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 更に数日後。

 アリーシャはノアの右腕にぶら下がっていた。


「駄目です! 嫌です!」


 天井に向けて右腕を伸ばすノアは、必死になってぶら下がってくるアリーシャに苦笑を漏らす。


「この光景も中々面白いが、腕にぶら下がるな。大丈夫、うまくいく」


 欲しいのは、ノアが持っている毒々しい赤色をした花。これは蜜に毒があると言われている花だそうで、ルカから譲り受けたのだ。

 そこに、アリーシャが想いを込めて魔法をかけた。

 誰も苦しまない、無害な花になりますように、と。

 これがきちんとかかっているかどうかを確かめるため、アリーシャとノア、どちらが口にするかを争っていた。

 されど、先程から一向に渡してもらえない。何とか取り上げようとするとこのように慎重差を利用されてしまう。

 ずるいと抗議すれば、利用できるものを利用して何が悪いと返ってきた。

 ならば、とアリーシャもノアの右腕にぶら下がることにしたのだ。より体重をかけるために、両足を宙に浮かせる。


「じ、自慢ではありませんが、重いでしょう。疲れてしまいますよ? 早く腕を下ろしたほうがいいのではないですか?」

「これでも鍛えているからな。アリーシャは軽すぎるくらいだから、ずっと持ち上げていられる」


 なんて言葉をさらりと言ってしまうのか。頬を赤く染めつつも、アリーシャは負けじと言い返す。


「……っ、で、ですが、このままでは花の蜜は口にできませんよ?」

「いや、もう片方の腕で何とかなるな」


 アリーシャをからかうようにして、ノアは空いている左手をひらひらと動かす。そのまま腕を伸ばし、花を持ち替える寸前のところでぴたりと止めた。

 ほら、と言わんばかりの態度に、アリーシャは怒りから顔を赤く染める。


「それはずるいです!」

「できてしまうものは仕方がない。諦めろ、アリーシャ。これは俺が試す」

「だ、駄目です! もしもそれが失敗していたらどうするのですか? わたしは、ノアが苦しむところを見たくありません!」


 この花の蜜は毒だが、死に至るものではないとは聞いている。念のために解毒薬も用意してもらい、何かあった際の準備も万端なのだが──。

 それでも、だ。解毒には時間がかかるとも聞いているため、苦しむ時間が少なからずある。ヒールストーンのときのように試してくれようとしているのだろうが、前回と今回ではリスクの大きさが違う。

