#春樹サイド #ep6
食器洗いを終えてから、フライパンの底についた卵の汚れを優しく落としていく。さっきまで蒼依が座っていたソファを見ながら、今日の試練を思い出していた。
「美味しかったよな、あのオムライス」
不意に、昔の台所が浮かぶ。
小学生の頃。うちのキッチンで、母さんと蒼依が並んで、よく分からない甘い匂いを漂わせてた。俺は横で、味見係だの何だの言われて、勝手に巻きこまれて——。
「甘い食べ物って、そんなに好きじゃなかったんだけど」
蛇口の水を止めてから、フライパンを立てかける。流れる水の音が無くなると、何だか頭の中まで静かになっていった。
もし、アプリの試練がなかったら。
たぶん俺たちは、二人で料理なんてしない。蒼依だって、素直に「やろう」なんて言わなかったはずだ。
「でもさ、何だか楽しかったんだよな。ただの試練でしかなかったとしても」
これからも、あんな時間が続けばいいのにな、と思うくらいには。
「理由なんて必要ないのは、分かってるんだけど」
勝負でも試練でも、理由は何でもいい。
流し台を拭きながら、リビングの椅子の背を見る。
「……忘れ物かよ。あいつもせっかちだよな」
蒼依が外したエプロンがかかっていた。ただの忘れ物が、そこにあるだけなのに、さっきまでの時間が、まだ続いているような気がしていた。
「素直にありがとうとは、言ってくれなさそうだな」
口に出した言葉は、どうでもいい。
ほんとは、もう少しだけ、勝負が長引けば良かったのにな、とでも思っていたんだろう。
読んでいただき、ありがとうございます!
定期更新してますので、よろしくお願いします!
ブクマ登録、評価やレビューは大歓迎です!




