1時間目 伝説の始まり
「であるからして、xに3を代入すると⋯⋯」
はぁ、眠い。
俺の名前は和田洋平。
中学2年生。
今は数学の授業中だ。
窓側の1番後ろ、いわゆる「主人公席」に座っている。
まぁ、単純に名簿順でそうなっている。
廊下側の1番前から始まり、俺の出席番号は最後だからね。
今日もいつもと変わらない平凡な1日が始まると思っていたが、世界は俺を放ってはくれないようだ。
校庭に誰かいる。
遠すぎてハッキリとは分からないが、体格からして男だろう。
黒い帽子を被っていて、サングラスと白いマスクで顔が隠れている。
上下どちらも黒っぽい服装だ。
上着のポケットに手を突っ込み、キョロキョロしながら歩いている。
間違いない!コイツは不審者だ!
クラスの皆は授業に夢中、数人は夢の中。
先生に伝えるか?
いや、「寝ぼけるな」と一蹴されてしまう。
そして、クラスの皆から1週間くらい馬鹿にされるだろう。
隣の席の望月さんに伝えるか?
いや、「キモイ、話しかけるな」と罵倒されてしまう。
そして、クラスの女子達から「不審者」だと間違えられるだろう。
じゃあ、どうするべきか?
答えは1つ。
俺が1人で何とかするしかない。
「先生!お手洗いに行ってきます!」
俺は恥を忍んで、おしっこ宣言。
学校を守るためだ⋯⋯。
仕方ない⋯⋯。
そして、俺は教室を抜け出した。
階段を下り、昇降口から校庭を確認する。
不審者の姿は見当たらない。
靴を履いて、不審者に気付かれないように周囲を警戒しながら外へ出る。
倉庫の影に隠れながらこっそりと近付いた。
校庭に立つ木の影に人影あり!
いた!不審者発見!
俺は足元の木の棒を手に取り、勢いよく駆けた。
俺に気付いた不審者は一瞬狼狽えたが、上着の内側から1本のナイフを取り出した。
俺は急ブレーキをかけて止まる。
不審者のナイフと俺の棒、どちらが強いかは明白。
不審者はマスク越しでも分かるほどニヤつき、ナイフを突き出しながら走ってくる。
ヤバい!人生最大のピンチだ!
不審者が突き出したナイフは、俺の腹に刺さ⋯⋯らなかった!
フフフ⋯⋯。
こんな事もあろうかと、俺は腹に数学の教科書を仕込んでいたのだ!
いくら薄っぺらい教科書でも、ナイフくらいは防ぐことができる!
さぁ、ここから反撃だ!
俺は不審者の服を掴み、自身の足の外側から不審者の足の外側を刈って投げ飛ばした!
必殺!大外刈りだ!
後頭部を強打した不審者は口から泡を吹き、それがマスクからはみ出した。
それと同時に、帽子とサングラスが外れる。
コ、コイツは!?
な、なんと!不審者の正体は、現在絶賛指名手配中の連続窃盗犯だった!
俺は校則で禁止されているスマホを取り出し、警察に通報した。
警察によると、この連続窃盗犯は女子生徒の下着を盗みに来ていたようだ。
なんて罪深い窃盗犯だ。
しかし、本当に罪深いのは俺だ。
どうやら今回の活躍で、俺は女子生徒の心を盗んでしまったようだ⋯⋯。
隣の席の望月さんも、俺を見て「カッコイイ」と喘いでいる。
いやいや、当然のことを⋯⋯ふがぁ!?
何かが額にぶつかった。
これは⋯⋯チョーク!?
あれ?ここは⋯⋯教室⋯!?
「和田!いつまでボーッとしている!」
先生がギロリとこちらを睨みつけている。
ふぅ、どうやらさっきまでの大活躍はただの妄想だったようだ⋯⋯。
『キーンコーンカーンコーン』
おっと、時間のようだ。
「それでは、今日の授業はここまで」
そう言って先生は教室を出て行った。