表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第四貫 閃光と拘束

 低い唸り声が、神殿の石壁を震わせていた。

 崩れかけた柱の隙間から、獣の目がいくつも光る。

 昨日の草原で出会った魔物と同じ姿――犬ほどの体に甲羅を背負い、牙をむき出しにした獣が、じりじりと迫っている。


 「数が……多い」

 エルナが震えた声を上げ、番人は槍を握りしめたが、手が小刻みに震えている。


 俺はおひつの蓋に指をかけ、深く息を吸った。

 残るのは村で炊いた麦のような穀物――米モドキ。

 本物の白米に比べれば、握った寿司は威力も精度も落ちる。昨日の戦いで嫌というほど分かっている。

 けれど、今はこれしかない。


---


 「……アジだ」

 俺は米モドキをひとつまみ。

 脳裏に浮かぶのは、銀色に輝く青魚の姿。


 アジは寿司屋で「光物」と呼ばれる。

 表面が光沢を放ち、見た目からして鮮烈。

 光をまとって輝きを放つ、それが光物の寿司だ。


 「目をつむれ!」

 俺はエルナと番人に叫び、自分の目もぎゅっと閉じた。


 次の瞬間、手の中の握りが破裂するように閃光を放つ。

 ――石壁が白く焼き付いた。

 魔物たちは一斉に悲鳴を上げ、甲羅を地面に擦りつけ、目を覆うように身をよじる。


 「効いた……!」

 光物の役割は、相手を魅せ、惑わせること。

 その本質を、この世界では閃光として具現化したのだ。


---


 だが、魔物の数は減らない。

 視界を取り戻そうと、奴らは必死に唸り声を上げている。

 長くは持たない。すぐに突進してくるだろう。


 「エルナ、番人! 奥へ下がれ!」

 俺は叫び、再び米モドキをひとつまみ。


 「……次はタコだ」


 タコは寿司屋では「茹でダコ」として握られる。

 強い弾力と独特の甘み。噛めば噛むほど旨みが染み出す。

 何より、その吸盤は海底の岩にしがみつき、容易には離れない。

 ――なら、この世界では拘束の術になるはずだ。


 握りを完成させた瞬間、寿司は光を帯び、床を這うように広がっていく。

 「バシィィィッ!」

 巨大なタコの足が神殿の入り口を塞ぎ、吸盤が石壁にぴたりと貼りついた。


---


 魔物たちが突進する。

 「ガァッ!」

 牙をむき出しにした一匹がタコの足へ食らいつくが、吸盤に絡め取られ、動きを封じられた。

 二匹目が横から突っ込むが、弾力のある足に弾かれて地面に転がる。

 「すげぇ……」番人が呆然と呟いた。


 俺は歯を食いしばる。

 米モドキの寿司は、本物ほどの力はない。

 タコの足も、所々で透けるように揺らめいている。

 長くはもたない。


 「今のうちに奥へ行くぞ!」

 エルナの手を引き、番人を促す。

 俺たちはタコの足が作り出した即席の壁を背に、神殿の奥へと駆け込んだ。


---


 石造りの廊下を走る。

 背後では魔物たちが暴れる音が響き、吸盤が石をきしませていた。

 だが、寿司は確かに時間を稼いでくれている。


 「……やっぱり、寿司はただの飯じゃねぇ」

 俺は走りながら呟いた。

 光で惑わせ、粘りで縛る。

 寿司は海の知恵を受け継いだ技術であり、ここでは命を繋ぐ力になる。


 けれど、胸の奥にはひとつの不安があった。

 ――これは米モドキでの力だ。

 本物の米なら、もっと確実に、もっと強く発動できる。

 この差は、いずれ命取りになる。


 「アオイさん……」エルナが俺の袖を掴む。

 その瞳には恐怖と、同時にかすかな希望が揺れていた。


 「大丈夫だ。必ず神穀を見つける」

 言葉は自分を奮い立たせるためのものだったが、吐き出すと不思議と胸が軽くなった。


---


 やがて廊下の奥に、また別の広間が姿を現す。

 その中央には、砕けた石の台座。

 そこに、稲穂の形をした石の彫刻が残っていた。


 「これが……」

 エルナが声を震わせる。


 「神穀を祀った祭壇……」番人が呟いた。


 だが、その瞬間。

 祭壇の陰から、新たな気配が立ち上がった。

 先ほどの魔物とは比べ物にならない、重く濃い気配。


 「……まだ続きがあるってわけか」

 俺はおひつを抱え直し、指先に米モドキの感触を確かめた。


 ――寿司職人として、この世界で生きる覚悟を試されるのは、これからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