魂か精子かどっちだと思いながら、もしかしてそこまで見抜いた上での言葉なのかと彼女の顔を見たが分からなかった。


「こんな気色悪いの初めてなんやけど」


 さっきから失礼だなと思いながら「とりあえず一通り聞かせて」と言われたので優実と出会ってからの一連の出来事を正直に全部話した。


「聞いても意味分からんな。いや分かるねんけど、マジ分からんな」


 どっちだよと思いながら、こいつ信用できるのかと不安になってきた。


「とりあえず、見たまんまのもん全部伝えるわな」


 ごほんと咳払い一つしてから高倉は言った。


「君の周り、男だらけ」

「は?」


 男? 予想もしていなかった言葉に俺は驚きを隠せなかった。


「どういう仕掛けなんやろな。頑張ったら辿れそうやけど、とにかく君今めちゃくちゃ色んな男くっついとるわ。んで、これ言ったら君吐くかもしれんけど言うてもいい?」

「な、なんすか?」

「そいつら君の全身まさぐったり舐めまわしとるで」


 全身が寒気だった。

 彼女の言う通り、時間場所関係なく日常生活の中でも同じ感覚に晒され続けていた。快感に慣れ過ぎて反応もかなり鈍くなってきたとはいえ無になったわけではない。快感はもはや苦痛という拷問に変わっていた。

 それだけでも地獄だった。なのに、それが全部ーー。

 思わず俺は机の上に吐いてしまった。


「すんません」

「ええよ。そら吐くわな」


 高倉は特に気にする様子もなくふきんで俺の吐瀉物を拭きはらった。


「なんちゅうかこれは、経験値みたいなもんか。彼女の言う所の能力っていう表現は言い得て妙かもしれんな。彼女とまぐわった人間が全て彼女の力として蓄積されていった。つまり、君にちょっかいかけとんのは彼女に抱かれた男共っちゅうことや」


 俺はまた吐いた。ごめんごめんと彼女は気にせずまた俺のげろを拭いた。


「これ多分、源泉はその女の親の呪いっぽいな。とんでもない毒親やな。なんにせよこのままいくと君も彼女の力の一部になって知らん男べろべろすることになるやろな」

「俺、死ぬんすか?」

「死なさんよ」


 そう言って高倉はおもむろに衣服を脱ぎ去った。


「目には目を。歯には歯をや」

「はい?」

「女に恥かかすな。抱けっつっとんねん」

「え、え?」

「あぁもう」


 じれったいとばかりに彼女は出会った時の優実のように強引に俺の唇を奪った。するすると服を脱がされ、俺のものをむしゃぶり、流れるように俺の上に跨った。


「ふぅ」


 あっという間に俺は果てた。しかし、果てた後のあの何とも言えない虚無感はなく、まるで霧が晴れるような爽やかな感覚だった。


 消えた。体感的に分かった。


「ほなまた来週な」

「え?」

「一発で終わるほど簡単なんちゃうねん。助かりたかったら定期的にうち来て」


 せやないと死ぬで、君。

 冷たく言い放たれた声に俺は頷くしかなかった。







 それから俺は高倉に定期的に抱かれている。病院の診察のようなものと思えば身体も心も慣れた。

 ただ、少々不安もある。初め作業のように味気なかった行為を、段々と高倉は楽しみ時間をかけるようになっていた。


「な、すごいやろ?」


 俺の身体を丁寧に愛撫しながら上気した顔で俺を見つめる。

 俺は本当に、この人に抱かれ続けていていいのだろうか。すでに彼女も、呪いとやらに感染しているのではないだろうか。


 分からないが、もう俺は誰かに身も心も委ねることにあまりに慣れ過ぎてしまっていた。

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