#二人の物語 #クリスマス #お出かけ
十二月二十四日、午前八時五十三分。
通勤通学には遅い時間だったが、赤信号で止まった春樹の前を、ひっきりなしに送迎の車や路線バスたちが、マフラーから白い煙を上げて、代わる代わる走っていく。
「わざわざここで待ち合わせなくても良いと思うんだが……」
時計塔の下で待つ人たちの中に、蒼依の姿が見当たらないので、一体、どこにいるのだろうかと、春樹はバス停留所から陸橋までを確認するように見てみたが、やはり見つけられなかった。
「まだ来てなさそうだな。あとで連絡入れてみるか」
春樹はスマホを確認してみたが、連絡は来ていなかった。通知にあるのは、ゲームアプリからのイベント宣伝だけ。
「蒼依のことだから、待ち合わせよりも早く来てるかと思ったんだが」
何だか今日は、ちょっと落ち着かない。吐く息が白にはっきりと変わる寒さではなかったが、春樹は無意識に両方の手のひらを擦り合わせていた。
クリスマス・イブという浮かれた空気が、寒さを和らげているように感じたことを、気のせいだけでは片付けられない。
さすがの春樹もそこまで鈍感ではなかった。
「まったく。俺が遅れたら、絶対に怒るくせにな」
春樹は消した画面に映る自分を見ながら、さっき風に吹かれて、すこし崩れてしまった髪型を軽く直す。
車道側の信号が変わると、停止線に合わせるように、走っていた車たちが止まっていった。
「八時五十五分。待ち合わせの五分前か」
約束の時間の五分前を知らせている時計塔。鳩を空に放つ少女の像が、金属製の支柱の途中に置かれている。
春樹は横断歩道を渡りながら、たくさんの人たちが、同じようにこの光景を見てきたんだろうなと、ぼんやり思っていた。
「……ん?」
横断歩道を渡り終えると、春樹の目に映ったのは、時計塔の柱に寄りかかるようにして立っている少女。いつもの雰囲気とは、何かがちょっとだけ違っている、見慣れたはずの蒼依の姿だった。
「……先に来てたのかよ。だったら連絡してくれれば良かったのに」
こちらには気づいていないのか、スマホの画面に自分の姿を映しながら、蒼依が髪型や服装を何度も確かめている。
どうしたんだよ、と春樹は思いながら、自分もさっき同じようなことをしていたのを思い出してしまった。
「ごめん。待たせた」
「……別に待ってない。待ち合わせの時間前だし」
春樹が駆け寄りながら声を掛けると、右足のつま先を、タイル舗装された路面に軽くつけるようにして、蒼依がうつむきながら答えた。
「どうしたんだよ、その格好」
「別に何でもない。クリスマスって気分だっただけ」
綺麗な白いコートに、膝上丈のスカート。ちょっと背伸びした黒いブーツ。どれも汚れておらず、きっと買ったばかりなんだろうということは、春樹にも分かっていた。
「……寒くないのか、そのスカート」
「うるさい! そんなところ見るな!」
「ごめん、別にそういうわけじゃ……」
春樹の返事も待たずに、蒼依が先に歩き始める。
「行くよ。なんか調子狂うし……」
「待ってくれよ。そんなに急いでも、電車はまだ来ないぞ」
「知らない。ホームで待つから良い」
ハーフアップになった亜麻色の髪が揺れている。春樹は、何だか見慣れない蒼依の後ろ姿を見ながら、艶やかな髪の毛をまとめている髪飾りに気を取られる。
「なぁ、蒼依。どうしてリボンなんか付けてるんだ」
「……もしかして、似合ってない?」
春樹のすこし前を歩いていた蒼依が、振り返らずに立ち止まった。
「なんか珍しいなと思って」
「そ、そう……? これリボンじゃなくて、リボン型のバレッタなんだけど……」
軽く片手で触れながら、蒼依がつぶやいた。
「お母さんがちょっとおしゃれしていきなさいって。このバレッタは私が買ってきたんだけど、服とかはお母さんと選んだ」
「あ、蒼依には必要なクリスマスプレゼントでしょ? って……」
春樹には、蒼依のお母さんがノリノリで服を選ぶ姿が目に浮かぶようだった。
どちらかといえば、蒼依はキャラクターのような可愛さや、動きやすさ、値段、カジュアルさを重視するので、こういう格好なのは珍しい。
「……この髪型もそう。お母さんがアレンジしていきなさいっていうから、朝から大変だったし」
「化粧しすぎると、派手になるから嫌だって言ったのに、淡いコーラル系のリップなら平気だよって言うから……」
蒼依が前を向いたまま、小さな声でつぶやいた。
「似合ってると思うけどな。なんか蒼依の雰囲気と合ってる」
「ば、バカじゃないの。こ、こんなところで、そんなこと言わないでほしいんだけど……」
「可愛いぞ、普通に。そこらの女子よりもずっと」
事実として可愛かった。美醜の基準は、人によって違うにしても、春樹にとっては、とても可愛く見えたのだった。
「恥ずかしがってる意味がわからないくらいに。俺も蒼依も何言ってんだよ、って感じだな」
春樹が笑いながら答える。
「……うん。ありがと」
「でもさ、蒼依のお母さんって、ほんとセンスいいよな。美人だし、優しいし」
「は? なんでそこで、うちのママ褒めるの?」
蒼依が腕を組みながら、ムッとした顔で春樹の方に振り返る。
「知らないから。話しかけないで」
「あっ、いや。そういう意味じゃ……待ってくれよ、蒼依!」
すぐに正面を向き直すと、蒼依は春樹の返事も待たずに早足でホームに向かってしまった。
"ブクマ"の偉大さを再確認する時、その偉大さは決して与えられたものではないということが判る。"ブクマ"は、決して近道でも安易なものでもなかった。それは、"この作品の作者"―仕事より娯楽を好み、富と名声の喜びのみを欲するような―のための道ではなかった。むしろ、"人気者"のためのものであった―中には名を成した人々もいたが、多くはどんな仕事をしているのかも知られていない者達であり、彼らが長く険しい道を歩んだ末に、我々を次なる"ブクマ"へと導いてくれたのである。
『Yes, We Bookmark.』
バラク・"ブクマ"(1961-)




