表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

顔が良い




 目が覚めると、今日はよく眠れた方だ。と、カーテンを開けて伸びをする。

 結局、今日の放課後、もう一度きちんと会って話をする事になった。

 赤西は今日お休みなのだそうだ。金曜なのに。芸能人ってそうゆうもんなのだろうか。


 千詠は前日のあれこれを反芻しながら、朝のルーチンをこなして行く。


 今朝は、誰の声も聞こえない。

 母が、寝室に戻ってきちんとベットで寝ているおかげだろう。


 顔を洗って、自分の分の衣類が入った洗濯機のスイッチを入れ、エプロンをして自分の分の朝食と弁当を作る。

 消費されない母の分を作るのは、早々にやめた。何が入っているかわからないものは口にしたくないらしい。

 母は、なぜか掃除だけはするようで、千詠の部屋以外はいつでもピカピカに磨かれている。

 冷蔵庫の中は、母が買ったと思われる物はアルコール類しかなく、千詠が買ってきている材料や、作り置きの料理には一切手をつけない。


 食器棚の引き戸を開けると、前回入れた1万円がそのまま入ったままだった。

 千詠は、バイトをするようになってから、ここに1万円札を入れるようになったが、最近は貯まる一方だ。


 父からの仕送りで、2人分の生活費や学費などは、滞りなく自動で引き落としされている。と言うのは、以前来ていた通いのお手伝いさんから聞いていたのだが、今、この家の家計がどうなっているのかわからない上、家で見かける時はいつも寝ている母が、いつ食事をしているかわからない。

 外出してでも何か食べていると良いのだけど。この家にはネット環境どころか電話もテレビもない。


 千詠は、用意した簡単な朝食を1人で食べた。



 家から徒歩で通えると選んだ高校は、都内の割と良い進学校で、金銭的にも偏差値的にも余裕のある生徒が多いせいか、みな成熟し、のんびりとした校風の割に、進路を決めるのが早く、国公立大学への進学率が高い。

 お金持ちの家の子供は進路で悩んだりしない。全て決められている。従えない子供はすでに別の道を選択して進んでいるのだ。

 同じ理由ではないが、千詠の進路も決まっていて、目指す大学に受かれば家を出て一人暮らしをしながら学校に通うつもりでいた。


 母を1人にする事に、いささかの不安はあるが、それでも自分と一緒にいるよりはマシだろう。そう割り切れる様になっていた。

 進学に必要な学費も生活費も、父が十分に用意してある事は聞かされている。

 聞かされているが、それを見た事も感じる事もできないので、とりあえずバイトは続けて貯金に勤しんでいる。


 滞りなく授業を受け、時間を潰し、バイトに行って、家に帰る。

 大学生になっても変わらないだろう。

 子供の頃よりずっと生きやすくなってきた。

 きっと、1人になったらもっと楽になる。

 早く大人になりたい。

 これが千詠の将来の目標だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 校舎からの出入りのラッシュを避けるため、少し時間を置いていた窓際の1番後ろの席で、帰り支度を終え不意に外に目を向けると、どこにでも行けそうな気になって、少し気分が良くなる。


 放課後の誰もいなくなった教室で、そんな考えに目を細めていると、誰かの声が頭の中に響いた。


(あ、蒼井さん)


 ビクッと体が跳ねる。慌ててカバンに視線を戻す。


 教室に入ってきたのは、佐藤一茶だった。相変わらず花を飛び散らかした自分の映像が頭に入り込む。


 辛い。


 自分の思考に浸ることもままならない。

 千詠は、赤面を知られないために、その場を去ろうと、机の上の物を大急ぎでカバンにしまった。


「待って! ・・・あの、その、あの事は、誰にも言ってない、から」

(どうして逃げようとするんだろう? 俺、避けられてる? 何かしったけ?)


