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 目を開けると、見慣れた天井が目に入った。ここは、城の中で自室として宛がわれた部屋だ。

 あの夢の世界から、戻ってきた。アリーシャは胸を撫で下ろすも、あの世界で感じた左手のぬくもりが今もあることに気が付いて首を動かす。

 そこには、祈るようにアリーシャの手を握るノアの姿があった。


「……ノア?」


 どれだけ眠り続けていたのかはわからないが、そのせいか声が掠れていた。


「アリーシャ……?」


 ノアは顔を上げ、アリーシャを見る。泣いていたのか、涙の跡が頬に残っており、目も少し赤く腫れぼったい。

 どれだけの心配を彼にかけてしまったのだろう。どれだけの不安を彼は募らせていたのだろう。

 アリーシャの瞳にも涙が滲み、それはすぐに溢れて顔を伝っていった。


「ノア、ごめんなさい」


 掠れた声で謝ると、ノアは首を横に振った。


「何を謝ることがあるんだ。目を覚ましてくれて、本当によかった……!」


 左手が離されたかと思うと、ノアにきつく抱きしめられる。

 眠り続けていたせいで動かしにくい身体。それでも、どうしても彼の背に腕を回したくて、必死に力を入れて持ち上げ、置くようにして触れた。

 会いたかった。ずっと、ずっと。

 アリーシャはノアの首元に顔を埋めた。


 * * *


 ノアに手伝ってもらいながら、アリーシャは身体を起こした。部屋の中はたくさんの花で埋め尽くされ、一面花畑のようだ。


「これは、アリーシャを心配した街の者達が毎日のように持ってきてくれたんだ」


 飲めるか、とノアは水が入ったコップを渡してくれるも、まだ腕に力が入らないため持つことができない。

 水は飲みたいがどうするかと悩んでいると、察したノアがコップを口元まで持ってきてくれた。

 王子にこのようなことをしてもらっていいのか。そう思いつつも、ゆっくりと傾けてもらい、水を一口飲む。久々に飲んだ水はおいしく感じるが、飲み込むということ自体も久々なため、ついむせてしまった。


「す、すみません」

「いや、大丈夫だ。少しずつ日常を取り戻していこう」


 食事も食べやすいものを用意してもらっている、とノアは目を細めて笑った。言われてみれば、何日も食べていないせいか腹はへこんでいるように見える。


「わたしは、どれくらい眠っていたのでしょうか」

「一週間ほどだな。……もう、このまま目を覚まさないのかと」


 コップを机の上に置くと、ノアはアリーシャの傍に腰を下ろし、項垂れる。


「ノア……実は、わたし」


 コンコン、と扉を叩く音に遮られる。夢の世界にいたことを話そうと思ったのだが、今は来客が優先だ。小さな声で「はい」と返事をすると扉が開かれ、レオが姿を現した。

 レオはアリーシャを見て目を大きく開いたかと思うと、すぐにその目を細めて口元には弧を描いた。

 彼もまた、アリーシャのことを心配してくれていたのだろう。目覚めたアリーシャの姿を見てホッとした様子が伝わってくる。

 ノアはというと、項垂れていたはず顔を少し上げ、嫌そうにレオを見ていた。


「目覚められたとお聞きしましてね。よかった……おはようございます、アリーシャ」

「お、おはようございます、レオ。ご心配をおかけして、すみませんでした」

「……ボクも一応いるんだが」

「ルカ様?」


 レオの後ろからむすっと顔をしかめたルカが姿を現す。


「ふん、目覚めてよかったな。じゃ」

「それはないでしょう、ルカ」


 背を向けて部屋を出て行こうとするルカを呆れ顔のレオが止めた。


「アリーシャのことをあれだけ心配していたじゃないですか」


 何故それを言うと言わんばかりに、顔を真っ赤にしてレオを見るルカ。耳まで赤い。


「あの、ルカ様もご心配をおかけしてすみませ」

「あっ、あんなものを見せられたうえで、倒れたからな。その、気には、するだろう」


 それが普通だ、と吐き捨てるように言うと、ルカは腕を組んで顔を逸らした。


「あの、あんなものとは?」


 それが気になりルカに問うてみるも、彼はぎょっとしたような表情でアリーシャを振り向いた。その勢いについびくりと両肩が震えてしまう。

 ルカは口をぱくぱくとさせたかと思うと、何かを考えるかのように唸りだし、最後は大きく息を吐き出した。


「……一言でいえば、魔法の真髄を見せてもらった、と思う」


 それは、つまりどういうことだろうか。

 わからないとデカデカと顔に出てしまっていたのか、レオがアリーシャを見てくすりと笑った。


「とにかく、今は体力の回復に努めてください。街を見れば、ルカの言っている意味もわかるかと」

「じゃあな。……ノア、お前も少しは休め」


 眠れていないだろうと言い残し、レオとルカは部屋を出て行った。

 ノアの表情からは、何も読み取れない。疲れも、寝不足も。だが、ルカがあのように言ったということは、ノアは眠れていないのだ。

 それらを一切見せない、感じさせないのは、アリーシャに心配をかけまいとノアは隠しているのだろう。


「ノア、自室に戻って眠られたほうが」

「眠るなら、ここで眠る」

「なるほど……え?」


 ノアはアリーシャを抱き上げると少しベッドの端に寄せ、できた隙間に寝転んだ。顔の半分くらいまで毛布を被り、目を瞑る。


「ここで眠れば、何かあったとしてもすぐに起きられる。それに、今はアリーシャの傍を離れたくない」


 数秒後、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。こんなにも早く眠りにつくということは、余程眠れていなかった証拠だ。

