表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/50

#二人の物語 #クリスマス #お出かけ

 十二月二十四日、午前八時五十三分。

 通勤通学には遅い時間だったが、赤信号で止まった春樹の前を、ひっきりなしに送迎の車や路線バスたちが、マフラーから白い煙を上げて、代わる代わる走っていく。


「わざわざここで待ち合わせなくても良いと思うんだが……」

 時計塔の下で待つ人たちの中に、蒼依の姿が見当たらないので、一体、どこにいるのだろうかと、春樹はバス停留所から陸橋までを確認するように見てみたが、やはり見つけられなかった。


「まだ来てなさそうだな。あとで連絡入れてみるか」

 春樹はスマホを確認してみたが、連絡は来ていなかった。通知にあるのは、ゲームアプリからのイベント宣伝だけ。


「蒼依のことだから、待ち合わせよりも早く来てるかと思ったんだが」


 何だか今日は、ちょっと落ち着かない。吐く息が白にはっきりと変わる寒さではなかったが、春樹は無意識に両方の手のひらを擦り合わせていた。


 クリスマス・イブという浮かれた空気が、寒さを和らげているように感じたことを、気のせいだけでは片付けられない。

 さすがの春樹もそこまで鈍感ではなかった。


「まったく。俺が遅れたら、絶対に怒るくせにな」

 春樹は消した画面に映る自分を見ながら、さっき風に吹かれて、すこし崩れてしまった髪型を軽く直す。


 車道側の信号が変わると、停止線に合わせるように、走っていた車たちが止まっていった。


「八時五十五分。待ち合わせの五分前か」

 約束の時間の五分前を知らせている時計塔。鳩を空に放つ少女の像が、金属製の支柱の途中に置かれている。


 春樹は横断歩道を渡りながら、たくさんの人たちが、同じようにこの光景を見てきたんだろうなと、ぼんやり思っていた。


「……ん?」

 横断歩道を渡り終えると、春樹の目に映ったのは、時計塔の柱に寄りかかるようにして立っている少女。いつもの雰囲気とは、何かがちょっとだけ違っている、見慣れたはずの蒼依の姿だった。


「……先に来てたのかよ。だったら連絡してくれれば良かったのに」

 こちらには気づいていないのか、スマホの画面に自分の姿を映しながら、蒼依が髪型や服装を何度も確かめている。


 どうしたんだよ、と春樹は思いながら、自分もさっき同じようなことをしていたのを思い出してしまった。


「ごめん。待たせた」

「……別に待ってない。待ち合わせの時間前だし」

 春樹が駆け寄りながら声を掛けると、右足のつま先を、タイル舗装された路面に軽くつけるようにして、蒼依がうつむきながら答えた。


「どうしたんだよ、その格好」

「別に何でもない。クリスマスって気分だっただけ」

 綺麗な白いコートに、膝上丈のスカート。ちょっと背伸びした黒いブーツ。どれも汚れておらず、きっと買ったばかりなんだろうということは、春樹にも分かっていた。


「……寒くないのか、そのスカート」

「うるさい! そんなところ見るな!」

「ごめん、別にそういうわけじゃ……」

 春樹の返事も待たずに、蒼依が先に歩き始める。


「行くよ。なんか調子狂うし……」

「待ってくれよ。そんなに急いでも、電車はまだ来ないぞ」

「知らない。ホームで待つから良い」


 ハーフアップになった亜麻色の髪が揺れている。春樹は、何だか見慣れない蒼依の後ろ姿を見ながら、艶やかな髪の毛をまとめている髪飾りに気を取られる。


「なぁ、蒼依。どうしてリボンなんか付けてるんだ」

「……もしかして、似合ってない?」


 春樹のすこし前を歩いていた蒼依が、振り返らずに立ち止まった。


「なんか珍しいなと思って」

「そ、そう……? これリボンじゃなくて、リボン型のバレッタなんだけど……」

 軽く片手で触れながら、蒼依がつぶやいた。


「お母さんがちょっとおしゃれしていきなさいって。このバレッタは私が買ってきたんだけど、服とかはお母さんと選んだ」


「あ、蒼依には必要なクリスマスプレゼントでしょ? って……」


 春樹には、蒼依のお母さんがノリノリで服を選ぶ姿が目に浮かぶようだった。


 どちらかといえば、蒼依はキャラクターのような可愛さや、動きやすさ、値段、カジュアルさを重視するので、こういう格好なのは珍しい。


「……この髪型もそう。お母さんがアレンジしていきなさいっていうから、朝から大変だったし」

「化粧しすぎると、派手になるから嫌だって言ったのに、淡いコーラル系のリップなら平気だよって言うから……」

 蒼依が前を向いたまま、小さな声でつぶやいた。


「似合ってると思うけどな。なんか蒼依の雰囲気と合ってる」

「ば、バカじゃないの。こ、こんなところで、そんなこと言わないでほしいんだけど……」

「可愛いぞ、普通に。そこらの女子よりもずっと」

 事実として可愛かった。美醜の基準は、人によって違うにしても、春樹にとっては、とても可愛く見えたのだった。

「恥ずかしがってる意味がわからないくらいに。俺も蒼依も何言ってんだよ、って感じだな」

 春樹が笑いながら答える。


「……うん。ありがと」

「でもさ、蒼依のお母さんって、ほんとセンスいいよな。美人だし、優しいし」

「は? なんでそこで、うちのママ褒めるの?」

 蒼依が腕を組みながら、ムッとした顔で春樹の方に振り返る。


「知らないから。話しかけないで」

「あっ、いや。そういう意味じゃ……待ってくれよ、蒼依!」

 すぐに正面を向き直すと、蒼依は春樹の返事も待たずに早足でホームに向かってしまった。

"ブクマ"の偉大さを再確認する時、その偉大さは決して与えられたものではないということが判る。"ブクマ"は、決して近道でも安易なものでもなかった。それは、"この作品の作者"―仕事より娯楽を好み、富と名声の喜びのみを欲するような―のための道ではなかった。むしろ、"人気者"のためのものであった―中には名を成した人々もいたが、多くはどんな仕事をしているのかも知られていない者達であり、彼らが長く険しい道を歩んだ末に、我々を次なる"ブクマ"へと導いてくれたのである。


『Yes, We Bookmark.』


バラク・"ブクマ"(1961-)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