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#第九話 #料理 #協力

『試練:二人で料理を作ってみよう! 協力して美味しいご飯を完成させてくださいね!』


 日曜の朝十時。

 春樹のスマホが、テーブルの上で小さく震えた。

「料理を作ってみようって。どこでやるんだよ」

 画面には、巫女キャラが、フライパンを振っているイラストと共に、試練の内容が表示されている。


『台所に立つことで、相手の新たな一面が見えてくるかも?』

 すぐに通知が重なって表示される。蒼依からのメッセージだった。


『料理の試練だって』

『どこでやる?』

 連続してメッセージが届く。


『今日、親出かけてるけど』

『台所使っていいか、母さんに聞いてみる』

 送信してから、すぐに既読がついた。


『無理は言わないようにね』

『でも負けないんだから。覚悟しときなさいよ』

 蒼依らしい返信の後に、人気のキャラアニメ『かめとうさぎ。』のスタンプが送られてきた。

「覚悟って、何のだよ……」

 インターホンが鳴ると同時に、スマホが軽く震える。


『着いたよ』

『分かった。今開ける』


 春樹が玄関のドアを開けると、蒼依がうつむき気味に立っていた。

 ゆるめのパーカーに、ショートパンツ。

 ショートソックスにスニーカー、肩にはトートバッグ。


「……何?」

「いや、別に。普通の格好だなって」

「変なの。あんまりジロジロ見ないでよ」

 春樹が半分くらい開けていたドアをすり抜けるようにして、いつものように上がりこんでくる。

 靴を丁寧に揃えている蒼依の姿を見ながら、春樹はゆっくりとドアを閉めた。


「おばさんは?」

「父さんと出かけてるよ。帰ってくるの夜だってさ」

「あと、台所使っても良いって」

「そっか。これ、うちのお母さんから」

「わざわざ良いのに。あとで渡しておくよ」

「うん、お願いね。忘れちゃ駄目だから」

 蒼依から、どこかのお土産らしき包みを渡された春樹は、それをリビングのテーブルへと置いておく。


「じゃあ、早速始めましょうか。まずは手を洗わせてもらうわね」

 床に置かれたトートバッグから、エプロンを取り出すと、蒼依がヘアゴムで髪を結びはじめた。

 キッチンには、ステンレスのカウンターと三口のコンロ。

 調味料が並ぶ棚。冷蔵庫の横には、濃いグレーのシンプルな鍋つかみが掛けられていた。

「やっぱり綺麗なキッチン。おばさんの人柄がよく分かる」

「別に普通だろ。鍋とかボウルは、その棚」

「もう分かってるよ。春樹よりも、私の方が詳しいんだから」

「うちのレンジで、何かの生地を爆発させたのは誰だったっけ」

「う、うるさい! あれは私がやりたいって言ったわけじゃ……」

 二人でキッチンの様子をざっと確認した後、スマホの画面を開いた。


『試練:二人で料理を完成させましょう!』

 木札に筆文字で書かれている。


「料理って言うけど、何を作ればいいのかしら」

「昼はもう食べたか?」

「まだ食べてない。一緒に食べるつもりだったし」

 蒼依が見せてきたスマホのサイトには、簡単なレシピが表示されていた。


『おすすめ:オムライス、ハンバーグ、カレー、パスタ……』


「定番って感じだな。うちにある食材で作れるのか」

「だったら簡単に作れそうなものが良いよね。この中だと、やっぱりオムライスかしら」

「オムライスか。別に簡単ではないような気がするけど」

 卵、ケチャップ、バター、チキンライス。

 美味しく仕上げるためには、ちょっと工夫が必要だろう。

「じゃあ、こうしよう」

 春樹は冷蔵庫を開け、食材をざっと確認する。

 卵、鶏もも肉、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、ケチャップ、バター。

 サラダに使えそうなレタスとトマトもある。

「オムライスは俺がメインでやるから、蒼依はスープとサラダ。アプリ的には“一品”で良いんだろうけど、せっかくだしセットにしよう」

「ちょっと待って。なんで、私がサイドメニュー担当なのよ」

「火加減とか味付けとか、失敗しないやつの方が——」


「春樹、今すごーく失礼なこと言ったよね」

 蒼依の目が、じっと細くなる。

「やっぱり、こうしましょう」

 蒼依が、腕を組みながら宣言する。


