#第十二話B #プリクラ #らくがき
三階フロアを歩きながら、目に留まったのは、賑やかなゲームセンターだった。筐体のカラフルなライトが光っていて、子供連れやカップルたちが楽しそうにクレーンゲームやメダルゲームに興じている。
「ゲーセンなら、一緒にできることが結構ありそうだけど」
「確かにそうね。私はあまり来ないんだけど」
蒼依はすこし口ごもりながらも頷き、ぬいぐるみが景品になっている、あるクレーンゲームの筐体の前で足を止めた。
「何を狙うんだ? このクマか?」
「あっ、これ可愛い……」
指差したのは、うさぎのぬいぐるみ。ふわふわした白い毛並みと小さな赤いリボンがついていて、いかにも蒼依の好みといった感じだった。
「ちょっとやってみる。私、こういうの得意だし」
「やめといた方がいいんじゃないか。取れなくて、ムキになるのが目に見えてるというか……」
「そんなことない。春樹じゃないんだし」
ムスッとした蒼依が、鞄の中から財布を取り出して、筐体に百円を投入する。
「あ、惜しい! ……もう、なんでこんなに難しいのよ!」
ぬいぐるみは持ち上がるが、寸前のところで落ちてしまう。蒼依はさっきからそれを何度も繰り返していた。
「だから言ったのに。そう簡単にはいかないよ」
「だって悔しいじゃない。あとちょっとで取れそうなのに、もう……」
ムキになっている蒼依の姿を見ながら、春樹がポケットから財布を取り出した。
「ほら、俺に任せて。藤崎とよくやるんだよ、クレーンゲーム」
「無理。春樹って、こういうの得意そうに見えないし」
蒼依は腕を組みながら、期待なんてしてないから、といった様子でつぶやいた。
「言ってろ。見てなって」
コインを入れて、アームを動かす。慎重に操作しながら、春樹は『頼むぜ』と心の中で祈っていた。
「よし、上手くいった」
——ガシッ。
うまく掴めたようで、ぬいぐるみがぶら下がっていく。
白いうさぎがゆらゆらと揺れながら、景品の落とし口に向かっていった。
その光景を、二人は息を呑むように見つめている。
「ほら、取れた!」
「えっ、凄い。本当に取ったの!?」
春樹は落ちてきたうさぎのぬいぐるみを取り出すと、蒼依にひょいっと差し出す。
「これで満足だろ。ほら、俺からのプレゼント」
「……何よ、変にカッコつけないでよ」
そう言いながら、蒼依がそっと手を伸ばしてぬいぐるみに触れる。
「ありがと、春樹。大事にするから」
「まったく、もう子供じゃないんだけどな」
「うるさい。別にいいでしょ」
ぬいぐるみを抱きながら、愛おしそうに眺めている蒼依の姿を見ていると、春樹に取れた嬉しさとは別の感情が湧いてくる。
「……可愛いよな、ほんと」
「——なっ!? どうせバカにしてるんでしょ!」
「してないよ。俺はぬいぐるみに対して言っただけ」
「うるさい! 変に得意げな顔もしないで!」
「怒るなって、もう……」
うさぎのぬいぐるみを抱いて、上目づかいで睨む蒼依の姿を見ながら、春樹はあることを思っていた。
「こういうのも特別な時間って言えるのかな」
そうつぶやくと、蒼依は俯きながら答えた。
「分からない。でも、私は今みたいな時間を、ずっと忘れたくないなって思ってるから」
◇
しばらく二人でゲームセンターを散策していると、アプリから通知が来る。
『二人の時間を記念に残してみましょう!』
それぞれのスマホを確認した後、春樹と蒼依は顔を見合わせていた。
「記念に残すって、どういう意味?」
「なんかクーポンが届いてるぞ」
スマホを確認すると、『恋むすびコラボクーポン配布中!』という表示。二人はすぐにアプリを確認する。
「プリクラが百円引きになるんだって。コラボキャンペーンみたい」
「どうするんだ、蒼依」
「これも試練なのよね。だったら撮らなきゃじゃない?」
「別に無視しても良いんじゃないか。今日は十分試練をこなしたような気がするし」
「それはアプリが判断すること。私たちは指示に従わないと」
蒼依は当然でしょ、とでも言いたげだったが、どこか楽しげでもあった。
「撮るのか、プリクラ」
「そんなに嫌なら、春樹一人で写ってきなさいよ」
「さすがにそれはちょっと。別に嫌ではない」
「じゃあ、決まりね。ほら、早く入ろう」
二人で入り口のカーテンを開けて、プリクラ機の中に入る。
「ちょっと狭いわね。春樹、もっと奥にいってよ」
「はいはい。あとは蒼依に任せた」
「私だって、別に詳しくはないんだけど」
蒼依が手慣れた様子で、モードを選択していく。しばらくしてから、画面に映った自分たちの姿に、何とも言えない照れくささを感じていた。
「ポーズの指示が出てる」
画面には『ハートを作ろう!』という文字と共に、モデルの女子が二人で、ハートを形作る様子が映し出されている。
「なにこれ、恥ずかしすぎるんだけど」
蒼依が画面を見つめながら、小さくつぶやいた。顔がほんのり赤いのを見て、春樹も思わず視線をそらす。
