終<子>を裁くモノ:03 兎河うさぎ
「その、モノに触れると、時間が進んだかのように劣化するんです」
高森ミサキはそう言うと、紅茶を一口飲む。
「母の話では、私が5歳の時を最後に、その現象は起きることはありませんでした。でも、今年の1月に入って……」
言葉をそこで止めると、代わりにメイが言った。
「再発した」
ミサキは黙って頷く。
「目で視認したり、手足で触れたりすると能力が発動するので、母からもらったマガンレンズ入りのモノクルという眼鏡と手袋で抑えてる状態です」
「眼鏡は片方だけなのか?」
メイが聞くと、ミサキは頷く。
「あっはい。私の場合、終わりのマガンは片目だけなのと、珍しさもあってモノクルにしたのもあって、私なりのこだわりですね」
「へえ〜似合ってるじゃん。オレもそれかけてみてえ」
ミサキは照れながら言う。
「いえ、その……ありがとうございます」
アタイさんから受け取った記録書をみて分かったことは、終わりの能力は断絶した閻魔家が管理してた歴史と『閻魔』が高森ミサキの旧姓だったことくらいだ。アタイさんの言った通り、ついでくらいの情報でしかなかった。外部や内部を含めて、彼女の問題を解決する手段がない。アタイさんが俺たちに依頼してきた理由がなんとなく、見えてきた。
「ここ数週間で、電子デバイスとか、干渉できるものも増えてきて……目でみて触れたものが腐ったり使えなくなったりして」
「制御もきかないと」
「はい。それで、母に専門家である常森さんを紹介してもらったわけです」
ミサキの言葉に眉をひそめた。終わりは、現実に干渉する能力はないに等しい。アタイさんから聞いた話と記録書の内容、彼女の語る能力の現状には、食い違う点がある。なんだかきな臭くなってきた。
「能力の暴走って今回がはじめてか?」
メイが質問すると、ミサキは答えた。
「はじめに能力を使えたのは、小さい頃の話なのではっきりとは覚えてませんが、今回のような暴走は初めてです」
「それ以降は、死者をみる能力など終わりに関係したビジョンが見えるくらいです」
「死人もみれるのか?すげえな」
先ほどまで退屈そうにしていたメイが、ミサキの能力の話になってから興味を示すようになった。露骨に嫌そうな態度をされるよりもいいから安心だ。
「ミサキさんのお母さんも?」
俺が聞くと、ミサキは静かに頷いた。
「母は元終わりのマガンの所有者で、私が5歳の頃、終わりの能力が受け継ぐことになったと」
「あんたの能力って実際どんなもんだ?」
メイはミサキに問う。
ミサキは少しためらいつつも、鞄から電子デバイスを取り出す。
一世代前の古い型のタブレットだ。
予め実演の準備はしてきたようだった。
彼女は手袋を外す仕草をする。
「別に無理してやらなくてもーー」
「大丈夫です」
俺は静止するも、ミサキは手を止めない。
手袋とモノクルを外すと、タブレットに素手で触れた。
それと同時に、タブレットが魔法にでもかけられたかのように潰れ、ボロボロと粉状に崩れた。ミサキは、すぐにモノクルをかけ直す。視認して、素肌の手で触れたもの以外は何も変化はない。自然界で完全に分解するのに数百年かかる電子デバイス。その寿命を吸いつくしたかのように、ものの数秒でタブレットは原型がなくなり、プラスチックと錆びついた金属の残骸だけが残った。
「こりゃ・・・すごい」
俺はその光景に唖然とした。
メイの方を向くと、興奮してるのか笑みを浮かべてる。
「へぇー面白れえー」
ミサキはメイの意外な反応に驚いているように見えた。
自分の能力を見せて怖がられるとでも思ったのだろう。
「取り外すとき、少しは制御できます。こうして、自分から能力を人に見せるのは初めてでーー」
「最近は、マガンレンズをしても、能力が抑えられなくなってきて、モノだけでもこれぐらいなので、いつ人に対しても同じことが起きるのか怖くて……それに……」
ミサキは一瞬、言葉を飲み込んだ。
「毎度、ビジョンを見る時に声が聞こえるんです」
「声?」
