#第十一話 #黒歴史 #忘れたい
「そろそろ試練が来るかしら。今日はどんなのなんだろう」
放課後の教室。
蒼依が鞄を肩にかけたまま、窓の近くでスマホを確認している。春樹は自分の席から立ち上がって、隣にそっと並んだ。
「試練なのに、ずいぶんと楽しそうだな」
「来ないと落ち着かないの。楽しみなんかじゃない」
二人のスマホが同時に震える。蒼依が「ほら」と言いたそうに、春樹に画面を見せていた。
『——試練:封印されていた“黒歴史”を一つだけ打ち明けよ!』
「うわっ、変な試練来たぞ」
春樹が思わず声を漏らす。
「これはちょっと……でも、試練だし」
「やめとくか。俺はそれに大賛成」
「ダメ。試練に負けた気がするから」
相変わらず勝ち負けにこだわる蒼依に、やれやれと思いつつ、春樹はスマホの画面をしばらく眺めていた。
「分かったよ。俺の黒歴史なんて、蒼依はほとんど知ってるだろうしな」
「ええ、あんまり覚えてないけど」
「どっちだよ、まったく」
春樹は頭をかきながら、静かな教室を見回した。廊下を通る生徒もいない。窓の外からは、部活動の音だけが聞こえてくる。
「詳細は聞くなよ。恥ずかしいんだから」
「もちろん。春樹の話、楽しみにしてる」
蒼依がうなずく。妙に真剣な表情だった。
「小学生の頃、真冬なのに半袖短パンにこだわってた」
「確かにいたわね、そういう男子」
「バトル漫画の主人公がそういう格好しててさ、熱い男になれると思って、主人公の真似ばっかりしてた」
「……ぷっ。バカなのね、春樹は」
蒼依が細かく震えている。何かのツボに入ったようで、吹き出す寸前だった。
「で、もちろん風邪引いて倒れた。俺、しばらく学校休んでただろ」
「寒いって分かってるのに、そんな馬鹿なことするから」
「分かってたけどさ、なんかカッコよかったんだよ。人と違ってる感じがしてさ」
春樹は小学校時代を懐かしみながら、窓の外を見つめていた。
「なんかカッコつけてるし。恥ずかしいのね、きっと」
「う、うるさいな! 次は蒼依の番だぞ!」
「……ほんと、バカ」
「笑ってるじゃん」
「笑ってないもん。呆れてるだけ」
蒼依は口元を押さえながら、顔を横に向けた。
「お見舞い行ったよね、私。春樹大丈夫なのかな、って思ってたんだけど」
「そうだったよな。さすがに身体冷やして、風邪引いたとは言えなかったよ」
春樹が苦笑いしながら答える。
「……次は私か。いざ自分の番になると、めちゃくちゃ恥ずかしいかも」
蒼依はスマホを見つめたまま、しばらく黙っていた。
「お、親のスマホ借りて、自分の歌、録音してたの」
「すごく上手に歌えてる気がして、歌手とかキャラクターの物真似しながら……」
「聞かせてくれよ、それ」
「絶対に嫌っ! あんなの他人に聞かれたら、生きていけない……」
顔を真っ赤にしながら、激しく否定する蒼依を見ながら、春樹はこの言い方からすると蒼依の親のスマホに、まだそのデータが残っているかもしれないのでは、と思っていた。
「今度、蒼依のお母さんに聞いてみようかな」
「だ、ダメ! それやったら、春樹と二度と口聞かないからね!」
激しい剣幕で否定する蒼依。本気の拒否だった。
「以上、詳細禁止。早く記憶から消去して」
「……いや、なんか、意外」
「意外って何よ。さっと忘れなさい」
「蒼依、歌うの好きだったんだ。カラオケでもそんなに歌ってなかったのに」
「別に好きじゃない。声が変じゃないかなとか、下手じゃないかなとか、そういうのを確認してたの」
「確認ね。蒼依って、昔からアニメとか好きだもんな」
明らかに強がっている蒼依を見ながら、自分が好きなものについて、目をキラキラとさせながら話す姿を、春樹は思い出していた。
「うるさい。もう、今はやってないんだから」
「俺もだ。冬に夏服なんて、もう着られないよ」
「どうかしら。鈍感な春樹のことだから、寒いことにも気づかないかも」
「気づくだろ。主人公に憧れてた俺と、蒼依のアイドルへの道は大差ないと思うけどな」
「なっ、アイドルへの道とか、失礼なこと言わないで」
蒼依は顔を上げて、一瞬、春樹を睨んだ。
それは怒りというよりも、甘えの方が近かったように見えたが、すぐに視線をそらすと、窓の外を恥ずかしそうに見つめていた。
春樹も視線を重ねると、空の色に橙色が混ざりはじめていて、遠くの方を二つの雲がゆっくりと流れていった。
そして、二人のスマホが同時に震える。
『試練クリア! 絆が深まりました。春樹の恋ごころ+15 蒼依の恋ごころ+15』
画面には、いつもの器にきらきらした液体が注がれていくアニメーション。巫女のキャラクターが、黒歴史と書かれた鉢巻を頭にまいていた。
「恋ごころに加点されたな」
「こんなの減点よ。あー、恥ずかしくて、顔から火が出そう……」
蒼依が手をぱたぱたとさせながら、つぶやいていた。
「さっさと帰るわよ。黒歴史の余韻になんて浸りたくないし」
「その割には、なんか楽しそうだけどな」
蒼依がカバンの持ち手をぎゅっと握りながら、さっと廊下に出ていく。その背中を見送りながら、春樹はスマホを静かにポケットへとしまった。
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