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落ちこぼれ魔女が紡ぐ幸せの魔法  作者: 神山れい
第一章 魔法がない世界
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 足音が近づいてきている。微かに揺れるだけだった地面は、今や大きく揺れるようになった。

 焦燥から汗がたらりと首筋を伝っていく。治癒と防御の魔法しか扱えないのなら、僧侶のようにそれに特化していればよかったのに。そうすれば、治癒も手間取らず、今頃は距離を取れていたかもしれないのに。

 そんな歯がゆい思いを抱いたとき、両肩を掴まれた。アリーシャが驚いて目を開けると、目の前には男性の顔があり、切れ長の綺麗な赤い瞳と視線が交じる。不手際があったかと不安になっていると、男性はホッとしたような表情を浮かべ、アリーシャの両肩から手を離した。


「すごい集中だな。何度か声をかけていたんだが」


 もう、大丈夫なのだろうか。傷は、痛みは、治癒できただろうか。アリーシャが両手を下ろすと、男性を包んでいた光が静かに消えていく。


「知らない力だ。これは一体……」


 その様子が興味深いのか、男性は目を丸くしながら自身を包んでいた光を見ている。光が消えると、赤い瞳は今一度アリーシャに向けられた。

 これまでの経験から、つい身体を強張らせてしまう。それに男性は気付いたのか、咄嗟に視線を逸らし、小さな声で「すまない」と頭を下げた。


「あ、ち、違うんです。ごめんなさい、その、癖になってしまっていて」

「癖……? とにかく、まずは礼を。ありがとう」


 柔らかな微笑みがアリーシャに向けられる。その笑顔に頬を赤く染めつつも、初めて言われた感謝の言葉に戸惑っていると、男性は立ち上がり、前へ歩き出した。


「いろいろと訊きたいことはあるが、その前にあれを倒す」


 倒れていた場所から離れたところで立ち止まると、刃毀れした剣を構え、鋭い視線を前に向ける。アリーシャも男性がいる方向に視線を向けたとき、ドスン、とこれまでにない程の大きな音が響き、身体が揺れた。

 視界に入ってきたものを見て、ひゅ、と喉が鳴る。

 見えたのは、足のようなもの。それだけしか視界に入らない。ぎこちない動きで首を上げていく。その全容を、確かめるために。


「あ……」


 そこにいたのは、初めて見る頭のない巨人。この辺りの木々と変わらない大きさだ。アリーシャや男性など、簡単に踏み潰せるだろう。すべてが黒く淀み、身体の中心には金色の大きな目と大きく裂けた口が一つずつ。金色の目はノアを捉え、口からは鋭い牙と共に涎が垂れていた。

 異様に長い腕が振り上げられる。逃げなければ──そう思いつつも、あの巨人を目にしてから、腰が抜けてしまい動くことができない。

 巨人が振り上げた腕の拳の部分に複数の棘が出てきた。金色の目が、男性からアリーシャへと視線を移した次の瞬間。


「やめろ!」


 男性が巨人の前に飛び出すも、ぐねぐねと腕が伸び始め、勢いよくアリーシャに向けて振り下ろされた。

 目前に迫る巨人の拳。死に直面するような危機が訪れると、周囲がスローモーションのように見えると聞いたことがあるが今がそのときだ。

 ──ああ、ここで死ぬのか。

 家族から見捨てられ、見知らぬ場所で、何も残すこともできないまま。

 ふと男性の姿が目に入る。必死の形相で走って向かってきていた。

 必要とされなかった魔法でも、男性を救うことができた。こんな自分でも、誰かを救えたのだと、嬉しかった。

 それだけでも十分か。死を受け入れ、目を瞑りかけたとき──アリーシャは我に返った。

 通用するかはわからないが、まだやれることはある。両手を前に出し、すう、と小さく息を吸った。


「仇なす者の攻撃を防ぐ、堅牢の護り」


 アリーシャの周りが淡い光の球殻で覆われ、巨人の拳が弾かれる。巨人は何歩か後ろへ下がると、自身の拳とアリーシャに交互に視線を向けた。

 アリーシャは両手を下ろし、胸に当てる。命の危険を感じたこと。その攻撃を防げたこと。その他にもいくつもの感情が混ざり合い、心臓は痛いくらい激しく鼓動を打っている。

 そこへ男性がやってきて、アリーシャの傍に片膝をついて座り込んだ。


「大丈夫か!? 今、何をしたんだ?」


 透明の壁のようなものが、と言いながら男性は手を伸ばすも、球殻は既に消えているため、その手は空気に触れるのみ。

 だが、すぐに男性の手はアリーシャの身体を抱え上げた。胴と両足を持ち上げられ、アリーシャが声を上げる間もなくそこを離れる。離れた直後、爆音のようなものが辺りに響いた。アリーシャと男性がいた場所に、あの巨人が拳を振り下ろしていたのだ。

 地面が抉れ、砂埃が舞う。男性が気付いて離れなければ、今頃あの地面のようになっていたのは──そう考えるだけで、ぞっとする。

 男性にゆっくりと下ろされ、アリーシャはいまだ震える足で地に立った。


「軽すぎるな。もっと食べたほうがいい」


 アリーシャの前に立ち、男性は剣を構える。巨人は両腕を枝分かれさせ、何本もの鋭い鞭に変えた。近づけるものなら近づいてみろと言いたげに動かし、こちらを挑発してくる。さすがに、これでは近づくことすら難しい。どうすれば、と思考を巡らせたとき、男性から声をかけられた。


「先程のような力はまだ使えるだろうか」

「え? あ、防御の……? 使えますが、どうするおつもりですか?」

「俺はこのまま突っ込んでいく。ある程度は躱せるが、もし躱せなければ力を借りたい」


 無謀すぎる。アリーシャは慌てて首を横に振った。


「危ないです! わたしの魔法は」


 そこで、ぐっと言葉に詰まる。アリーシャの魔法は、誰からも必要とされなかった程のものなのだ。巨人の攻撃を防げたのも、相手が油断でもしていたのだろう。きっと、偶然だ。男性に頼ってもらえるほどの力ではない。

 アリーシャが唇を噛み締めていると、男性は振り向き、目を細めて口角を上げた。


「そうか、魔法と言うのか。助けてもらってばかりで悪いが、頼んだ」

「そ、そんな……わたしに、できるかどうか」

「できる。俺を救ってくれた君なら、絶対に」


 二人で倒そう、と言い残し、男性は巨人に向かっていった。

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