「試練だぞ。やるしかないだろ」
「わ、分かってるわよ……!」
そう言って、蒼依がゆっくりと手を上げる。春樹も手を上げると、二人の指先が触れる寸前で止まった。
「もっと近づけないと、ハートにならないんだけど」
「そ、そんなの分かってる。春樹がくっつけてよ」
蒼依の声が震えていた。仕方なく、春樹から手を近づけていくと、同じように手を動かしてくる。
「これで、いい?」
画面には、ちょっと距離のあるハートが映し出されている。空いた隙間は、二人の関係性を物語るようでもあった。
「ちょっと違うような。なんかハートが割れてるぞ」
「割れてない。ただの気のせい」
「いや、この指の距離が」
離れ気味のハートで撮影が終わると、すぐに次のポーズの指示が出ていた。
『もっと近づいて、とびっきりの笑顔で!』
とびっきりの笑顔という言葉に、蒼依の顔がひきつっている。
「これ、やるのか」
「や、やるしかないでしょ。とびっきりの笑顔ね、分かった」
蒼依は画面をじっと見たまま、何かを決意するようにうなずくと、春樹に肩を寄せる。
亜麻色の髪から、ふんわりと甘い香りが漂ってきて、春樹はすこし緊張していた。
「春樹も寄りなさいよ。さっきみたいに変な距離感になっちゃうし……」
「蒼依がもっとこっちに来ればいいだろ」
「ああ、もう! 分かったわよ!」
互いの肩が触れ合う瞬間、二人になんとも言えない緊張感が走った。
「早くシャッター切って」
そう言いながら、蒼依の耳が赤く染まっていた。この時間を意識しているのは誰が見ても分かる。
春樹だって、たぶん似たような顔をしているのだろう——画面に映っている二人の不自然な笑顔が、それを証明していた。
「さすがにこれを笑顔とは言えないような」
「ちゃんと笑ってるでしょ。よく見なさいよ」
蒼依が指さす画面には、二人の不自然な笑顔の写真。ちょっと引きつったような笑顔で、肩を寄せ合って写っていた。
「……これが残るなんて、余計に恥ずかしいだろ」
「う、うるさい! 早く終わらせる!」
次々とポーズの指示が出されるたび、二人で慌ただしく動いては、微妙な写真ばかりが生み出されていく。
『撮影、お疲れ様!』
筐体から労いの言葉があり、撮影が終わった。らくがきコーナーに移って、二人で写真の仕上がりを確認していく。
「……あんまり可愛く写ってない」
「こんなもんじゃないのか。誰だか分からないレベルだぞ」
「そういう意味じゃないって、もう」
蒼依が小さくため息をつきながら、画面の写真をじっと見つめている。
「でも、意外と悪くないんじゃないか。ほら、このハートとか、ちゃんと形になってるし」
春樹が一枚の写真を指差すと、蒼依も隣から覗きこんだ。
「……幼なじみには、ちょっと見えないかも」
「この二人が、馬鹿みたいな勝負してるだなんて、まさか誰も思わないよな」
「うん、確かにバカみたい」
いつもより大人しい蒼依を見て、春樹は思わず笑顔になっていた。
「こういう時は恥ずかしがるんだな、って思ってさ」
「別に、恥ずかしがってなんかない」
まるで照れを隠すかのように、画面を素早く切り替えていく蒼依を見ながら、春樹は前とはちょっと違う反応だよな、と思っていた。
「そんな可愛い雰囲気、俺たちには合ってないような」
「これくらい普通だから。ふふっ、春樹にも猫耳つけちゃおう」
「俺に猫耳って。うわ、ひどい写真だな……」
落書きに夢中になっていた蒼依が、今度は二人の間に文字を書きはじめる。
「春樹もやってよ。私一人だけでやってたら、試練にならないから」
「えっ、俺も?」
「せっかく二人でやったんだし」
仕方なく、春樹も画面を操作しながら、適当にスタンプを押してみる。
何枚かの写真を切り替えていると、ちょっとむっとした顔で写る蒼依の写真を見つけた。
「まさかプリクラにこんな顔で写ってるなんて。不自然な笑顔の後あたりかな」
「どうしたの。何か気になることでもあった?」
「いや何でもない。作業を続けてくれ」
春樹はタッチペンを片手に蒼依の写真に角を生やしていく。左右に一本ずつ。
「ちょっと、春樹。私で変なことしないでよ」
「バレちゃったか。でもムッとしたままより良いだろ」
「すぐそうやって、子供みたいなことをするんだから」
蒼依が何してるのよ、と抗議のまなざしを春樹に向けた。
「可愛いと思うけどな。蒼依に似合ってるし」
「からかわないで。こんなの可愛くなんかない」
「猫耳よりは良いだろ。流行るかもよ、ツノ」
「流行るわけないでしょ、バカ」
蒼依が落書きに戻る。細かく微調整しながら、こうした方が可愛いかもなどと、つぶやきながら試行錯誤している。
蒼依って、昔から可愛いものにこだわるんだよなと、足元に置かれたぬいぐるみの入った袋を見ながら、春樹はぼんやりと思っていた。
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