「・・・うん。その、ありがとう。あの、彼は、その、げ、げ、ゲイノウジンだから、その、あまり、大ぴらにしたくなくて」


 ここは成り行きに便乗してしまおう。

 千詠は、これで色々諦めてくれたら好都合。とばかりに嘘をつく事に決めた。


(本当に付き合ってるのか?)


 その疑いごもっともです。と言う千詠の思いを知ってか知らずか、一茶は話を続ける。


「なんか、弱みとか握られてるとかじゃなくて?」

(あいついくつだよ。おじさんじゃん。あの時だって嫌がっていたじゃないか?)


「小さい時からの、知り合いで、その大きくなってから再会して、その、そうゆう事に、なって、あの、お願いして、付き合って、もらっているのは、私の、方で、その、彼は分別ある付き合いをして、くれてるので、その、どうか、そっとしておいて欲しいのです・・・」


 一茶の考え違いを否定するために、しどろもどろと説明するが、だんだん恥ずかしくなってきた。嘘をついている罪悪感よりも、お付き合いをしている状況の説明が恥ずかしすぎる。

 そもそもそんな事親しくも無いクラスメイトに言う必要あるの? 大して仲良くもない男子に恋バナとか、する? 普通しなくない?


「本当に? 騙されてない?」

(マジで? だっておじさんじゃん? いくら芸能人だからって、いや、元アイドルだし、所詮良いように消費されてポイっとされるのがオチじゃん)


 ・・・どうゆう意味だろう?

 何でそんな事言われないといけないんだ? いや言われてはないけど。

 私が知らないだけで、彼は悪い噂のある人なのだろうか?


「・・・彼の事、なにか知ってるの?」


 千詠は、つい赤西について質問してしまった。


(しまった。そんなつもりじゃなかった)


 一茶の顔に、わかりやすく後悔の念が浮かんだ。


「あ、いや、そんなつもりじゃ・・・」

(ただ、俺は、蒼井さんが騙されやすそうだから心配で。彼を悪く言うつもりじゃなかった)


 珍しく顔を上げ、真っ直ぐとみつめると、自分がどう思われていたのか察した。


「心配? ありがとう。でもそうゆうのは大丈夫だから」


 そう言って、さっさと教室を出て行った千詠を、一茶は拳を握って見送るしかなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「わぁ〜本当に来た〜」


指定された喫茶店の前で「もう二階にいるよ」とメッセが飛んできて、散々悩んでたどり着いた事が、馬鹿馬鹿しくなる様なリアクションを取られた。


「座って。どうぞ。なんでも好きなもの頼んで」


赤西はそう言ってメニューを開いてみせた。なぜかパフェの並んだページを。


「パフェ、食べたいんですか?」


サングラスをしていて目が見えない上に、相変わらず考えている事が読めない赤西に、千詠はおずおずと聞いてみた。


「俺? 別に食べたくない。あまり甘いモノ得意じゃない。女子高生が好きそうかなと思って」


千詠は、告げられた言葉に怪訝を向ける。


「あの、18時からバイトなので、あまり長居できないので、あの」

「うん。でもとりあえず座って。何か頼まないと、ね?」


赤西に目線を促されて顔をあげると、店員さんが困った様な顔をして立っていた。


「えっ!? なんで!?」

「あ、え? ご注文を、」

「あっすみませんっ! こ、紅茶ありますか」

「ございます。何になさいますか?」

「あっロイヤルミルクティーありますか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


個室とまではいかないが、通された席は吹き抜けの二階席で、座ると頭が隠れるほどの背の高いベンチ椅子で囲まれている。

一階にはそれなりに人がいて、店にはザワつきがあるのに、二階は驚くほど静かだった。

店員がそばにいる事すら気づかないほどに。

こんな事は、千詠の日常ではあり得ない事だった。


階段を下に降りていく店員の背中を追う様に集中すると(喫茶店来るの初めてなのかな?外国人?)と、店員の考えが読めた。

ホッとして、赤西の顔を見る。サングラスをしているのが芸能人ぽい。


そして顔が良い。


「見惚れてないで、座りなって」


千詠は、赤面を自覚して、席に着くも顔を両手で覆い俯いた。


「チョミって、俺の顔好きなの?」

「違いますっ! 考えを読むにはっ目をっ」

「あぁ、そうだったね。クセになってるんだね?」


赤西の指摘に、千詠は顔を上げた。


「ごっごめんなさい!!」


ガタンっ!


