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#第一話 #恋むすび #初試練

「勝負よ、春樹」

 蒼依がスマホで見せているのは、最近流行りの恋愛アプリ『恋むすび』だった。


 画面には、和風の背景に、神社をモチーフにして、デザインされたインターフェース。

 いくつかのモードをフリックしていったが、蒼依が選択したのは『恋の試練』モードというもの。

「恋の試練って、何なんだ」

「……恋愛に踏み出せないペア用の機能だって」

 画面を傾けるようにしながら、蒼依が小さくつぶやいた。


「恋する男女の行動モデルを、まるで『試練』かのように課していく。関係の進展に合わせて、最適化されたミッションが定期的に届くの」

「それを、俺と蒼依でやるのか?」

 春樹は困惑していた。いつもの喧嘩の延長から、こんな展開になってしまったことに。


 お互いの仲は悪くないにしても、今日まで『ただの幼なじみ』だったはずなのに、急に恋人の真似事をするだなんて、心の準備が出来ていない。


「もしかして、嫌なの? だったら……」

「嫌っていうか、事情をうまく飲みこめてないだけだ。蒼依が、これをやりたい気持ちも分からなくはないというか」

 春樹がつぶやくと、うつむいていた蒼依が顔を上げた。


「ほら、これが診断フォーム。春樹もさっさと入力して」

「巫女のキャラクターが、手を合わせてるんだけど」

「恋むすび公式キャラクターね。ウェブサイトに情報が載ってるわよ」

「元々は『恋むすび』を監修した永愛神社のキャラクターだったんだな」

 画面には、ユーザー様の『恋路を祈祷中!』との表示。

 右下のポップアップには、診断フォームを、相手のものと対応させて、性格や選択傾向から関係値を算出するとの表示がある。


 その内部パラメータから、今の関係に最適化された試練が用意されている、という説明が書いてあった。


『二人の相性は——まあまあ!』

 巫女のキャラクターが『まあまあ』と赤文字で書かれた紙を広げていた。

 なぜか今度は反対から読むように指差している。


「あまあま、だってさ」

 甘々と言いたいのだろうということは、春樹も分かっていたが、返事もおろそかにしながら、スマホの画面を熱心に眺めている蒼依を見ていると、『まあまあ』の方がずっと近いように思えた。