 ──それだけ、心配をかけていたということでもある。


「おやすみなさい、ノア」


 その後、食事を持ってきてくれたメイドがノアの姿を見て驚いていたが、彼は起きることなく眠り続けていた。

 アリーシャが食事を食べさせてもらっている間も、身体を支えてもらいながら湯浴みをしている間も。ノアはこれまで眠れなかった分を取り戻すかのように眠り続け、アリーシャもその横で彼と向き合いながら眠った。

 ノアが起きたのは、次の日の昼を過ぎた頃だった。


 * * *


 アリーシャが目を覚ましてから数日後。

 体力も回復し身体も動かせるようになってきたため、ノアと街に出ていた。

 夢の世界でマーリンが言っていたように、あの襲撃の際に負った傷は癒え、壊されたものは元通り。

 あれは夢だったのかと思うほど、いつもの平和な時間が流れていた。


「アリーシャ様! ああ、よかった。お目覚めになられたんだね」

「いやあ、それにしてもすごいな、魔法っていうもんは!」


 街では、アリーシャの姿を見かけると誰もが笑顔で寄ってきた。

 話を聞くと、壊れたものは文字通りに「元通り」になっているそうだ。

 子ども達が描いた落書きや、飾っていた家族の肖像画。他にも大切にしていた物や本など、何もかもが変わらずにそこにあると。


「思い出を取り戻してくれて、ありがとう」


 アリーシャの魔法のおかげだと、誰もが笑顔でそう言った。

 一通り街を見て回ると、二人は噴水近くにあるベンチへ腰かけた。


「……あのときは、無我夢中でした。とにかく、これ以上壊されたくなくて。傷つけられたくなくて」


 話すタイミングを逃していた夢の世界の出来事も話した。

 本来なら、もう少し早く目覚めていたところを、とある人物によって引き留められていたこと。だが、その人物から魔法について教えてもらい、あの日アリーシャが見せた光は想いが生んだ魔法だと言うことがわかったこと。


「想い?」

「はい、魔法とは不思議を体現し、人々に寄り添うもの。想いがあってこそ、魔法になるのだと……マーリン様に教えていただきました」

「マーリン……?」


 アリーシャがいた世界では原初の魔法使いとして知られている人物だと話すも、ノアは首を傾げている。

 何に引っかかっているのだろうと思っていると、ノアは首を傾げながら衝撃的なことを言い出した。


「アリーシャの世界でも、マーリンがいたのか?」

「……わたしの世界、でも?」

「初代ブリテンの王、アーサーには夢魔の混血の助言者が仕えていたと言われている。その人物は、マーリンという名だったはずだ」


 そういえば、マーリンも最後に気になることを言っていた。

 おとぎ話の聖女モルガン・ル・フェ。彼女もまた魔女であったような、そのようなことを。


「けんろーのまもり!」

「がきーん! うわー! やられたー!」


 子ども達の声に意識が引き戻される。

 楽しそうに遊んでいるあの場所は、竜との激闘が繰り広げられたところ。街の中を歩いていると、こうしてアリーシャの真似をしている子ども達をよく見かけた。

 ただの防御魔法なのだが、子ども達の間では攻撃魔法のような扱いになっているようだ。竜の牙や爪を折ったことで、そのように認識されたらしい。


「この魔法でも助けられたな。アリーシャには助けられてばかりだ。ありがとう」


 それにしても、とノアは空を見上げた。


「想いか。あのとき、アリーシャから眩い光が放たれた。あれは、アリーシャの想いの強さであり、魔法だったんだな」


 ルカが「魔法の真髄」と表現していたが、今になってようやくアリーシャの中で腹落ちする。

 あれは、あの光は、自身の魔法を絶賛するわけではないが、マーリンが言う「不思議を体現し、人々に寄り添うもの」だった。

 とはいえ、マーリンはアリーシャのことを「生まれたての雛」だと言っていた。魔法とは何かを掴めたとしても、最初は失敗の連続だろうとも。

 それでも、諦めることはない。何故なら──。


「アリーシャだけの魔法に近付いたんじゃないか」


 ノアはニッと笑った。

 すべては、ノアのあの一言から始まったもの。彼が言ってくれたからこそ、アリーシャは悩みながらも踏み出せた。


「……かもしれないですね」


 自然と笑みが零れ、アリーシャとノアは微笑みあった。

 想いが力になり、魔法になる。

 まだまだこれからだが、それは確かにアリーシャの心の奥底を震わせていた。

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