表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二貫 一触即握り

 夕陽が、草原を赤く染めていた。

 小川のほとりで風が止み、世界が静まり返る。

 ……いや、違う。沈黙の裏で、微かに物音が聞こえる。


 「……複数、来ます」

 背後のエルナが小さく呟く。

 包丁を握る指先に、薄い汗が滲む。お櫃もすぐに手に取れる位置に置く…。


 茂みを割って現れたのは、さっきの魔物と同じく甲羅を背負った獣――だが、数が違う。三匹。

 低い唸り声を上げ、獲物を囲むようにじりじりと間合いを詰めてくる。


 残るシャリは、わずか二貫分ほど。

 これを使い切れば、俺の魔法は終わる。1匹に1発ずつでは足りないし、突然飛び掛かられれば握りの速度が間に合わない。


 正直、俺1人なら逃げ切れるかもしれない。あったばかりの少女を守る義理があるのかどうか、一瞬考えた。その時、脳裏に親方の顔が浮かんだ。あの人は頑固で怖かったが、絶対に人を見捨てなかった。何度も何度も、不器用な俺に握りを教えてくれた。見捨てる選択肢などない。


 左手でおひつの蓋を開け、指で米をひとつまみ。

 炊き立ての香りとともに、体の奥に温かい力が流れ込む。

 握る瞬間、脳裏に浮かんだのは、真っ白なイカの握り。ヤリイカ…鋭く…早く握るッ!!

 握り終えた刹那、ヤリイカの握りは閃光となって魔物の甲羅と胴体を貫通した。


 「一匹!」

 声に出すと、恐怖が少しだけ和らぐ。


 仲間が死に、興奮した残る二匹は同時に走ってきた。ヤリイカの握りには威力があったが、同時に2匹を相手取るのは無理だ…!


 片方の魔物が先に俺に辿り着いた。


 反射的に米を握る。先に近づいた魔物と、遅れた魔物が重なって見える位置に俺は飛び、握った。

 浮かんだのは、鮭の握り。今度は名前からのイメージじゃない。川魚の瞬発力…滝を登るような、押し飛ばすパワー!

 それが光をまとい、その後、衝撃波を生み出した。目の前の魔物がとんでもない勢いで吹き飛ばされ、後ろの魔物に激突した。

 どうやら、2体とも気絶したようだった。


 ――息が荒い。

 膝に手をついて呼吸を整えると、魔物の影はもうなかった。



 「……すごいです、本当に魔法みたい」

 エルナは息を弾ませながらも、どこか安心した顔をしていた。

 俺はおひつを見下ろす。中の米は、ほとんどなくなっていた。


 「魔法ってのは便利だけど、タダじゃないらしい」

 「タダじゃない……?」

 「シャリ――この白い米が、俺の力の源だ。無くなったら、ただの包丁使いになる」

 「こめ…?」


 エルナは真剣な顔で頷く。

 「じゃあ、村に着いたら……こめ…?を探しましょう!」

 その言葉に、少し胸が軽くなった。



 村は思ったよりも小さく、木造の家々が並ぶ穏やかな場所だった。

 夕食時とあって、家々からは湯気と香りが漏れ出ている。

 ……だが、その香りに米の匂いはなかった。麦や豆、芋の匂いが混じるだけだ。


 「お帰り、エルナ!」

 入り口で声を掛けたのは、白髪の老人。村長らしい。

 事情を説明すると、俺は空から落ちてきた“変わった旅人”として受け入れられた。

どうやらエルナは村長の孫だったらしく、あっさりと受け入れられてしまった。もちろん、この先どうなるかは分からないが…。


 宿はエルナの家の一角を借りることになった。

 木の机と藁のベッド、そして壁にかけられた乾燥薬草。

 温かみのある匂いが、少しだけ故郷の包丁場を思い出させた。



 「明日、市場に行きましょう」

 夜、暖炉の火を見つめながらエルナが言った。

 「市場に、こめ…があるかもしれません」

 「そうだな……あれば、この世界で生きる道が開ける」


 ――米がなければ、俺は生き残れない。

 調達、安定、保存、他にも考えるべき事は山ほどある。元の世界に帰るまで、俺は死ねない。



 翌日。

 市場には、どこを探しても米はなかった。

 代わりに耳にしたのは、「昔は米のような穀物があったが、1000年も前に滅びた」という話。

 名前は“神穀しんこく”。

 豊かさの象徴だったが、ある時から、魔物が異様に狙うようになり、絶えてしまったらしい。


 「もし神穀を見つけられれば……」

 エルナが言葉を濁す。

 その瞳に、小さな希望と大きな不安が揺れていた。


 俺は包丁の柄を握った。

 寿司職人として、この世界で生きるために――神穀を探す。

 それが、俺の新しい修行の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