#春樹サイド #ep7
ある日の放課後。
俺は藤崎と駅前のビルにあるカラオケ店に来ていた。
「ストレス発散。今日は藤崎のステージだぜ」
「藤崎って、ベーシストなのにな」
「ベースだって、ボーカル担当することはあるぞ」
藤崎は入室してすぐ、デンモクを操作しながら曲を入れ始めた。
俺が上着を椅子に掛けている間にも、テンポの速い曲の予約が次々に表示されていく。
「まずは、これ。一発目はHudeの曲からでしょ」
「流行ってるよな、そのバンド。Hudeの曲って配信サイトで上位独占してるし」
「だろ。あの力強いのにセクシーなボーカルと、展開の速さが堪んないんだわ」
イントロが流れると、藤崎がぱっと立ち上がる。
マイクの持ち方までこだわっていて、何だかステージの空気のようだった。
「いつか消えてしまう感傷も 何か求めてる感情も〜」
「しかし熱唱だな。藤崎も凝り性だから」
でも、妙に楽しそうだから、ツッコむのが面倒になってくる。
俺はソファにもたれながら、モニターの歌詞をぼんやり眺めていた。
「春樹、手拍子! 手拍子!」
「合いの手入れてくれても、いいんだぜ?」
藤崎がMCのように、俺に催促してくる。
数ヶ月前の文化祭のステージを思い出したが、客席はあまり盛り上がっていなかった。
「はいはい」
適当に手を叩いていると、喉が乾いてきた。テーブルの上に置かれたカップは空になっている。
「ドリンク取ってくる」
「了解。俺は今、最高の歌を歌ってるから」
藤崎は意味の分からない宣言をしながら、曲のサビへと突入していた。
◇
廊下に出ると、部屋のドア越しに色々な音が漏れてくる。
笑い声や拍手、こぶしの効いた演歌。カラオケって、こういう雑な賑やかさがある。
「あっ、この曲」
ドリンクバーへ向かう途中——不意に、聞き覚えのあるメロディが耳に引っかかる。
この曲、どこかで——と思って、すぐに思い出した。
「蒼依が、たまに口ずさんでるやつだよな」
曲はすぐ廊下の雑音に溶けていった。
俺は立ち止まらず、そのまま歩いていく。
◇
ドリンクバーの前に着いたが、何を飲もうかなと迷っていた。コーラか、乳酸菌飲料か、アイスティーか。別にどれだっていいのに、なかなか決まらない。
「コーラにするか。炭酸でも飲もう」
注がれているコーラを見ていると、背後から賑やかな声が近づいてきた。
「ねぇ、次、これ歌おうよ」
「それさ、絶対盛り上がるやつじゃん」
隣町の私立校の女子生徒。
同い年くらいの女子たちが三人、楽しそうに通り過ぎていった。
その光景を見ながら、蒼依の姿が頭をよぎる。
あんな風に、友達と楽しそうにカラオケに来ているのかな、と。
「きっと来るよな。本人に聞いたことはないんだけど」
◇
部屋に戻ると、藤崎が満足そうにしていた。
「最高の気分だな。届いたか、俺の歌声」
「飲み物取りにいってたから、何も聞いてないけど」
「残念。ほら、お前の十八番入れといたぞ」
「は? またかよ、この曲」
「お前のこれを聞かないと、やっぱり始まらないだろ」
画面を見ると、昔好きだった少年漫画の主題歌が予約されている。やれやれと思いながら見てみると、藤崎が妙にニヤニヤしていた。
「魂のシャウト、待ってるぜ」
「ったく。任せとけ」
藤崎とハイタッチを交わすと、すぐにイントロが流れてくる。
身体がリズムを覚えているのか、自然とノリが合っていく。
「どうせなら。いくぜ、藤崎」
俺は立ち上がって、マイクを持った。
藤崎がタンバリンを握りながら、待ち遠しそうに待機している。
「オレの心はいつも燃えている! ボーイズ・ビー・アンビシャスッ!」
「相変わらずヤバい曲だが、アニキの歌声にそっくりだよな」
藤崎が掛け声と共に、軽快にタンバリンを鳴らす。
「ゴーゴーファイト! オレはなんだってぶっ壊せるんだぜ!」
サビに入った瞬間、俺は腹から声を出した。歌詞をなぞるんじゃなくて、押し出すみたいに歌う。
「守るべき友情と、この熱い誓いにかけて——」
「お前と、この世界を救ってやるぜッ!」
“熱い”とか“友情”とか、今の俺に関係ないはずなのに。
——この曲を歌っていると、何かが滾ってしまうのだ。
「ふぅ、センキュー……」
歌い終わって息を吐くと、藤崎がすこし遅れて、激しく拍手をしていた。
「お前さ、妙に熱いよな。引いたわ」
「うるさい」
机の上にマイクを置く。
こんな姿は、もちろん蒼依には見せられない。
「面白いよな、マジで。普段からそれくらい喋れよ」
「カラオケと喋るのは別だろ。こんなテンションの奴がいるかよ」
藤崎がまだ笑っていた。
俺はコーラを一口飲みながら、身体を冷ましていく。
「お前のパッション、確かに受け取った。ここからは、藤崎のかっこいいところを見せちゃうからな!」
「はいはい。思う存分歌ってくれ」
マイクが三回転くらいした後に、画面が次の曲へと切り替わる。
藤崎が勝手に盛り上がっているのを、俺はソファにもたれながら、静かに眺めていた。