千詠が立ちあがろうとテーブルに置いた手を、押さえ込む様に掴まれた。


「・・・ロイヤルミルクティー、お持ちしました〜・・・」

「あっ」


店員が(大丈夫?)と、千詠の顔を覗き込んだ。

千詠は、浮きかけた腰を椅子に下ろし、ニコっと店員に笑みを向けた。


「・・・ごゆっくり」


店員は、訝しみながらも、席を離れた。


「・・・急に動いたら危ないよ?」

「・・・はい。ごめんなさい」


赤西は、押さえていた手を恋人繋ぎに絡ませた。


「??」


千詠は、それを不思議そうに見つめる。


「あ〜、チョミ、マズいね、これは良くないよ」


赤西はそう言いながら千詠の手をすりすりと親指の腹で撫でる。


「目がみえないと俺が今何やってるかわかんないんだ?」

「え? 何やってるって?」


千詠は、どうゆう事?と、顔に手にと、視線を行き交わさせる。


「チョミ。こうゆう事はね、恋人同士しかやっちゃいけないんだよ? 俺ね、いかがわしい事を今しているの。女子高生に」


千詠が慌てて手を引こうとすると、ガッと力を込め握られた。


「だから、急に動いたら危ないって」


そう言って、グググ と押さえ込む様に握った手を引き寄せながら、ゆっくりと隣に移動してきた赤西は、空いている手でサングラスを外し胸にかけると、千詠の瞳を覗き込んで言った。


「チョミも、他人の気持ちがわからない系の人?」


その言葉をきっかけに、千詠の意識がグンと引っ張られた。

赤西の光のない黒い瞳の中に吸い込まれていく。


「ユウくん。どうしてそんなこと言うの?」


赤西の身体が ビクン と揺れた。

真っ暗で、何も見えない。トンネル? いや、狭くて暗い筒の中に吸い込まれる様に進んでいくと、その先に、白い、光が、見える。


「ユウくんのパパはね、遠いお空に帰っちゃったの。ユウくんとはもう2度と会えない」


え、それって、お父さんはもう亡くなったって事?


「ママ、パパのところに行って来るから、ユウくんはここで待ってて?」


真っ白な部屋から、急に、遊園地の様な? どこだろう広場のベンチで小さい男の子が1人で座っている。園内に終園の放送が鳴り響いて、周りの家族達が、男の子の事を気にしながらも、皆通り過ぎていく。

誰か、近づいてきた。


「え、ライダー?」

「マックスレンジャーのレッドだよ。戦隊モノ。ライダーじゃないよ」


急に現実に引き戻されて、失っていた意識が戻ったように赤西の顔を見る。近い。顔が良い。

一瞬たじろぐが、おかしい。

千詠は、そのまま空いている手で赤西の顔に触れた。


「なにも、聞こえない」


いつもしている様に赤西に視線を合わせるが、赤西の考えている事が全くわからない。

千詠は手を移動させて、赤西の手を両手で握り、集中して赤西の顔を見た。が、赤西は黙っている。


「チョコレートパフェお待たせしました」

(なんだ? さっきから、この子、大丈夫なのか?)


「あ、大丈夫、です」


またしても突然現れた店員に、千詠は思わず心を詠んだ言葉に返事をしてしまった。


「ごゆっくりどうぞ〜・・・」


店員が、首を傾げながら階段を降りていく。


(男の方、なんか見覚えあるな・・・誰だっけ?)


店員の心が読める事で、ホッとして千詠は息を吐いた。

え? なんで私、ホッとした?

