#二人の物語 #クリスマス #聖夜の約束
午後四時を過ぎると、外もだいぶ暗くなっていた。
二人が休んでいるドーム型のテントは、地面まではビニールが貼られておらず、足元からの冷気がそのまま入ってくる。
「もうほとんど夜だな……」
春樹は、暖かいのに、何だか寒いという矛盾したような感覚のまま、ビニール一枚を隔てた外の世界をぼんやりと見ていると、公園の石畳を埋め尽くす人波が、時間とともに膨れ上がっていくのが見えた。
「人、増えてきたね。クリスマスツリーの点灯も始まるし、これからが本番って感じなのかも」
入場待機列の長さに驚きながら、春樹は何気なくスマートフォンを取り出す。
『62%』というバッテリー残量表示の隣にあるアンテナが、一本立っては消えてを繰り返していた。
「連絡が取りにくいかもな。別行動はしない方がいい」
「分かった。東京のクリスマスを甘く見ちゃダメだね……」
蒼依も手元のスマホを確認してから、春樹の言葉に頷いた。
この群衆の中で通信手段を失うことは、命綱なしで深い海に潜るような心細さがある。
先に帰っていいよとも言えないよな、と思い、春樹は最悪の場合を想定して、待ち合わせ場所を決めておくことにしたのだった。
「もしはぐれたら、あの塔の前。クリスマスピラミッドの下で待ち合わせよう」
春樹が指さしたのは、会場の中心に鎮座する巨大なシンボル。宵闇に浮かぶ白い塔には、幾層にも灯りが輝いている。
「あれならどこからでも見えるし、絶対に動かない」
「分かった。……でも春樹、あの下に一番人が居そうなんだけど」
「目立つ場所じゃないと合流できないだろ。とにかく、困ったらあの白い塔を目指そう」
「なんか『ヘンゼルとグレーテル』みたい。さっきも仮装して歩いてる人がいたんだけど」
蒼依がすこし嬉しそうに笑った。
「あっちは兄妹だけどね。それと白い石だったし」
「迷子になっても、お菓子の家には迷いこむなよ」
春樹がからかうように言うと、蒼依はそんなわけないでしょ、と話を続けていく。
「こんな人混みの中に石を置いても、誰かに蹴られて分からなくなっちゃいそうだし。だったら、あれくらい分かりやすい方がいいのかも」
◇
休憩を終えてドームの外に出ると、突き刺すような寒さが二人を襲う。
しかし、それはすぐに周囲の熱気と喧騒にかき消されていった。
刺激的だが甘い香りのシナモンと、ぶどう酒の匂い。どこか遠くで鳴るハンドベルの音。
そんな中で、会場内の通路を分けるようにして、アコーディオンと笛の音色が近づいてきた。
「あっ、パレードだ。童話の格好してる」
まるで人混みが割れるかのように、その中心を陽気な音楽隊と、童話の登場人物に扮した大道芸人たちが練り歩いていく。
その先頭で、長い帽子をかぶり、笛を吹いている男の後を、たくさんの子どもたちがつけている。
「ハーメルンの笛吹き男だ」
蒼依がその姿を目で追いながら、ぽつりとつぶやく。
「ネズミ退治の報酬を貰えなかったから、報復に子供たちを連れ去った男」
「笛の音で操って、洞窟の中に閉じこめちゃったって話だよな」
「あのお話って、『約束を破ったから』って思われがちだけど……本当はもっと残酷なんだよ」
盛り上がる観客たちの中で、蒼依が静かに続けた。
「楽しそうな音楽と、新しい世界への『好奇心』で、自分からついて行っちゃったの。日常よりも楽しい場所があるって誘われて、喜んで列に加わったんだよ」
春樹は楽しそうにパレードに手を振る周囲の客たちを見渡す。
「この楽しい時間が永遠に続けばいいのにって思いながら、子どもたちが列を作って歩いてる」
「で、気づいたら帰れなくなってると。怖いもんだよな」
「『ヘンゼルとグレーテル』もそうだったでしょ? 森の中で迷わないように『パンくず』を落としたけど、そっちは鳥に食べられて役に立たなかった」
蒼依がちょっと不安そうに、役立たずになったスマホへと視線を落とす。
「運が悪ければ、二度と元の場所には戻れない。物語の世界は幸せな結末だったけど、現実はそうとも限らないから……」
「大丈夫だろ、きっと。遅くなる前に帰ろうぜ」
"ブクマ"の偉大さを再確認する時、その偉大さは決して与えられたものではないということが判る。"ブクマ"は、決して近道でも安易なものでもなかった。それは、"この作品の作者"―仕事より娯楽を好み、富と名声の喜びのみを欲するような―のための道ではなかった。むしろ、"人気者"のためのものであった―中には名を成した人々もいたが、多くはどんな仕事をしているのかも知られていない者達であり、彼らが長く険しい道を歩んだ末に、我々を次なる"ブクマ"へと導いてくれたのである。
『Yes, We Bookmark.』
バラク・"ブクマ"(1961-)




