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城を出てからは、レオの後ろをひたすらついて歩いていた。歩幅はアリーシャに合わせてくれており、レオの優しさがありがたい。
街の上の方を目指しているようで、坂道を上がっていく。鉱山らしきところに来ると、そこを迂回するように別の山道を歩いた。
ここまで歩いたのは久しぶりだ。自然と息が上がり、汗がうっすらと滲む。少しずつ上がっているからか、吹く風がひんやりと冷たく、心地良い。
「つきましたよ」
レオが振り向き、アリーシャに手を差し出す。その手を取り、アリーシャはレオの隣へ立つ。
「すごい……」
色とりどりの花が競い合うように一面に咲き、太陽の日差しが花々をキラキラと輝かせている。
まるで、ここだけは別の世界のよう。
(今の時間帯がとても綺麗に見えるというのは、こういうことだったのですね)
でも、どうしてここに連れてきてくれたのだろうか。
隣にいるレオを見ると、彼はハンカチを地面に敷いているところだった。
「ここにお座りください。疲れたでしょう」
「あ、ありがとうございます」
失礼します、と敷いてくれたハンカチの上に座る。レオもアリーシャの隣に腰掛けた。
「私がいない間、大変だったそうですね。ルカの研究所が燃えたそうじゃないですか」
「そうですね、これまでにも何回か燃えているみたいでしたが」
「それは確かに。今回で三度目でしょうか」
火元には気を付けてほしいところだが、研究に没頭すると忘れてしまうのだろうか。次はもうなければいいが。
「大量の川の水をアリーシャが運んで、それで火を消してくれたとお聞きしました。すごいですね、魔法というのは」
見てみたかったです、と笑うレオに、アリーシャは笑い返すことができなかった。
そう、レオの言うとおり、魔法はすごいのだ。不思議を体現する力、あらゆる可能性を秘めている。
それなのに──。
「……わたしは、魔法を理解できていなくて」
言い終えた瞬間、しまった、と口を噤んだ。
これは自分自身の問題なのに、つい話してしまった。
「貴女が悩んでいたのは、そのことでしょうか」
「え……?」
「部屋に入ったときから、貴女の心はここにあらずといったところでしたよ」
これは何かに悩んでいると、気が付いたそうだ。報告を受けていた話題をいくつか出すことでアリーシャの反応を窺っていたようで、さすがだと感心するほかなかった。
アリーシャが自分から話しやすいようにと、その状況を作り出そうとしてくれていたのだから。
現に、アリーシャは自ら話した。ならば、もう話すしかない。
「……実は、わたしだけの魔法を考えていて」
きっかけは、ノアの言葉。背を押してくれたのは、ルカの言葉。
そこに、原初の魔法使いマーリンが残した言葉が歯車のようにはまり、魔法と向き合うようになった。
「向き合って、気付きました。こんなにも身近にあった魔法のこと、何もわかっていなかったのだと」
風が頬を撫でていく。花々もゆらゆらと揺れ、花びらが舞った。
「わかっていなかったなんてことは、ないと思いますよ」
レオはアリーシャの髪に触れ、何かを手に取る。それは、風で舞った花びらだった。
「貴女は、魔法が使えているではありませんか」
「それは……」
「私の怪我を治してくれたとき、貴女が何かを言うと淡い光が現れ、傷を癒してくれました。魔法とは、どういう仕組みなのですか?」
「……魔力を込めて、詠唱を唱えます。それが魔法となって、効果を発揮します」
これは、別に治癒や防御魔法に限ったことではない。どの魔法でもそうだ。
ふむ、とレオは腕を組む。
「では、魔力というものがあれば、魔法が扱えるということですか」
「いえ……わたしにはわかりませんが、そういうわけでもないみたいで」
「ということは、何か別の要素が必要なのですね」
そう、何かがある。何かが足りない。魔力と詠唱以外に、何がいるのだろうか。
「単純に思いつくのは、イメージや想い、ですか」
「……想い?」
魔法をかけるときに、何か想いなど込めていただろうか。これまでのことを思い返す。ノアを救ったときのこと、負傷した兵士達を癒したときのこと、レオの怪我を癒したときのこと。一度攻撃を受ければ消えてしまう防御魔法を維持させたこともあった。
そういえば、あれはどのようにして維持させたのだったか。魔力を込め続けていたのは覚えているが。
──あ、とアリーシャは小さく声を上げた。
「アリーシャ?」
「す、すみません。何だか、あともう少しで大きな一歩を踏み出せそうな、そんな気がして」
思い返せば返すほど、思い当たることがある。
まさか、いやそんな、でも。
グルグルと掻き乱される感情に振り回されそうになっていると、とん、と左肩に手が置かれた。
そこでハッと我に返り、レオを見る。彼は優しい笑みを浮かべていた。
「まずは焦らず、ゆっくりと進みましょう。アリーシャのペースでいいのですから」
レオは立ち上がり、両腕を上げて気持ち良さそうに伸びをした。ふう、と息を吐き、だらりと両腕を下ろすと、右手をアリーシャに差し伸べる。
「アリーシャは、一人で頑張りすぎですよ」
我々もいるのですから、と笑うレオに、アリーシャは小さく頷き、左手を彼の右手に乗せた。くい、と引っ張られ、ゆっくりとその場に立ち上がる。
「レオ、ありがとうございます。レオの言葉に、ヒントをいただきました」
「それはよかった。また話しましょう。息抜きにもなりますし、話すことでお互い何かを得るかもしれませんし」
二人は来た道を戻っていく。他愛のない話をしながら、ゆっくりと。
自然と気遣える、とても聞き上手で話し上手なレオ。ノアとルカが羨ましい。こんなにも素敵な兄がいるなんて。
(そういうと、ノアが不機嫌になりそうですが)
む、となっているノアが浮かび、思わず笑みが零れた。