普段あれだけ煩わしく思っている能力を、使えることに安堵するなんて。


「やっぱ、そうゆうのって万能ってわけじゃないのかぁ。なに? 調子悪い? 女の子の日?」


赤西のデリカシーの無い言葉に、千詠は素直に答える。


「そうゆうのは、あまり関係ないです。でも、なんか、あなたが何を考えているか、わからない、みたいで、これは、お役に立てないと、思います?」

「・・・チョミ、もしかして友達いない?」

「はい。いません。すみません」

「いや、そうじゃなくて・・・」


千詠は、赤西の考えを読もうと、いつにも増してジッとその瞳を直視する。何も入ってこない。

集中してその瞳を覗き込む。

赤西も、その視線に応えるように目を見開くが、耐えきれないとばかりに顔を背けてしまった。


「や、無理。待って。流石に恥ずい。チョミ、それは流石に待って」


近すぎる。と、その顔を赤面させ身を引いた。

一方千詠は、最早試さずにはいられなかった。こんな人は初めてだ。

気配を感じて顔をあげると、店員が不思議顔で佇んでいる。


「チョコレートパフェ、おもち、しましたぁ〜・・・」

(イチャイチャするならホテルに行ってからにしろよ)


「あ、はい。すみません。ありがとうございます」

「・・・ごゆっくり〜・・・」

(なんだ? なんでそんなに俺の顔を見るんだ? まさか助けて欲しいのか? 女子高生だよな? 事件? 店長に言ったほう良いか?)


「赤西くん、甘い物嫌いなのにチョコレートパフェ頼んだの?」


千詠は慌てて、問題ないです。とアピールするように親密さを装う。


「フハッ! 違うよ。ほら、チョミ、あ〜ん」

「あ、あ〜・・・ん」


店員は、首を傾げながらも席を離れていった。


「確かに。チョミに女優は無理そうだな」

「す、すみません」

「いや、ちょろいな! 違うくて。そんなに他人(ひと)の顔凝視する人なんかいないよ? そんなんでよく隠し通せているね? 大丈夫?」

「あ、はい。普段は見ないようにしてても、誰かしらの大声が響いてくるのに、なぜか、今は、集中しないと、何も、聞こえなくて。うるさいぐらい、なの、に・・・?」

「はぁ、そりゃ難儀な能力だねぇ」


赤西から意識を離し、千詠が落ち着いて、辺りの人に意識を向けると、聞こえてくるのはそこにある雑踏のような人々の会話。

そしてまた赤西の顔を見ると、途端に静かになる。


「・・・耳を、すましても、何も、聞こえない」


千詠は、椅子の背もたれに身を預けると、目をつぶる。何も聞こえない。何も。


「俺? もしかして俺が、役に立ってる?」

「そうかもしれません。力が、コントロールできてる気がします。嘘みたい・・・嘘みたいっ!」


千詠が、あまりにもまじまじと赤西の顔を見るので、今度こそ赤西は目を逸らさずに言った。


「もしかして俺、チョミのノイズキャンセラーになれそ?」

「す、凄い! なんで!?」

「・・・いやぁ、可愛い女の子がそんな顔でよく知らん男の顔を見ちゃダメでしょ〜」


頬を紅潮させ、キラキラとした目を向ける千詠に、赤西は流石に注意した。大人の男として。


「赤西くんも、何かそうゆう能力(ちから)がある人なんですか!?」

「いや、知らんけど!? チョミ、人の言うこと聞いてる?」

「あ、いえ、聞いてます。すみません。もう見ません」

「いやぁ〜そうゆう意味じゃなくて〜」


どこかウキウキと、ティーカップに手を伸ばす千詠に、高校生ってこんな子供だっけ? と赤西が眉間に皺を寄せる。


「美味しい〜!?」


そんな赤西を気にする様子もなく、無邪気に紅茶を堪能する千詠に、赤西は「ま、いいか」といつものように、思考を放棄した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