#二人の物語 #クリスマス #ファミレス5
「そろそろ帰ろうぜ」
飲み終えたカップを、蒼依が机の上に置くと、春樹が目で合図を送る。
無言で一度うなずくと、蒼依は立ち上がってコートを羽織った。軽く裾のあたりを整えると、春樹に行く? と同じように目配せをした。
「母さんに言われてるんだ。蒼依にご馳走してあげろって」
春樹がすっと手を伸ばして、テーブルの端に置かれていた伝票を手に取ろうとする。蒼依は、すぐにその手を軽く掴んで止めた。
「ちょっと待ってよ。うちのお母さんがご褒美にって言ってたから、奢られるのは嫌」
「いいよ、そんな風に気を使わなくても。これからも、こういうことがあるかもだし……」
春樹の腕を握りしめながら、貸し借りのような関係にはなりたくないと、蒼依は首を横に振った。
「でも蒼依に奢らないと、俺が母さんに怒られるから」
掴まれていない方の手で、春樹が伝票を取ろうとする。
何だかドラマとか、大人たちがやってる小芝居みたいだなと、蒼依は心の中で苦笑いをしていた。
「だから良いって。もし春樹のテストの点が上がったら、その時にでも、また考えてみて」
「……私、クリスマスの予定空けとくから」
春樹に聞こえてなければ良いなと思いながら、蒼依は小さくつぶやいた。
聞こえていたとしても、きっと鈍感な春樹のことだから、遊びに行くことくらいにしか考えない。
握った腕を、無意識のうちに軽く引き寄せていたが、期待している答えは返ってきて欲しくないなと、蒼依は思っていた。
「クリスマスか。じゃあ、うちでパーティーでもするか?」
「……何でもいいよ。春樹が決めて」
「俺が決めるのかよ。まあ考えておくけどさ……」
何なんだ、という顔をしながら、春樹が伝票を確認する。
会計の前に、お互いが食べた分のお金を出しておくことになったが、鞄から財布を取り出しながら、蒼依は、別に何も考えなくていいんだけどね、と思っていた。
◇
自動ドアが開くと、十二月の冷気が二人の顔を包んでいく。暖かかった店内との差に、蒼依は思わずマフラーに顔をうずめていた。
「さむっ。コート着てても寒いよ」
「やっぱり夜は冷えるよな」
春樹も背中を丸めながら、ズボンのポケットに両手を突っこんでいた。
「今日は特に冷えこむんだって。二月並みの寒さらしいね」
「それはまいったな。二月並みの寒さって、実際よく分かんないけどな」
二人の吐く息が、駅前の光に照らされて白く浮かびあがってから、煙のように消えていく。
「見て、春樹。トナカイみたいになってるよ。なんか可愛いね」
駅前ロータリーのイルミネーション。青と白のLEDが、モニュメントや低木に巻きついて輝いていた。
「そうだな。寒い寒い」
ポケットに手を突っこんだまま、背中を丸めた春樹が、さっさと帰りたそうに蒼依の方を見た。
「もうちょっと付き合ってよ。あと少しだけ話したいことがあるから……」
「分かった。寒いし、歩きながらにしよう」
白い息を吐きながら、春樹が催促する。
ゆっくりとロータリーの周りを歩きながら、蒼依は、クリスマス前のこの光景を目に焼き付けていた。
「……ねぇ、春樹。これなんかデートっぽくないかな」
「デートって。俺と蒼依が、いつものように歩いてるだけじゃん」
楽しそうに歩く恋人たちや、家路を急ぐサラリーマン。雑踏の音と、どこかの店から流れるクリスマスソング。
「で、話って? どうせ帰り道同じなんだから、別にここ回らなくても良かったような」
「たまには良いでしょ。春樹は嫌なの?」
「嫌じゃないけど。とにかく寒いんだよ」
春樹はポケットに手を入れて、服で擦りながら、暖を取ろうとしている。
「変わらない方が、きっといいこともあるんだけど」
ベンチに座りながら、手をつなぎ合っているカップルを見て、蒼依は思わずコートの袖口を握りしめていた。
「……うちでパーティーでもするか、か」
蒼依は、さっきの言葉を反芻していく。
特別なデートなんかじゃなくて、ロマンチックな場所でもない。
昔から知ってる、春樹の家。
この寒空の下で、先を歩いている春樹の丸まった背中を見ていると、何だかそんな関係が、今の私たちには良いのかもなと、蒼依はぼんやりと思っていた。
「ねぇ、春樹」
「ん?」
「……やっぱり、私も寒い」
「当たり前だろ。二月並みの冷えこみだしな」
春樹が呆れたように笑ってから、白い息をぼわっと吐き出す。
そんなバカみたいな白さが、夜空に溶けて消えていくのを、蒼依はしばらく目で追っていた。
「帰ろうか、春樹」
「話があるんじゃなかったのかよ」
蒼依は返事も待たずに、さっさと帰りの道へと歩いていく。春樹が何かを言っていたような気もしたが、今日は何も聞かないことにした。
「とりあえず明日も勉強会やるからね。ゲームばっかりしてないでよ」
「テスト一週間前だぞ。そんなことしてたら、蒼依と母さんに何言われるかって」
ため息のように白い息を吐いた春樹の姿がおかしくて、蒼依はマフラーの下でしばらく笑っていた。
「これからどうなるかなんて、誰にも分からないけど」
ずっと、そばにいて欲しいな。
言葉には出さずに、蒼依はほんの少しだけ、春樹の方へと肩を寄せてみたのだった。
モチーフはOasisの「Stand By Me」