「春樹、これを見て。"お告げ"通知だって——」

「ここに説明がある。試練に関する通知や、関係の変化に最適化して、恋にまつわる『お告げ』全般のことを指すそうだ」


 位置情報やバイタルデータから、ユーザーの状況を想定して、リアルタイムで通知を神託のように授けていく、というコンセプトらしい。


「試練、本当にやるのか。今なら、まだ……」

「春樹なんかに、絶対負けないから——」

「蒼依って、本当に負けず嫌いだよな」

 春樹の言葉をまるで聞いてないという様子で、スマホの画面を、蒼依の指がなめらかになぞっていく。


「課された試練の振り返りもできるのね。通知の文面とか、画面も変えられるんだ」

「聞いてないのかよ、もう」

 タップすると現れる和風のエフェクトを何度か繰り返すと、神社のような背景が表示された。蒼依はそれを見ながら、何度も面白そうとつぶやいていた。


「背景のイラストも可愛いでしょ」

「可愛いか、それ。デフォルメされてるけど、蒼依の感性って、なんか微妙な気が……」

「可愛いのに。春樹がひねくれてるだけ」

 ムスッとしながら蒼依が画面をタップしていくと、『名前を入力してくださいね』という筆文字が、賽銭箱の前に浮かび上がった。


「春樹の方にも入力して。ここに私のIDが表示されてるから」

「分かった。QRコードを読みこんでもいいみたいだな」

「何でもいい。ほら早く」

 上機嫌な蒼依に促されて、仕方なくポケットからスマホを取り出す。


 ただの縁結びに見せかけて、本当に成就させてしまうから『恋むすび』——人の心も数値になって、最適化された関係を育んでいく。

 そんなアプリを、二人で使う——もしかすると、これは何かの『きっかけ』になるのかもしれない。


「どういう仕組みなんだろうね」

「マッチングアプリを応用してるらしいけど、独自のAIを使ってるんだって」

 蒼依が何かを期待するかのように、スマホの画面を見た。

「まるで神様がいるみたいにさえ思えるって。ただAIを実装しただけのアプリなのに」

「神様もAIも、今じゃなんでもお見通しってことかな」

 春樹がそう言うと、蒼依は一瞬だけ口元を引き締めた。


「もし、これに勝ったとしても……」

 何かを言いかけた蒼依が言葉に詰まった。

 ほんの一瞬、揺らいだ視線は不安を告げているようだったが、すぐにいつもの顔に戻る。


「ううん、負けないんだから。自分の気持ちにだって、負けちゃいけない」

「……まったく。そんな風に言われたら、断れないだろ」

 春樹はやれやれとつぶやきながら、自分のプロフィールを入力していく。

 しばらくすると、お互いのスマホが小さく振動した。

『——恋の試練、開始』

 画面に浮かび上がった筆文字とともに、軽やかに鈴の音が鳴った。


「雰囲気あるかも。神社にお参りしているみたい」

「ご利益あるかな。良いことありますように」

「AIに祈ってどうするのよ。これから実際の試練が始まるっていうのに、もう……」

「だって神社が監修してるんだろ。ありがたい感じがしてくるじゃん」

「春樹って、昔から変に真面目だよね」

 蒼依が呆れるように笑っていた。


「ほっとけ。ほら、画面が切り替わるぞ」

「本当だ。何が出てくるのかしら」

「はしゃぐなって。恥ずかしいだろ、もう」

 お互いの肩を近づけながら、スマホの画面を見ていると、『お互いの"恋ごころ"が可視化されます』という説明文が表示される。


 画面が切り替わると、今度は賽銭箱を背景にして、『恋ごころ:0%』の文字が映し出された。


「えっ、嘘。ゼロって、そんな……」

「ただの幼なじみだからな。恋人同士ではないし、これが普通なんじゃないか」

「……春樹は、どうして平気なの」

「別にこんなことに影響されないだろ。昔からの付き合いなんだし」

「でも、ゼロって。何もないってことだよ」

 蒼依が動揺していた。自分で始めた勝負だというのに、こういうことには弱いようだ。


「恋ごころはまだ準備中みたいだぞ。神主さんが大幣を振りながら、祈りを捧げてる」

「きっとお祓い中みたいなもんだろ。気にしなくていい」

「別に不安とかって訳じゃない。勝負にちょっと緊張しちゃっただけっていうか……」

「はいはい。そういうことにしておくよ」

 しばらく画面を見ていると、二人のスマホに何かが弾けるようなエフェクトが表示された。


『お二人の絆は、まだ花開く前の蕾——素敵な関係を育んで、綺麗な花を咲かせましょう』

『恋むすびは、お二人を幸せな未来に導きます——』


「良かった。最初は皆、ゼロから始まるんだって」

 胸元にスマホを軽く当てて、蒼依がほっと息をついた。

「いよいよ『恋の試練』が始まるぞ。何をさせられるんだか」

「途中で春樹が負けを認めて、わ、私を好きって……」

「だから勝負じゃないって、何度も言ってるんだけど」

 その瞬間、春樹のスマホが小さく震える。


 『心の変化を検知しました』という通知の後に、『春樹の恋ごころ+5』と表示されて、画面下から現れたハート型の器へと、きらきらした液体が注がれていく。

 どうやら相手への"好き"が発生すると、『恋ごころ』の器が満たされていくようだ。


「ちょっと待て。それは不意打ちだろ」

「——やった。早速、私の勝ち」

 得意げな蒼依に呆れつつ、春樹は落ち着かないといった様子で画面を見ていた。

「子供っぽいぞ、蒼依。好きになったら負けだなんて、そんな変なルールはやめた方が」

「ふふっ、負け惜しみ。春樹になんて、絶対負けないんだから」

「この先、本当に大丈夫なのか……」

 小さくつぶやきながら、春樹は一つのことに気づいた。


「二人で協力して、仲を深めましょうって書いてあるけど。思いっきりルール無視だな」

「無視じゃない。ルールにはきちんと従うから」

「まったく、俺たちは何と戦ってるんだよ」

「戦ってなんかない。いつもなんか、ちょっとズレちゃうだけで……」

 俯きながら小さくこぼした蒼依を見ながら、春樹は自分たちの関係が素直にいかないことを憂いていた。


『——試練:二人で写真を撮るべし!』

「こんなの簡単すぎ。ほら、早くこっちに来て」

 スマホを構えた蒼依が、春樹に近づいていく。

「そんなに寄らなくてもいいんじゃ」

「これくらい普通だから。ほら、笑って」

 撮影した画像のアップロードが終わると、スマホが震えた。


「俺たちって、こんな風に写真撮ったことあったか?」

「あんまりなかったかも。ていうか、春樹」

「どうした?」

「春樹の写真、目が半分しか開いてないんだけど」

「俺、写真うつり悪いんだよな」

 二人でスマホの画面を見ていると、恋むすびから新しいメッセージが届いた。


『二人の絆が深まりました。春樹の恋ごころ+10 蒼依の恋ごころ+10』


「なんか面白いかも。春樹もそう思わない?」

 笑顔の蒼依。嬉しそうな横顔を見ながら、春樹はため息をつきそうになる。


「嫌ではないけど、本当に大丈夫なのか」

 春樹はアプリに振り回されるなんて、馬鹿らしいと思っていた。しかし、こんな結果に一喜一憂している蒼依の子供っぽさが、いつもより可愛く見えてしまっているのも事実だった。

読んでくださり、誠にありがとうございます!

定期更新してますので、よろしくお願いします!


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