01
気持ち良く寝ていたのに急にうるさくなって起きることになった。
別にこちらを起こすためにうるさくしたわけではないのがもやっとするところだった。
教室なんかで寝ていたのが悪いとでも言いたげな感じで、いや、彼女達は一瞬でもこちらに意識を向けることもなく去っていった。
「運が悪――」
「こらあああ!」
だから聞き慣れた声と聞き慣れた言葉が聞こえてきたときには自然とため息が。
「自分から誘っておいてなに呑気に寝ているの!」
「十七時から集まろうと言っただけ、まだ十六時五十分だよ」
「普通は十分前ぐらいに集合場所にいるようにするところでしょ!」
そんなルール誰が決めた。
約束の時間丁度に到着できればそれでいいのだ。
私の場合は誰かに誘われて約束を守れないなんてこともない。
「集合場所に約束の相手が来ないまま一時間が経過したとかでもないんだからそうかりかりしないでよ、いまのでちょっと萎えた」
「萎えたいのはこっちだよ!」
ならもういい、いまからなしにしてしまえば彼女としても楽だろう。
私はこの暖かい教室で完全下校時刻まで寝るのだ。
邪魔が入らなかったらいくかとなっていたがタイミングも悪かった。
「はぁ……そんなんじゃ誰も友達がいなくなるよ?」
「ママとパパがいればそれでいいよ、それよりもう帰っていいよ」
彼女はこちらの後頭部に攻撃を仕掛けてから去った。
今度はブランケットなんかを取り出して完全に寝るために使用した。
その結果、次に目を開けたときには完全下校時刻の十分前だったから片付けて教室及び学校をあとにする。
こういうことは何度も繰り返しているから朝に自然と起きられるそれと同じで体がわかっているのだ。
「ただいま」
まあ、ママとパパは二十時ぐらいにならないと帰宅しないけど。
救いなのはちゃんと仲良くやれているということだ、それすらもなくなったら……どうなるのだろうか。
私がよく寝るようになったのはこういうところからもきている。
だって寝ればすぐにその時間がやってくるからだ、あ、家で追加で寝たりはしないけどね。
「た、ただいま……ぐぇ」
「おかえり、丁度ご飯ができたから食べよ」
「あ、ありがとう……」
私が両親のためにできることはこれぐらいしかない。
それでも少しは役に立てていると思いたい、必要とされていたい。
どうなるのかなんて考えた私だけどいらない子扱いをされたら心が終わる。
流石の私でもこんなに早いときに死にたくなんかはないから続けていくしかないものの、学校にいきたくなくなるからそうなってほしくなかった。
「杏梨、聞いてほしいことがあるの」
「うん」
真面目な顔でママはなにを言うのか。
「実はね、これからは早く帰れそうなのっ、十八時にはお家にいられるようになりそう!」
「ほんとっ?」
その差にやられて大きな声を出してしまったことが恥ずかしい。
一応ママの前では感情をあまり表に出さないクールな女のつもりなのにこれだ。
「ちょっとお給料は減っちゃうけどね」
「でも、大丈夫だよね?」
「うん、お父さんもいてくれているから」
それならいい、寧ろこれまでが頑張りすぎていたのだ。
できればパパの方も似たような感じになってくれればいいけど流石にそこまでは期待していなかった。
好きの気持ちに差があるわけではない、ただ子どもながらに無理なこともあるとわかっているからだ。
「あ、フラグじゃないからね? 結局、少し時間が経過してみたらそのままどころか寧ろ時間が伸びていくなんてことは絶対にないから」
「逆にフラグになりそうだからやめてよ」
「はは、そうだね」
二人でご飯を食べて今日も先にお風呂に入ってもらった。
気になったのはパパのことだ。
軽くであっても家事をやっていても二十時を過ぎているのに帰ってこない。
お風呂中だから邪魔をしたくないのもあってもやもやとしていると「ただいまー」と元気良く帰ってきてくれて迎えにいってしまった。
「ああ、少し遅くなったから心配だったのか」
「うん、なにかあったの?」
「同僚と喋っていただけだ、悪いな」
「それならいいや、いまご飯を温めるからね」
「おう、頼む」
なんか離れる気にならなくて対面に座って違うところを見ていると「母さんから聞いたか?」と言われたので頷く。
「ずっと言ってきたことだったからさ、やっと母さんが言うことを聞いてくれて助かるよ」
「ママを休ませたかったからだよね?」
「それもある、ただ、杏梨のためでもあるんだ」
「私は二人のことが大好きだしいてほしいけどもう高校生なんだからそんなに合わせようとしなくてもいいのに」