「オムライスの中身——チキンライス担当は春樹。卵で綺麗に包むのは私」

「卵で包むオムライス、結構難しいぞ。そんなにハードル上げないで、無難に乗せるだけにしといた方が……」

「絶対に負けないし。“どっちの担当パートが美味しかったか勝負”ってことでどう?」

「この試練、勝負する前提じゃないんだが」

「勝負よ、春樹。チキンライス、絶対に美味しく包んであげるんだから」

 いつか聞いた言葉が、またキッチンで響いていた。


「分かったよ。じゃあ、そっちは卵とスープとサラダ」

「完璧に仕上げて、春樹に負けたって思わせちゃうからね」

 得意げな蒼依を見ながら、春樹はやれやれといった様子で、料理の準備を始めていく。

 まずは下ごしらえ。

 春樹がまな板を出し、皮をむいた玉ねぎを半分にしてから、素早くみじん切りにしていく。

「なんか慣れてる。春樹って、料理できたんだ」

「母さんが忙しい時は、俺が作ることもあるし」

 蒼依もピーマンを切り始めた。

 手つきは丁寧で、指の置き方も危なげない。

 ただ——動きが慎重すぎて、やたらと時間がかかる。


「そんなにゆっくり切ってたら、いつまでも終わらないぞ」

「いいの。こういうのはきちんと丁寧にやらなきゃだよ」

「そうだけどさ。先に進めとくからな」

 熱したフライパンに油を垂らし、玉ねぎをさっと投入する。


「なんか火、強すぎじゃない」

「このくらいの中火で、野菜に火を通すんだよ」

「ほら、ピーマンも貸して。一緒に炒めるから」

 蒼依から受け取ったピーマンをフライパンに入れ、一緒に炒めていく。


「みじん切りのにんじんも加えて、野菜に火が通ったら、味付けしておいた鶏もも肉を炒める」

 鶏肉を加えると、香ばしい香りと共に、美味しそうな音が重なりあっていく。

 チキンライス用の具材に火が通ったところで、ご飯を投入する。

 木べらでさっとほぐしながら、ドーナツ状にしたご飯の真ん中でケチャップを炒めていくと、キッチンに漂う香りが一気に“オムライスの匂い”に変わった。


「美味しそう。結構な力作じゃない」

「だろ。これは俺の勝ちかもな」

 美味しそうなチキンライスを見ながら、春樹は得意げに答えた。

「まだ大事な卵が残ってるでしょ。ここからが本番なんだから」

 チキンライスをしばらく見てから、蒼依が常温に戻した卵をボウルに割り入れる。

 殻が入らないように慎重に、箸で軽く空気を入れるようにして混ぜていく。


「何個使う?」

「三個でいいんじゃないか。薄いと包むのが難しいだろうし」

「うん、あのさ、春樹」

 ふと手を止め、蒼依が呟く。

「昔の話、覚えてる?」

「私が、レンジで出来るお菓子づくりにハマった時のこと」

「あれはさすがに忘れられないだろ……」

 記憶が蘇る。

 蒼依がハマりすぎて、週に何度も何度もケーキや洋菓子が量産され、春樹の体重が大変なことに。


「春樹って、意外と太りやすかったんだね」

「あのせいで、発育測定で発育しすぎって判定されちゃったんだぞ」

「笑える。でも、ダイエットにもちゃんと付き合ったでしょ?」

「私、走るの好きだったし」

「もう二度と思い出したくないな。あの縄跳びとジョギングの日々」

 ふふっと笑った蒼依の卵液を混ぜている音が、少しだけ柔らかくなった気がした。

 スープとサラダの準備は、蒼依の担当。

 鍋に水とコンソメ、野菜とウインナーを入れて火にかける。

「火、強めじゃないか?」

「沸かしたいんだから、これくらい普通でしょ」

「沸き始めたら弱めにな。あと塩は——」


「分かってる。塩は“少々”」

 蒼依が、塩の容器を手に取る。

 ほんの一瞬、手首の角度を見て、春樹は危険を察知した。


「待て。今、少々って量じゃ——土俵入りじゃないんだぞ」

 ぱらぱら、と、白い粒が鍋に落ちていく。

 春樹の感覚からすると、理想の二〜三倍。


「これじゃ塩スープだろ。コンソメも入ってるのに」

「もう、ちゃんと味見してから文句言って」

 蒼依がおたまから小皿にスープを移す。

 一口含むと、ぴくっと眉を動かした。


「しょっぱいだろ。だから言ったのに」

「ぎ、ギリギリセーフ。パンチが効いてて良いと思う」

「絶対アウトの顔だったけどな」

 仕方なく、春樹もスープを一口。

 舌の上で塩気が主張してくる。飲めないほどではなかったが、確かに塩味がボディーブローのように効いてくる。


「これはパンチというよりも、ボディーブロー・スープだ……」

