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ちょっと昔の昔話:火の車

ちょっと昔の昔話:火の車。

火の車


昔々といってもそんなに遠くない昔、日本に昭和と言われていた時代がありました。この時代の初めには、太平洋戦争と言う大きな戦争があってその戦争に負けてしまった日本は至る所に爆弾が落とされ焼け野原になってしまいました。戦争で住む家を失い、お父さんやお母さんや兄弟親戚を失った人々は、辛かった戦争から早く立ち直ろうと一生懸命力を合わせて働きました。それに戦争で迷惑をかけてしまった国や、その国の人たちにも少しでも役に立つようにと努力をしました。

でもそんな努力をしてきたのは、人々だけではありませんでした。日本にいる神様たちも働く人たちの姿を見て陰になり、日向になり一緒になってこの国を少しでも良くしよう、この世界を少しでも良くしようと助けてくれていました。

そのお蔭と人々の懸命な働きで日本は瞬く間に敗戦のどん底から立ち上がり世界でも有数の国へと発展していきました。

ところが、経済が発展して暮らしが良くなると人々の心から、一緒になって支えてくれた神様のことを忘れてしまうようになったのです。それでも、神様たちはこの国が良くなっていったことを喜んでお社に集まっては、

「よかった、よかった」

と口々にいっていたのです。

それは忘れてしまったと言っても家々ではちゃんと神棚を祀り、神様に感謝をこめて毎日手を合わせる人は沢山いたからです。


十二月の初めのことです。この季節には日本中の神様たちが毎年集まって会合をすることになっていました。しかし、この年の集まりはいつもの年と違って和やかな雰囲気はありませんでした。どこか具合の悪そうな様子の神様たちが大勢いたのです。その中でも山の神様、海の神様、川の神様、それに土の神様の顔色がよくありませんでした。その様子を見て大神様が心配そうに言いました。

「顔色がよくないが、どこか具合でも悪いのか」

それを聞いて、土の神様が言いました。

「この国が豊かになったのは、本当にうれしい事です。でも、そうなったことで私たちのように自然の中に住まう神々は難儀もしております」

土の神様の住み家は、人間の引いたアスファルトにあちこち覆われて息もしにくくなってしまっていたのです。それに道路にはあちこちにゴミが捨てられるようになり神聖な場所がなくなりつつあると訴えました。その言葉に海、山、川の神様も頷いて、

「何とかしなければ、このままでは私たちの居場所がなくなってしまう」

と言いました。

それを聞いて大神様は言いました。

「それは難儀なことで申し訳ない。私も近頃気になっておったところじゃ。何とかしなければならないのぉ」

その話を聞いていた木の神様が怒りを抑えられないように言いました。

「お恐れながら、私など先日車から投げ捨てられた煙草の火で足元を焼かれてしまいました。丁度通りかかった、雷神様が雨を降らして火を消してくださったからよかったもののそうでなければ樹齢千年の体が灰になってしまうところでした。もう火の車をつけてやろうかと思ったくらいです」

神々様はそれは気の毒にと口々に言いました。

その時です、大神様が言いました。

「火の車か。余り使いたくはなかったが、この際それも仕方ないのかもしれんなぁ」


木の神様と大神様が言った火の車は、神様が悪いことをした人に当てるバチの一つの事でした。一旦この火の車につかれると瞬く間に財産を失ってしまうというとても強力なバチでした。それは、人にだけではなく家や会社や街や国にまで付くことができるものなのです。これまでも神々に感謝を忘れ、あまりにも酷い行いが世間に蔓延すると使われてきたもので先の戦争の時にも使われたものでした。

神様たちは話し合いました。

火の車をそのまま使ってしまうとまた国が大変なことになってしまいます。そこで、そんな大事にならないように火の車を小さくして使おうということになりました。今回は、自然をつかさどる神様たちに火の車を使うことが許されるようになりました。ちゃんと決められた場所以外に人間がゴミを捨てた場合その量に応じて捨てた者に火の車をつけるというものでした。

その年の集まりはそのことを決めて終わることになりました。

集まりが終わり、木の神様も祠のあるご自分の山へと戻って行きました。木の神様のいる場所は街からそれ程遠くない山のふもとにありました。近くには川の神様、山の神様のお住まいもありました。

