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肆 東宮披露目の宴の押し問答 その一

ー饗応計画進捗状況ー

〈人員〉

・藤 道晴 (言い出しっぺ)

・八千彦 (道晴従者)

・八千梅 (道晴従者)

・豊 香久/香久耶 (笛師)

・候補:狭井(料理人)


〈饗応場所〉

・牡丹門外前(建設中)


 もうすぐ形に出来るだろうし、ってか何がなんでも形にする!なんとかなる!


記:道晴


 (すめらぎ)

 和国の象徴であり神の末裔と言われる、国を統べる唯一の大王。

 政を行い、祭り事を行い、数多くの女御、更衣達に囲まれ、和国の人々の頂点に立つ、雲の上の人間が皇である。

 今上には今、皇妃が一人、女御が三人、皇女が一人、皇子が一人。

 その皇妃というのが、現在、妖饗応計画で奔走している少年道晴の叔母、藤の御方(ふじのおんかた)と呼ばれる人物である。次代皇となる親王を産み、次の国母となる運命を背負った強き女性だ。


 そう、文字通り強い。



「で、その朝議に乱入した戯けはいったいどこのどいつですか」



 切れ長の目が更に鋭くなる。



「こらこら、そう怒るな。彼のおかげで、百年悩んだ問題が解決するかもしれないのだぞ?」



 皇は怒りを燻らせる皇妃、藤の御方を宥める。幼い皇子がきょとんとした顔で母親を見つめていた。



「藤家ともあろうものがそんなはしたなく、無礼な真似するなど許せません。これは私の矜持が許しません。即刻所属から除名を。一から教育しなおすように、身内のものに言いつけますので」



 許せませんよね、純白(すみしろ)。と親王の名前を呼ぶ。生まれた親王は代々白の名を付けられるのだ。

 純白親王は首を傾げた。まだ二歳の幼子には難しい話だ。



「そんなこと言わずに、君も一度話を聞いてみろ。道晴の案は頭の固い大臣たちでは出なかったものだ」


「道晴、とおっしゃいましたか?」


「あ」



 しまった。うっかり名前を。



「へえ、あの子が。いいでしょう、来たる純白のお披露目の際にあの子を呼びましょう。それで問い詰めます。父子共々」



 父親の桜の大臣にまで飛び火してしまい「申し訳ない、道康、道晴」と皇は心の中で詫びを入れた。

 その時、衣擦れの音が近づいた。



「皇、皇妃様、ご歓談中失礼いたします」


「皇女か。入ってきなさい」



 皇によく似た面差しの姫が、一礼して寄って来る。その時、純白親王がぱっと顔を輝かせた。



「あねぅえ!」


「ただいま戻りました、親王様」



 藤の御方の腕から飛び出した純白親王は、ぽすっ、と皇女に抱き着いた。

 皇女はしゃがんで、小さな東宮と目線を合わせる。

 


「おかえりなさい!こんかいはどこにいってたの?」


「宮の中の散策を。官人たちの仕事を見ておりました」



 無邪気にぎゅー、と抱き着く親王を藤の御方が窘める。



「こら、そんなに抱きしめると二人の着物に皺が寄ってしまいますよ。父上に用があるようですし、近江(このえ)と遊んでらっしゃい」



 はい、と純白親王は可愛らしく返事をすると、御付きの女房の近江の元へ走っていく。



「それで、話とはなんだ?」



 皇女が姿勢を正す。この御世において皇の一人娘は、真っすぐな瞳で父にこう告げた。



「今月の東宮披露目の宴。それを以て、私を臣籍に降下していただきとうございます」



 その日、大内はにわかにざわついた。


 皇女の臣籍降下。則ち皇籍からの離脱の申し出である。







 東宮披露目の宴が間近に迫り、治部省だけでなく宮全体が本格的に慌ただしくなった。

 道晴はというと、雅楽寮の手配に関して一任されている。先日饗応の面子に加わった香久(よしひさ)の助力もあり、こちらは何とか円滑に事を進められている。

 一方、饗応の方はというと。



「人手不足?」



 八千彦が眉間に皺を寄せた。八千梅は小さな妖怪たちと蹴鞠をして遊んでいる。



「饗応場所の簡易的な邸を立ててもらっていたんだが……東宮披露目の宴の開催、それに加えて、先日大納言の何某の家が燃えてしまったらしい。そっちに人手が割かれることになった」



