#二人の物語 #クリスマス #約束
期末テスト後のある日。二時間目の授業中。
数学教師が名前を呼び上げながら、答案用紙を几帳面に返却していく。
春樹は自分の名前が呼ばれると、教卓へ向かい、裏返しにされた用紙を受け取った。
席に戻ってから、恐る恐る点数を確認する。右上に赤文字で書かれていたのは『81』という数字。
「……八十点超えてる」
前回の中間テストよりも、十五点は上がっている。
平均点が六十点前後だと聞かされていたから、普段の春樹からすると、かなり良い結果だった。
「どうだった、春樹。点数勝負でもする?」
「教わってる人間が、先生に勝負挑んでどうすんだ」
休み時間になるや否や、蒼依が春樹の席までやってくる。
「平均点は超えたよね……?」
「さすがにな。そんなに悪くなかった」
「うそっ。私、先生なれるかな」
「なれると思うぞ。先生足りてないし」
「そういうことじゃない!」
春樹は、ちょっとムッとしていた蒼依に、答案用紙を片手で見せた。
「八十超えてるし。凄いじゃん、春樹」
「偶然だろ。次からはこうもいかないな」
「何でそういうところは現実主義なのよ。次も勉強会頑張ろうで良いじゃん……」
「勉強会?」
「何でもない! 三学期もやるからね」
気は乗らなかったが、蒼依がもう決まってるんだから、という顔で春樹のことを見ていたので、やりたくないとは言えなかった。
「これでおばさんも安心だね。春樹が落ちこぼれなくて良かった」
「俺を問題児みたいに扱うな。普通くらいだっただろ」
「違うよ。成績だけじゃなくて、春樹の心の問題だよ」
「他の人は別に関係なくて、春樹がどうなのかだから」
「まったく、うちの母さんみたいなこと言ってるし。真似してんのかな、蒼依は……」
さっきから嬉しそうに、何かを思い出しては、何度も右手を握りしめて喜ぶ蒼依を見ながら、春樹はやっぱりお礼をすべきなのかなと思っていた。
「蒼依に教えてもらったところが、結構出てたし」
「でしょ? 先生、こういう問題出してくるから」
「ちなみに蒼依は何点だったんだ」
「九十二点。クラスだと二位かも」
「それは余裕で俺の負けだな」
得意げに胸を張っている蒼依。その笑顔を見ながら、春樹は、本当に蒼依と同じ高校に行けるのだろうかと、ちょっと不安にもなっていた。
◇
その日の夜。
リビングのテーブルに置かれた答案用紙を見て、春樹の母親が安堵していた。
「やっぱり蒼依ちゃんにお願いして正解だったわ」
「変なこと頼むなよ。蒼依も迷惑だろうし」
「迷惑って、まさか本気で言ってるの……?」
春樹の母親が、テレビの画面から春樹に視線を移すと、目を見開きながら、何度も瞬きを繰り返す。
「当たり前だろ。蒼依の時間だってあるんだから」
「あんなに春樹と一緒にいたがってるのに?」
「そんなの知らんって。母さんが勝手に決めつけるなよ」
春樹はちょっとムキになって、強めの口調で言った。余計なお世話というか、親が出すぎというか。
堕落しかけていたのは事実だとしても、蒼依を巻きこむ必要性はなかったのではと、春樹は思っていた。
「不憫すぎるわね、蒼依ちゃん。鈍感なのはきっと私譲り……」
「鈍感ってなんだよ。普通に接してるわ」
机の上の答案用紙を回収して、春樹が部屋に戻ろうとする。
テストも終わったので、明々後日の終業式から新年までに、途中までだったゲームを一気にやってしまおうと、春樹は思っていた。
「春樹、今日から引きこもるつもりでしょ」
「そうだけど。テストはしっかりやったんだから、別に良いだろ」
「それはちゃんと認めるんだけど」
春樹の母親がテレビを消して、キッチンに向かう。軽く水に濡らしたスポンジを泡立ててから、今日使った食器の洗い物を始めた。
「何だよ、その含みは」
話の途中だったので、春樹はその様子を何も考えずに眺めている。
洗い物をしながら、春樹の母親が思い出したように口を開いた。
「たしか先週からなんだけど、大きなクリスマスマーケットやってるの知ってる?」
「ネットで話題になってたな。ドイツのクリスマスイベントってやつだろ?」
「美味しいホットチョコレートが飲めたり、可愛い雑貨が買えたりするのよ」
母親が食器を濯ぎながら、春樹のことを見た。
「蒼依ちゃんにお礼もしなきゃだし、冬休みに連れていってあげなさいよ。こういうの絶対好きよ、あの子」
「絶対混んでるじゃん。別に俺、こういうの興味ないし」
クリスマスの時期に、わざわざクリスマスらしいことをするのは、混雑を楽しみに行くようなものだろ、と春樹は思っていた。
「うちでパーティーするかみたいな話はしたけど」
「それも良いわね。あとで沙耶香に連絡しておこう」
「だからお礼はその時で良いでしょ。クリスマスマーケットに興味があるなら、蒼依の母さんとでも行ってきたら」
流れていた水の音が止まると、春樹の母親がかかっていたハンドタオルを揉むようにしながら手を拭いた。
「休み合うなら、それ良いかも」
流し台の周辺をさっと綺麗にすると、カウンターから春樹のことを覗きこむようにしながら、春樹の母親が続ける。
「テストのご褒美も兼ねて行っておいで。蒼依ちゃん、絶対に喜ぶから」
「……はいはい、分かったよ。気は乗らないけどな」
人混みは嫌いだし、寒空の下で屋台に並ぶのも億劫だ。
しかし、上機嫌な母親の提案を無下に断ると、後々、面倒なことになるのも、春樹は分かっていたのだった。
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