「うるさい。いちいち細かいのよ、春樹は」

「大丈夫。これなら取り返しがつく」

 黙々と調整を始める春樹を見ながら、蒼依は軽く頬を膨らませていた。

 いよいよ最後の大仕事——卵で包む工程に入る。

「フライパン、これで良い?」

「ちょっと重いから、もう一回り小さいやつの方がいいかも」

「分かった。これなら使いやすそう」

 蒼依は棚から赤いフライパンを取り出すと、火にかけた。

 バターを半分ほど溶かすと、溶いた卵を少しずつ流しこんでいく。


「ここからが勝負」

「焦がすなよ。スクランブルエッグにはしないように」

「変なこと言わないで」

 焦げつかないように、フライパンを軽くゆすっていく。

 卵が半熟のとろとろの状態になったところで、チキンライスを中央に乗せた。

「意外といい感じじゃん」

「よ、よし……上手に出来てるから、大丈夫」

 蒼依の動きはぎこちなかったが、一応レシピ通りに進んでいる。


「ふふっ、美味しそうに包めた」

 フライパンを傾けて、皿に滑らせるように移し替える。

 形は、ちょっと歪だったが——崩れてはいない。

 サラダとスープを添えて、テーブルに並べていく。その最中に、蒼依がケチャップの容器を手に取った。

「“負け”って描いてあげようかと思ったんだけど」

「やめろ。負けオムライスなんて美味しくなさそうすぎるだろ」


「じゃあ猫でも描いてみる? オムライスがちょっと可愛くなるかも」

 蒼依がケチャップで、自分のオムライスに動物らしきものを描いている。


「なんだそれ。猫と呼んでいいのか……」

「誰が見ても猫でしょ。ちょっと歪んじゃったけど、ヒゲもちゃんとあるし」

「ちょっと歪んじゃったって発言が、すでにおかしいからな」

「そういう方が可愛いでしょ。私的には、上手に描けたと思ってる」

 波打ったケチャップの輪郭線が、自称猫の形を浮かび上がらせているのだが、どうせならオムライスそのものを、猫っぽく仕上げた方が良かったのではということは、春樹の内だけに秘めておいた。


「じゃあ、いただきます」

 二人で同時に、オムライスを口に運ぶ。

 ふわっとした食感の後に、ケチャップの甘酸っぱさと、半熟卵とバターの風味が広がっていく。

「すごく美味しい。上手に出来たね」

 嬉しそうに話す蒼依に、春樹は素直に頷いた。

「チキンライス、ちょっと悔しいくらいに完璧」

「素直に美味しかったで良いんじゃないか」

「これじゃ春樹の勝ちみたいだし」

「卵は蒼依がやったんだから、半分くらいは蒼依の手柄だと思うぞ」

「半分くらいってとこが、なんかムカつく」

 そう言いながら、ずっと食べているあたり、蒼依の正直な感想は『気に入ってる』なのだろう。


 と、その時——

 テーブルの上に置いた二人のスマホが、同時に震えた。


『試練クリア! 絆が深まりましたね! 蒼依の恋ごころ+30、春樹の恋ごころ+30』

 画面には、巫女キャラクターが、フライパンをくるくる回しながら拍手しているアニメーションが表示されていた。


「結構上がったな。容器が半分くらい満たされてる」

 蒼依が、スプーンを持ったまま、ちらりと春樹を見た。

「で、勝負の結果だけど」

「どっちの担当パートが美味しかったか、の勝負。まさか忘れてないわよね」

「比べようがないと思うんだが」

 春樹が呆れながら答える。


「チキンライスは春樹。卵とスープ、サラダも私。担当した作業的には、圧倒的に私の勝ち」

「まったく。どこまで負けず嫌いなんだか」

 少し考えてから、春樹が提案する。

「オムライスは俺の勝ち。卵とスープとサラダは蒼依の勝ち」

「全部勝ちって、要は引き分けってこと?」

「ああ、これで文句ないだろ。全部勝ちってことにしよう」

「なんか適当にあしらわれた感じがするんだけど」

 ぶつぶつ言いながらも、蒼依はそれ以上何も言わなかった。


「二人で協力するのも悪くなかっただろ」

「うん。久しぶりに楽しかったよ」

 嬉しそうにオムライスを食べる蒼依の姿を見ながら、春樹はこんな時間がずっと続けば良いのになと、密かに思っていた。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

定期更新してますので、よろしくお願いします!


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