 だから、と道晴は床と骨組みしか出来上がっていない饗応場所を指した。



「しばらくは此処で香久の笛の音を楽しんでもらおうと思う」


「吹きさらしじゃねえか!屋根は!?」


「今のところない」


「雨降ったらどうすんだよっ!?」



 吠える八千彦の言葉に、道晴はこめかみを掻きながら苦笑を浮かべた。



「傘を差してもらうとか、簡易的に板を張るとか、雨の音と冷たさを楽しんでもらうとか?」


「なんでも風情があるように言えば良いってもんじゃないだろっ!風邪ひくわ!」



 ですよね。と道晴が案を諦める。とんとん拍子に事は上手く運ばないものだなと思い知らされる。



「何か困っているようだな」


「俺達で良いなら力になるぞ!」



 声をかけてきたのは先日、大炊寮で知り合った官人、狭井(さい)の重箱飯を食した大蜥蜴と、京の付近に住んでいるという妖鴉の一家の大黒柱だった。

 道晴は饗応場所が吹きさらしになっている経緯を簡単に伝えた。



「ふむなるほど。屋根がなければ確かに困るな」


「屋根。屋根か……簡易的なものならワシらにも作れるだろうが……」


「とりあえず板を乗せて雨除けにするのはどうだろう?」


「上から指示を出すなら協力してやれるぞ。板を運ぶだけの力は鴉にはない故」



 大蜥蜴と妖鴉が議論を交わす。道晴はその様子を見て少しだけ嬉しくなった。

 初めて京の外へ出たときは異種族同士は互いに接点がないものばかりだと思っていたが、そうでもないようだ。



「妖と妖を繋ぐ場所、か……」



 はじめは京に入ろうとする妖をもてなして帰ってもらう、簡潔に言うと追い払う、という意味合いの方が大きかった。しかし、道晴の中で少しずつ何を目指すか固まってきた気がする。

 人と妖を繋ぐ場所。妖と妖を繋ぐ場所。



「……うん。良い案かも」



 人と妖が分かり合えれば、きっと共に生きることだって可能だろう。朝廷が妖の問題に頭を悩ませることもなくなるかもしれない。

 その通過点、仲介役として、自分や八千彦、八千梅、香久が活躍できればいいのだが。

 そのためにも、一回目の饗応をなんとしても早く行わなければ。



「なーなー。今日は香久耶(かぐや)来ないのか?」


「ああ。香久耶は雅楽寮の仕事が忙しいからな。親王様の、東宮披露目の宴があるんだよ」



 皇の第一皇子、親王が後継者である「東宮」の称を着名するめでたき宴である。今上の考えとしては、宴であらかじめ後継者を示しておくことで、跡継ぎ問題による勢力争いが起きないようにするためだろう。