「なんて言ってるんです?」
「『AIを消せ』って」
唐突にAIが出てきたので不思議に思った。
「AIをですか?」
「はい。まるで、私が自分に語りかけてるみたいでーー」
すると、ミサキは周囲を警戒するような仕草をする。
さっきもそうだったが、何かに怯えてるようにみえた。
「大丈夫ですか?」
「あっ・・・ええ」
ミサキは気を取り直すと、こう切り出した。
「1月に手書きとAI部門の統合化のニュース知ってます?」
「ええ。仕事柄よくみるので」
「その時期からなんです。終わりのマガンの暴走もビジョンを見始めたのもーー」
「それに、劣化するものは、どれもAIが搭載されたものばかりなんです」
確か、統合化以外にも、1月に集中してAIニュースが重なっていたのを覚えている。
彼女が抱えてる問題とAIを無理矢理繋げている可能性もゼロではない。
だが、俺はあり得るなと思った。彼女が劣化させたタブレット端末には、AI機能が内蔵されていたからだ。一世代前の古い型でも、全てのタブレット端末には、最初からAI機能が内蔵されている。AIとミサキの能力の暴走が関係しているのなら、原因究明と解決の手がかりになるかもしれない。
「メイはどう思う?」
そう言って隣を見ると、先ほどまで座っていたメイの姿がなかった。
「メイさんなら、私の話の途中でトイレの方に向かわれて」
「いつの間に!メイのやつ・・・一言言ってくれよな」
自由なやつだよほんとに。ネコみたいだな。
俺はトイレの方を見た後、彼女の方に向き直り、「すみません」と謝った。
「いいえ、気にしてないので」
彼女が優しく微笑んで言うと、不意に別の声が割り込んだ。
「やっぱ退屈にゃ」
声のする方をみると、ニャーがまた姿を現していた。
頭上をぷかぷか浮きながら飛ぶと、俺の頭の上に乗る。
「そこで大人しくしてろよ。毛玉」
「注文が多いにゃ。下僕」
そんなニャーと俺をみてか、ミサキは笑みをこぼす。
俺は気にせず、ミサキと話を続けることにした。
「それで、ミサキさんの見るビジョン内容について聞いてもいいかな?」
すると、彼女の表情はまた少し暗くなる。話すのを躊躇っているように見えた。
「じっ実はそれがーー」
ミサキが答えようとしたその時。
ーーキィィィッ!!店の外で甲高いブレーキ音が響き渡った。
次の瞬間、向かいの席の壁が崩れ、窓ガラスが砕け散る。
破片が辺りに飛び交う中、鉄の塊が猛スピードで突っ込んできた。
「にゃにゃにゃっ!!!」
ニャーは耳を押さえ、驚いたように目を瞬かせる。
ミサキも突然の出来事に怯え、その場で体を丸めていた。
店内では、客の悲鳴や騒ついた声が入り混じる。店員さんも慌てた様子でお客に外に出るようにと促すなど、手元のデバイスで、警察や救急車を呼ぶ人もいた。
「ミサキさん、大丈夫?」
「あっはッ・・・はい!」
俺は彼女の手をとり、立ち上がらせると、崩れた窓際の壁から物音がする。
「全く・・・怪我人が出たらどうするの」と誰かを叱咤する声が聞こえる。
「すみません」と誰かに謝る声が聞こえると、土煙の中から人の姿が見えた。
「久しぶりね。そうでもないかしら?」
聞き覚えのある声がする。
煙が晴れると、突っ込んできた車のボンネット上に佇む女性がいた。涼しい顔で真っ直ぐとこちらを見据える。
整った顔立ち、モデル並みのスタイル。年齢は20代後半だが、10代に見える。青い長髪のポニーテールで、こげ茶色のサングラスをかけ、両手には白と黒の左右色違いの手袋をはめている。蒼いコートを羽織り、服の上腕部分には見覚えのある腕章が刻まれている。短いスカートとタイツに目がいき、見惚れてしまう。
「どこ見てるにゃ」と隣で飛んでいるニャーが言う。
「見てねえーよ」
現れた襲撃者は、そんな俺たちのやりとりを無視すると、こげ茶色のサングラスを頭に上げ、瞳をちらりと覗かせる。
「兎河くんーー」
懐に忍ばせていた青いリボルバーをこちらに見せる。
「その小娘をよこして」
世界維持機関の捜査官、推理草チエミは言った。