その日の夜の事です。

集まりで疲れた体を休めていると木の神様の耳に車の走る音が聞こえてきました。こんな夜更けに誰だろうと木の神様が目を覚ますとその車から火のついた煙草が捨てられるのが目に入りました。幸い煙草は夜露で濡れた草に触れ直ぐに消えてしまいましたが、木の神様は勘弁ならんと集まりで許された火の車を使うことを決めました。走り去る車に向かい木の神様が「エイ!」と火の車の種を投げつけました。種は見事に車に張り付き、張り付いた火の車は窓の隙間から中へと入り、煙草を投げ捨てた男の背中にピタリとくっつきました。火の車が張り付いた時、男は背中に寒気を覚えたような仕草で体をぶるっと震わせました。

火の車に憑かれた男は、そこそこ大きな会社を営んでいたようですが、暫くするとその会社の経営状況が急に悪くなり男の会社は火の車となり間もなく潰れてしまいました。

その年、木の神様、川の神様、山の神様は大忙しとなりました。煙草はもちろんのこと空き缶、空の弁当箱、それにテレビや自転車、大きいものだと冷蔵庫や動かなくなった車まで人間が人目に付かないことをいいことにポイポイと捨てて行くからでした。その度に神様たちは「エイ!」と火の車を投げては貼り付けて行きました。神様たちは驚きました。ゴミをあちこちに捨てる人間の多い事、多い事。三体の神様は時々集まっては嘆いていました。

「昔はこんなことはなかったのに……」

と溜息をつくこともしばしばでした。

そうこうしている内に火の車の影響でしょうか、折角よくなってきていた筈の世の中もだんだん活気がなくなり世の中にその日の生活にもままならない人々が溢れるようになってきました。

神様たちは嘆いていました。神様たちも人々の苦しむ姿を見ることを好んでいるわけではないからです。ただあまりにも火の車をつけなければならない人の数が多すぎて火の車のついた人の数が増えてしまい世の中がどんよりと沈んだようになってしまっていたのでした。

「昔は、よくわかったお年寄りが誰も見ていないと思っても神様がちゃぁんと見ているからと言って若い者に注意をしていたが。近頃では、その注意するお年寄りがいなくなってしまった」

と木の神様は言いました。

「そうそう、昔は神様が清潔なところを好むことを知っていてどこも綺麗に掃き清められていたものだった」

と山の神様が言いました。

「今では、年を取ったからといって分別のついているとも限らんようになった」

と川の神様が言いました。

そして、三体の神様は口々に

「なんとかならんもんかいなぁ」

と言いました。


その時の事です。

三体の神様の耳に子供たちのワイワイと楽しそうな声が聞こえてきました。どうやら遠足に来た小学生の一行のようでした。

「子供はいいなぁ。無邪気で、素直で」

と木の神様が言うと

「でも、昔は子供たちが山にやってくると飴やらお菓子の袋がそこいらに散らかされて大変じゃった」

と川の神様が言いました。

「そうですねぇ。でも、子供たちに火の車をつける訳にもいかないでしょう。さすがに……」

と山の神様がつぶやいた時でした。


一人の子供が雑草の陰に捨てられていた空き缶を見つけて拾ったのです。その子の友達らしき子供が

「そんな汚いもの拾ってどうするの」

と言うとその子は

「ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てないといけないんだよ。もし、落ちてるゴミを見つけたらゴミ箱のあるところへ捨てないといけないんだよ」

と言ってリュックの中から後ろ手に小さなゴミ袋を取り出して拾った空き缶を入れました。

「昔ね、おばあちゃんが言ってたの。ゴミで汚れているところには神様は来ないって、誰も見ていないと思ってもね。神様がどこかで見ているんだって。だからゴミはポイって捨てちゃダメなんだって。それにね気が付いたら、気が付いた人がちゃんとやらなきゃって言ってた。家の近くでいっつも拾うってのは大変だけどこういうところで見つけたら拾おうっておばあちゃんと約束したの……」

とその子は言いました。

それを聞いたお友達の中には、

「汚ねぇ」

と言って逃げていく子もいましたが、一緒になってゴミを拾う子供も沢山いました。

その姿を見た神様たちは嬉しくなりました。

「今は、大人たちよりも、子供たちの方がしっかりしているのかもしれませんねぇ」

と木の神様が言いました。

川の神様も山の神様のニコニコして頷いています。

「あの子たちが大きくなるころには、この国もまた少しはよくなるようですねぇ」

と呟くと、山の神様は子供たちの歩く先に良い香りのする花を咲かせてあげました。

子供たちは、口々に

「綺麗な花~、いい匂い~」

と言いながら楽しそうに歩いて行きました。


大人たちが忘れてしまった心は、いつの間にか子供たちによって見つけられているようでした。

おしまい。


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