#第十話 #夢 #帰り道
「今日も試練、来るのよね」
放課後。二人揃って、昇降口を出たところで、蒼依が春樹に話しかける。
「学生で登録してあるから、昼休みとか放課後、あとは休日に試練が来るようになってるはずだけど。確かに、そろそろ来そうな気はするよな」
「そうね。それは私も分かってるんだけど……」
二人でゆっくりと歩きながら、校門を抜けて、駅へ向かう道に出ていく。同じように生徒たちが横で歩きながら、誰かが笑っていて、遠くの方では自転車のブレーキが鳴った。
「さっきからスマホ見すぎだろ」
「良いでしょ。なんか気になっちゃうのよ」
並んで歩く距離は、いつだって同じはず。なのに、試練が来ないと、なんとなく落ち着かない。
「来たわよ、春樹!」
ほぼ同時に、二人のスマホが震えた。
『——試練:最近見た「印象的な夢」を語ろう!』
スマホの画面では、巫女のキャラクターがいつもの調子で手を合わせていた。
「……夢って?」
「寝てる時に見る方の夢だよな」
「変なの。夢なんて見ないことも多いじゃない」
蒼依がよく分からない、と言った様子でスマホの画面を消した。
「印象的な夢を話すのが、今回の試練だぞ」
「分かってる。でも夢なんて、いちいち覚えてないし」
「覚えてないなら、別にいいんじゃないか」
「良くないでしょ。印象的な夢なら、ちゃんとあるから」
歩道橋が見えてきた。大通りの上にかかる白い橋。階段を上がる度に、車の通りすぎる音が聞こえてくる。
「じゃあ、どんな夢だったんだ」
「急かさないでよ。今、思い出してるから」
「駅までには頼むぞ。電車の中で試練は嫌だからな」
蒼依が歩道橋の真ん中あたりで、一度足を止めた。秋風の音と、車たちのロードノイズが二人の間に流れていく。
「海の夢。夜で、月が出てて……月は、すごく綺麗なのに」
「海だけがなんか荒れてて……波が激しいのに、月は穏やかで」
蒼依が言葉を探すように、春樹の方に振り向いた。
「私は、膝まで浸かってるの。砂浜じゃなくて、海の中に」
「動こうとしても、足が重くて、自由に動けなかった。別に、溺れてるわけでもないのに」
「……綺麗な月なのに、あの夜の景色がどこか怖くて」
そこまで言うと、蒼依がすこし沈黙する。
春樹は何も言わずに、うつむく蒼依の姿を見守っていた。
「月が、迫ってくるのよ」
「近づいてくるっていうか、勝手に大きくなっていく。逃げようとしても動けないから、すごい怖くなって——」
「いつも、そこで目が覚めるの。それだけ」
言い終えてから、蒼依が再び歩き始める。
「変な夢だな」
「変で悪かったわね」
「いや、悪いって意味じゃなくて……綺麗なのに怖いって、よく分かんない感じだなって」
「別に分かんなくていい」
階段を降りながら、蒼依が春樹をじっと見た。
「ほら、次。春樹の番よ」
「分かった。俺も変な夢見たのを思い出したから」
春樹は頭をかきながら、自分の夢を思い出して、なんとなく笑ってしまった。その様子を不思議そうに見ている蒼依が、またおかしくて、思わず、春樹の口元が緩んでしまう。
「草原で寝てる夢。広くて、風が気持ちよくて、なんか……ずっと寝ててもいいやって思ってさ」
「春樹らしいわね。夢でも寝てるなんて」
蒼依が呆れたように、春樹のことを見ていた。
「で、突然、ロバが出てくるんだよ」
「は?」
「ロバに顔をべろんって舐められて起きるっていう」
「……意味分かんないんだけど」
「俺も分かんない。でも、めちゃくちゃリアルでさ、起きた瞬間、顔がくすぐったかった」
二人で肩を並べながら、歩道橋の階段を下りきる。
「……なんか、変かも」
「別に変なことはないだろ」
「草原でずっと寝てるって、ある意味すごい?」
「俺に言われてもな。見たい夢を見られるわけじゃないし」
「そうだね。でも、なんか春樹っぽいけどね」
ポケットに入れていたスマホが振動する。
『試練クリア! 絆が深まりました。春樹の恋ごころ+15 蒼依の恋ごころ+10』
器に液体が注がれるアニメーションが流れる。巫女キャラが『素敵なお話でした!』と拍手していた。
「終わったみたいだな」
春樹がつぶやくと、蒼依が無言で軽くうなずいた。
"ブクマ"の偉大さを再確認する時、その偉大さは決して与えられたものではないということが判る。"ブクマ"は、決して近道でも安易なものでもなかった。それは、"この作品の作者"―仕事より娯楽を好み、富と名声の喜びのみを欲するような―のための道ではなかった。むしろ、"人気者"のためのものであった―中には名を成した人々もいたが、多くはどんな仕事をしているのかも知られていない者達であり、彼らが長く険しい道を歩んだ末に、我々を次なる"ブクマ"へと導いてくれたのである。
『Yes, We Bookmark.』
バラク・"ブクマ"(1961-)