 やはり、ここは自分自身で試すべきだ。なんとしてでもノアを止めてみせると意気込んだとき、大きな音を立てて扉が開かれた。


「入るぞ、アリーシャ。解毒はできた、か……って、お前達、何を遊んでいるんだ?」


 ノックもせずに入ってきたルカは、アリーシャとノアに笑みを浮かべつつも眉間に皺を寄せていた。

 依然ノアの腕にぶら下がったままのアリーシャ。それを楽しんでいる様子のノア。直前のやり取りを知らなければ、遊んでいるように思われても仕方がない。


「ああ、なるほど。それが解毒の方法かあ。ははは、斬新で結構結構」

「い、いえ、そうではなくて」


 盛大に舌打ちをして苛立ちを露わにするルカに、アリーシャはノアの腕から手を離して床に足をつけた。

 忙しいところに毒のある花と解毒薬をお願いし、ルカに用意してもらったのだ。事情を知らないルカがこの光景を見て苛立つのも当然のこと。

 弁明を、と思ったが、ここでいいことを思いついた。

 あわよくば、ルカをこちらの味方につけてしまおうと考えたのだ。


「聞いてください、ルカ様。まずは自分自身で試さなければと花の蜜はわたしが口にすると言っているのですが、ノアが取り合ってくれないのです!」


 薬の研究をしているルカであればわかってくれるだろう。そう踏んでいた。

 しかし、事態はアリーシャが思っていた方向とは異なる方向へ進んでいく。


「おい、待て。何故その花の蜜をお前が口にするんだ? そこまで毒性は強くないとはいえ、万が一のことがあったときどうする」

「え? で、ですが」

「その点、ノアであれば安心だ。万が一のことがあっても死ぬだけだからな」

「なるほど、俺は死んでも構わないのか。その解毒薬、本当に効くのか怪しくなってきたな」


 怒りを滲ませながらノアはルカに近付き、彼を見下ろす。

 ルカはそれに怯むことなく、ふん、と鼻を鳴らした。


「心外だな。ボクがそのような醜悪なことをするとでも? 死んでもいいとは思っているが、そこは信用しろ」

「死んでもいいと口に出している時点で、信用なんてしてもらえると思っているのか?」


 ノアは眉間に皺を寄せ、切れ長の瞳を細めてルカを睨みつける。ルカも同じく瞳を細めて睨みつけてはいるものの、そこには殺気が滲んでいるようにも感じた。

 ──いつぞやの光景再びだ。

 違う、そうではない。そうではないのだ。何故この二人はこうなってしまうのか。アリーシャが頭を抱えていると、後ろからそっと両肩に手が置かれた。


「お困りのようですね、アリーシャ」

「レオ!」


 いがみ合っていた二人がほぼ同時に振り向く。レオをじろりと睨みつけているも、彼は気にしていない様子でアリーシャだけを見ている。


「ここまで回復して頑張ろうと意気込んでいるところに、この二人は水を差しているのですね」


 可哀想に、とレオに頭を撫でられ、そっと髪の毛に口付けが落とされる。これもいつぞやの光景だ。

 こちらに足早に近付いてくる足音。それは、アリーシャとレオの間に強引に割り込んできた。


「アリーシャに気安く触れるな。そもそも、水を差しているのはレオとルカだ」

「おや、この程度で嫉妬ですか。君は本当に幼いですね。これではアリーシャを困らせるだけですよ? ねえ?」

「ボクに振るな。レオもノアもどちらも幼い。身長だけが馬鹿でかい。それを少しでも頭に回せばよかったものを」


 ルカも参戦し、三人の口喧嘩が始まる。この調子では、今日はもう何もできなさそうだ。

 それにしても、珍しい光景が広がっている。こうして三人が揃い、喧嘩とはいえ会話をしているのだから。

 兄弟なのだからもっと仲良く──いや、これは寧ろ仲が良い証拠なのかもしれない。アリーシャは苦笑しながらも、あたたかい目で見守っていた。


 * * *


 喧嘩をしている三人を置いて静かに部屋を出ると、アリーシャは城の外へ出た。ぐっと両腕を上げ身体を伸ばしていると、前から子ども達がやってきた。

 その手には、ピンク色の花で作られた花冠。が、よく見ると踏ん付けられたような跡がある。


「アリーシャ様、これね、アリーシャ様に上げようと思って作ってたの」

「でもね、さっきこけちゃって……そのときにお馬さんに踏まれちゃって」


 どうしよう、と半泣きになっている子ども達に、アリーシャは視線を合わせるようにしゃがみ込む。


「大丈夫ですよ。皆さんの想いが込められたこの花冠を、元の姿に戻しましょう」


 子ども達の花冠にそっと右手を当て、目を瞑った。

 できれば、子ども達のために失敗せずに一度で成功させたいところだ。


「わたしのために、作ってくださった花冠。もう一度、その綺麗な姿を見せてください」


 淡い光が花冠を包み込み、徐々に元の姿に戻っていく。子ども達は目を輝かせつつも、一言も発さずにその様子を眺めていた。

 やがて光が消えると、アリーシャは右手を下ろして子ども達に微笑んだ。


「これでどうでしょうか」

「ありがとう、アリーシャ様! ね、つけてみて?」


 子ども達に頭を差し出すと、そっと花冠が乗せられる。


「綺麗! よかった、元通りになって!」

「ありがとうございます。大切にしますね」


 子ども達はまたどこかへ走って行く。その背を見送ったあと、アリーシャは噴水近くのベンチに腰掛けた。

 なんとなく、ここがお気に入りなのだ。頭に乗せてもらった花冠を手に取り、崩さないようにとそっと眺める。

 どのようにして置いておこうか。ドライフラワーにするのも手かもしれない。そう思っていると、アリーシャ、と名を呼ばれた。


「ノア」


 振り向くと、少し疲れた表情のノアがこちらに向かって歩いてきていた。


「お話は終わったのですか?」

「いつまでもうるさいから抜けてきた。……それは?」


 アリーシャの前に立つと、ノアは手にしていた花冠を指差した。


「子ども達がくれたのです。どのようにして保管しておこうかと、考えていたところでした」


 そうか、と言い終えたあとも、アリーシャが手に持っている花冠をノアはじっと見つめている。


「……それを、俺がアリーシャの頭に乗せてもいいだろうか」

「え? は、はい」


 どうしたのだろうかと思いつつも、アリーシャはノアに花冠を渡す。受け取ったノアはじっとそれを見つめたあと、そっとアリーシャの頭に乗せた。


「うん、とても綺麗だ」

「あ、ありがとう、ございます」


 ノアの赤い瞳に見つめられ、顔に熱が集中する。恥ずかしくなり視線を逸らすも、アリーシャ、と熱のこもった声で名が呼ばれ、ノアの手で顔が包まれた。

 そのままゆっくりと持ち上げられ、ノアと視線が交じる。


「恥ずかしい?」

「は、はい」

「それは、俺だから? レオやルカでも、恥ずかしい?」


 恥ずかしさはあるだろうが──何故だろうか。

 何かが違う気がする。

 いや、ノアが違うのか。ノアだから、こんなにも恥ずかしくて、熱くて、胸が高鳴るのか。


「恥ずかしい、とは思います……でも、何と言えばいいのかわかりませんが、ノアとは違う気がします」


 だって、こんなにも全身が熱い。触れられているところはもっと熱い。息はうまくできなくて、心臓はうるさくて、そのせいか周りの音は何も聞こえない。

 一体、これは何なのか。

 すると、顔を包んでいた手が離される。それでも、顔に熱は残り、胸の高鳴りは収まらないまま。

 真っ赤になっていると、ノアは照れくさそうな笑みを溢した。


「意識してもらえている。今はそれがわかっただけで十分だ」

「え? え?」


 日常の音が戻ってくる。子ども達の笑い声、店から聞こえる呼び声。

 今まで、別の世界にいたような、そんな感覚だ。


「アリーシャに聞いてほしい言葉があるが、まだ取っておく。だから、これからもたくさん一緒に過ごそう。いろんな話をして……もっと俺のことを意識してほしい」


 頭に触れられたかと思うと、額にキスが落とされた。

 やわらかく、あたたかい。その感触に、落ち着き始めていた心臓がまたしてもうるさいほど動き出す。


「行こう、アリーシャ」


 手が差し出され、アリーシャは迷わずにノアの手を取った。

 ノアとたくさん一緒に過ごしたい。ノアといろんな話をしたい。それは、アリーシャも同じ気持ちだ。

 だからこそ、願う。願わずにはいられない。

 このぬくもりを、奪われたくない。失いたくない。

 平和で幸せな日常が、この時間が、永遠に続けばいいのにと。

 想いが魔法になるのなら、これからも何ができるかを考え続けたい。探し続けたい。


(ノア、大切なあなたと共に)


 それがいつか、平和と幸せにつながると信じて。

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