高校生の娘のために早く帰ろうとする親は大事な日でもない限りはいないのではないだろうか。
「杏梨は寂しがり屋だからな、隠しているだけで本当は求めているのはわかっているんだ」
「え、バレバレだったということ?」
「そうだな、俺らからしたら丸わかりだな」
本当にその通りならどれだけ恥ずかしいことをしていたのかという話だ。
そして実際に恥ずかしくなったからこれからは謙虚に生きようと決めたのだった。
「ごめん」
「は……?」
「誘われた場合なら昨日の私みたいな態度でもよかったけど誘った場合なら少なくとも十分前にはいかないと駄目だよね」
「いや……え、杏梨が謝るなんて珍しい!」
あ、うん、どんな内容でも盛り上がれるらしい。
少なくとも私からしたら謝罪ができた時点で十分だから席に戻る。
読書か寝るか、SHRまではすぐだから寝ずに読書を選んだ点でも盛り上がってくれた。
「少しは落ち着きなよ」
「ふぅ、そうだね」
彼女は前の席の主がいないのをいいことに座ると「なにかあったの?」と。
「クールな女のつもりだったんだけどママとパパには寂しがり屋なのが丸わかりだったみたいでね、恥ずかしくなったから改めようと思ったんだ」
「別に杏梨の全部が悪いところばっかりでもなかったけどね」
こちらも昨日とは違って私の頭を撫でつつ「平方さんのそういうところは可愛かったしね」と、まあ彼女、千種由真さんだって常に怒っているわけでもなく優しいところもあると返しておいた。
「じゃあこの話はこれで終わりね。ところで杏梨は後輩の女の子に興味があるとか……ない?」
「後輩も同級生も先輩も私にはほとんど関係ないから、由真だけで十分だよ」
「かあ~そう言ってもらえて私としては嬉しいんだけど今回はそれで片付けることができないんだよっ、だってあなたに興味を持っている子がいるんだからね!」
バーン! と効果音が聞こえた気がした。
いやそれよりも興味を持っているって点に関しては彼女が適当に言っているだけだろう。
私に興味を持つわけがない、興味を持たれないことに関しては他の誰よりも強い。
なら何故由真がいてくれているのかは彼女が私の顔を気に入っているから。
これも本当は信じられないけど他に魅力があるわけではないからどうしようもなくなっているだけだった。
「は言い過ぎた、私に興味を持ってくれて近づいてきたんだけどなんか変なんだよ」
「別に私のことを出してきたとかじゃないんでしょ?」
「んー杏梨を発見すると平方先輩は~って必ずなんらかの話をするんだよね」
わかった、それは由真に近づく邪魔な女だからだ。
本気で好きなら他の女はただただ敵でしかない。
「なら話してみたいんだけどいい?」
「お願い」
興味を持っているか持っていないかなんて話してみればすぐにわかる。
迷惑をかけてきた分、これで少しでも彼女のために動ければいい。
今日の放課後でもやもやする点はなくなる、そこから先は彼女次第だ。
「初めまして、臼井捺生と言います」
「うん、よろしく」
「なるほど、自己紹介をするまでもないと、そういうことですよね?」
「うん」
「わかりました」
うわ怖い、滅茶苦茶睨んできている。
ただ、これで安心できただろうからと由真の方を見てみるとあわあわと慌ててしまっているように見えた。
「け、喧嘩しないでね?」
「しないよ、あと私はこれで満足できたからこれで」
「じゃ、じゃあね」
少し離れたところでおかしく感じて笑ってしまった。
なにをどうしたら私のことが気になるというのか、あそこまで露骨なのに由真も面白い考え方をする。
「平方先輩」
「ん? あれ、さっきの子じゃない」
「そのさっきの子を止めるために手伝ってくれませんか?」
なにか変なことになった。
とりあえず廊下だとあれだから近くの空き教室に移動をする。
「私は上手くいってほしくないんです」
「いきなり過激だね」
「だって興味を持った理由が顔が良かったからなんですよっ?」
何故そんなところが似てしまうのか……。
「そんな理由で近づくなんて千種先輩に失礼じゃないですか」
「あ、由真に不満があるわけじゃないんだ?」
「ありませんよ、というか、不満を抱けるほどあの人のことを知りません。とにかく、中身も知らずに顔を理由に近づくことが気に入らないんです」
と言われても誰も悪いことをしていないからここから広がったりはしない。
それでもなんとかしたいなら嫌われる覚悟で彼女が一人で頑張るしかない。
「だから許可を貰いたいんです。ほら、あの子がその理由で近づいているとわかっていても受け入れているのなら私のやることは誰にとってもマイナスなことですから」