 それは、「藤家は信頼に値する一族である」と言われたようなものだ。



「へー!つまり皇の正式な後継者ってことか」


「それに道晴も香久耶も出るの?」


「香久耶はどうだろう……?もしかしたら準備とかでちらりと参加するかもしれないけど。俺はもちろん呼ばれてる。ってか呼び出されてる」



 皇からはおそらく妖饗応の首尾のほどを聞かれるのだろうが、叔母である皇妃に呼び出されたのだけは未だ納得がいかない。

 いや、朝議乱入事件についてだろうという予感はあるのだが。



「……道晴って、実は結構すごい人?」


「その言葉から察するに、お前、皇の血筋の親戚になるということではないか?」



 大蜥蜴と妖鴉の子供が道晴をじ、と見つめる。

 道晴は慌てて手を振った。



「いやいや。俺は全然すごくないし、すごいのは藤家をここまで盛り上げた父上、叔母上、兄上たちだよ。俺はそのおまけ。だからこうやって自由奔放に生きれてるんだよ」



 自由奔放に生きてる自覚はあったんだな、と八千彦が心の中で突っ込んだ。

 妖たちと談笑する道晴を見て、八千彦は一つ息をつく。確かに彼は、その東宮の従兄にあたる。そして、宮中の政権を握る、桜の大臣の息子である。

 そんな人物が、相手が八千彦のような孤児であっても、怪しげで不思議な生き物達であっても、対等な関係を築こうとしている。



「全く……大層な家に引き取られたもんだよな、俺ら」


「だからいつも言ってるでしょ。道晴様は結構身分が高い人なんだって」



 八千梅が得意げに胸を張る。それは自分の言葉が正しかったという自信よりも、仕える主人に対しての自慢のように聞こえた。

 妹の言葉に、八千彦は苦笑して、そうだな、と一言返した。

 ふと、八千彦は門の方へ視線をやった。

 牡丹門は意外にも手薄で門番などはいない。結界があるため妖の侵入はないのだが、人間の侵入は容易である。京内で検非違使が巡回しているため、必要ないのだろう。

 誰もいないはずの門。

 なぜか見られている気がする。

 八千彦は警戒緩めない。その時、門から現れた人物がいた。



「あ。やっぱり今日も居たんだ。皆お疲れ様」


「香久お兄ちゃん!」


「香久!忙しいんじゃないのか?」



 八千彦は警戒を僅かに緩めたが、未だ見られている感覚は残っている。

 その出処は香久ではない。

 香久がひらひらと手を振りながら近づいてきた。



「こっちの準備も一段落したから皆に会いに来たんだ。練習も兼ねて」



 すると、道晴の背後から大蜥蜴と鴉が顔をのぞかせた。



「お前がうわさに聞く笛師の『香久耶』か!」


「小童たちが絶賛していたから聞いてみたいと思っていたんだ」



 突然現れた巨体の蜥蜴と喋る鴉に、香久はぴゃっ、と身を縮こまらせた。道晴が慌てて二人を抑える。



「よ……香久耶は初対面の人が苦手なんだ。ついでに緊張しいだから優しく頼む」


「だ、大丈夫だよ、道晴。ちょっとすれば慣れると、思うから……」



 言葉とは裏腹に身を固くする香久を、小妖怪たちが集まって揶揄う。



「香久耶、かっちこち」


「おー、石みたいだ」



 ぽんぽん、と香久の身体を叩く小妖怪たち。もはや、こんこんと硬い音が鳴っている。



「むむ、それは驚かせてすまなかった。京の中では大きい蜥蜴は珍しいのか」


「お、大蜥蜴と聞いてはいたけど、想像の倍巨体だったもので……」


「安心せい、笛師よ。取って食おうものならとっくにそうしている」



 それは安心させたいのか脅してるのかどっちなんだ。

 八千彦の目が据わる。強張ったままの香久を見て道晴は苦笑した。

 比較的穏やかで、賑やかで、友好的な妖達と触れ合ったからか、以前より香久の人見知りが若干緩和されている。道晴らに砕けた様子で接するのも慣れてきたようだった。道晴からすればなんとも喜ばしいことだ。

 緊張してしまうのはまだまだだが。

 ふう、と香久が一つ息を着く。



「やっぱり初対面だと緊張しちゃうなあ……」


「まあまあ、人間ってそういうふうにできてると、俺は思う」



 香久が少し残念そうに肩を落とす。道晴がぽんぽんとその肩を叩いた。

 


「あ、そういえば道晴。僕も東宮様の宴に手伝いで参加することになったよ」


「手伝い?」



 香久は一つ頷いた。



「雅楽寮は奏者以外に手伝いが必要なんだけど、ついでだから勉強してこい、って雅楽頭が仰って、その流れで」


「俊秋様が……」



 生真面目かつ厳しいことで有名な雅楽頭、多俊秋だが、わざわざ香久に勉強してこい、と言ったのは目をかけているからだと思うのは考え過ぎだろうか。



「運が良ければ会えるかもね」


「いや、会いに行くよ!父上の隣からなんとか抜け出して」



 あははは、と香久が笑う。その様子を見た八千彦がすかさず声をかけた。



「良い感じにほぐれてきたっぽいし、お前の笛、聴かせてやれよ」


「今なら行けるよきっと!」



 八千彦の言葉に八千梅も便乗する。香久は道晴と顔を合わせると頷いた。

 妖達は期待に胸を膨らませる。

 まだ人前で演奏するのは緊張するのか、手が震えている。

 だがしかし、以前よりも僅かに、澄み切った甲高い笛の音が高らかに響いた。





*  *  *


宮、某所。


来るらしい。来るらしい。

桜の大臣と一緒に来るらしい。

目障りな藤家。

奴らを引き摺り下ろさなければ。

ならまずは、直系で、1番大切にされていて、弱いものから。



狙うのなら、この機会を逃すわけにはいかない。



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