「ごめん、私はこの件に関わるつもりはないよ。でも、止めることもない、色々と覚悟をして動くんだろうからね」
「わかりました、ありがとうございました」
寝よう、やりたいことをやれたのはいいけど疲れた。
今日も完全下校時刻十分前タイマーに頼って寝た。
ただ、
「平方先輩」
ただ、今日は一時間も前に起きることになったのはうーんという感じだ。
家で寝ろよと遠回しに誰かから言われている気がする。
「んー! はぁ……物好きだね」
「そのままぶつけたら怒られたました、あと、千種先輩に止められました」
「それはそうだろうね」
だって本当のところがどうかなんて本人達にしかわからない。
仮になんらかの情報を教えてもらえてもほとんど変わらない、見ていることが私達にできることだ。
「でも、後悔はしていません、少しでも変わればそれでいいですから」
「嫌われても?」
「はい、私が気にしているのは顔を気にして近づいていることだけですから」
もう寝る気にもならなかったから自動販売機のところまでいってジュースを買った。
なんかそういう気分だったから彼女にも買って自分の分をちびちびと飲んでいると「千種先輩が来ました」と、意識を向けると本当に由真がいたから手を上げる。
「やっぱり杏梨のせいだったんだ」
「へ?」
「いやだってあまりにも急すぎたから、悪い人の影響を受けていると考えていたんだよ。それが私の友達だったとなれば開いた口を閉じようとするのにも頑張る必要があるよねって」
なるほど? だけどこれは好都合だ。
「そうだよ、この子がなんの理由もなく急に突撃するわけがないでしょ? 私が気に入らないからこの子を使っただけだよ」
「そういうの最低だからね、仮に不満があったとしても自分で動かないと駄目なんだから」
「そうだね、だからいまとなっては反省しているよ。ごめんね?」
「別に私は……」
「さ、これ以上残っていても仕方がないから帰ろうよ、嫌なら時間を置いてから動けばいい」
こういうときに別行動を選ばないのが由真の可愛いところだった。
「大体、この子とはどれぐらい一緒にいるの?」
「まだ一日も経っていないかな」
「逆になんでそれで動いてもらえると思ったの、逆になんであなたは一日も経過していないこの子のために動いたの……」
「物好きちゃんだからかな」
「杏梨さんはアホちゃんだけどね」
こんな程度でイライラする人間ではないから余裕だった。
この子が別れるところまで頑張ればいいのも楽でいい。
「ちょっと、年上二人が急に絡んだせいで黙っちゃっているじゃん」
「衝突したときに由真がいたからでしょ」
「なら杏梨さんのせいでしょ、なんとかしてよ」
なんとかしてと言われてもね。
頑張ると別れなければいけないところで言い出せずに別れられなかったなんてことになりかねないからこのままでいいのではないだろうか。
「あの」
「うん?」「ど、どうしたのっ?」
「私、こっちなので、これで失礼します」
「じゃあねー」「本当に杏梨がごめんねっ、じゃあね!」
さて、二人きりになったらなにを言ってくるのか。
少しだけ構えていると「ごめん」と謝られて今日の由真みたいな反応をしてしまった。
「ああいうやり方の方があの子的に楽かなって考えたんだよ、でも、あの子のことばかりで杏梨のことは考えていなかったことになるから……ごめん」
「いいよ、寧ろありがたかったぐらいだよ」
あれ以上広げずに済んだのは大きい。
一人だけだったらあの子は続けてしまっていたかもしれないから彼女は救ってあげたのだ。
「急に変えてあれだけどあの子のことちょっと気に入っていない?」
「んーああいう子は嫌いじゃないよ」
本当のところを出してきて実際は彼女みたいな賑やかな子だったとしても関係ない。
寧ろ自分がこんなのだから明るいぐらいがいい、引っ張っていってくれる方がいい。
だから今回みたいなのはレアだ、いらないだろうけどあの子はレアな私を見られたのだ。
「おお、杏梨さんが素直に認めるなんてねえ」
「ま、こっちはなにも変わらないだろうけどなにかがあったらちゃんと由真には言うよ、いらない情報かもしれないけど由真には知っていてもらいたいから」
「うっ、なんで急にこんな……ご両親が本当は離婚するとかじゃないよね?」
「縁起でもないことを言わないでよ、ママとパパは仲良しだよ」
「ならいいけど……」
何度も言うけどそこが崩れたら本当に終わってしまう。
だからあの子のためにもなにも広がらなくていいからそんなことだけにはなってほしくはなかった。
子どもにできることは少ないけどそのためになら頑張るから、ね。