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治癒魔法をかけると、宝石は淡い光を灯した。アリーシャはホッとした表情でその宝石、ヒールストーンを机の上に置くと、サイドから眺められるように座り込んだ。
初めてヒールストーンを作ることに成功した日から、毎日こうして作り続けている。今日はいくつできただろうか。ヒールストーンを数えながら、綺麗に並べていく。
成功した日から、ノアの行動は早かった。アリーシャにいくつか作成してほしいと頼んできたかと思えば、次の日には怪我をしている者であれば使用できるように話を通していた。
今日は兵士達の元へ行き、試験的に導入してほしいと掛け合いに行っているところだ。
国のため、民のためになるのなら、率先して動く。さすがは王子と言ったところか。その行動力には感服する。
このヒールストーンが、たくさんの人の助けになるのならば。もっともっと、数を増やさなければ。
もちろん、成功ばかりではない。失敗した宝石もある。それには防御魔法をかけ、コーティングしてみようと試みるも、やはり維持が難しい。
「わたしだけの、魔法」
これは、ノアが言ってくれたことだ。
魔法にはあらゆる可能性が秘められていて、アリーシャだけの魔法も考えられるのではないかと。
そのようなこと、考えたこともなかった。
創作魔法という言葉は存在する。が、今の時代、魔法使いや魔女は誰も創ろうとはしていない。創りたいとも思っていない。
何故なら、今ある魔法を極めることに勤しんでいるからだ。
今ある魔法は、数百年前に突如現れた「原初の魔法使いマーリン」が残したものだとされている。アリーシャが使う治癒や防御魔法もそうだ。魔法と名がつくものはすべてマーリンが編み出したもの。
中には精霊を召喚する大掛かりなものや、いまだに誰も扱えない魔法もあり、魔法使いや魔女は極めることに力を注いでいる。
そんな中、アリーシャが使えるのは下位魔法である治癒と防御のみ。そんな自分に、はたして創作魔法などできるのだろうか。
目の前にいくつもあるヒールストーンの一つを右手の人差し指で触れ──思わず、笑みが零れた。
なんて、ノアは前向きなのだろうかと。後ろ向きな自分とは対照的だ。
不思議と、彼の言葉には励まされる。力が湧いてくる。前を向けるような、そんな気がする。
今もそうだ。何かと理由をつけ卑下しようと、可能性を否定しようとしていたが、ノアの言葉が勇気をくれる。
自分の中にある可能性を、未来を、信じてみたいと思い始めている。
(頑張ってみたい。わたしだけの魔法)
でも、どうやって。不安が姿をのぞかせたとき、コンコンと扉が叩く音がした。
「は、はい」
「アリーシャ、兵士達もヒールストーンに喜んでいたぞ」
顔を綻ばせたノアが入ってきた。アリーシャは立ち上がり、ノアの元へ駆け寄る。
「本当ですか?」
「ああ。とても画期的なものだと。試験的に導入することも了承してくれた」
怪我はすぐには治らないものだとされていたこの世界で、ヒールストーンはこれまでの常識を覆すものだ。
しかし、受け入れてもらえるかは不安だった。
アリーシャはこの世界にはない魔法を使う、別の世界から来た存在。そんな者が作るアイテムなど、気味が悪いと思う者もいるのではないかと。
(きっと、おとぎ話の聖女……モルガン様のおかげですね)
ノアの話では、モルガンはアリーシャの魔法とよく似た力を使っていたという。それがアリーシャの力を受け入れる一端になったのかもしれない。
「受け入れてもらえて嬉しいです。わたしも、頑張らないと」
「備えはしておいて損はないからな。ただ……」
ノアはアリーシャから視線を逸らし、後ろを見る。何を見ているのかと彼の視線を辿ると、どうやら机の上に置いてあるヒールストーンを見ているようだった。
あれがどうかしたのだろうか。そう思っていると、とん、と右肩に手が置かれた。振り向くと、ノアが扉を親指で指す。
「今日は出かけないか? ここに来てからずっと籠っているだろう」
「……そう、ですね。ずっと、城の中にいましたね」
「そうだろう? 俺も、アリーシャに早く街を案内したいと思っていたんだ」
素敵なお誘いだ。機会があれば街も見て回りたいと思っていた。思っていたが──いいのだろうか。
後ろ髪を引かれるかのようにちらりと机の方を振り向くが、アリーシャ、と言い聞かせるように名を呼ばれ、促されるようにして部屋の外へ出た。
「気になるか?」
「は、はい。数はあるほうがいいですから……作れるときには、作っておいたほうがいいのかなと」
「気持ちはわかるが、肩に力を入れすぎだ」
このまま続ければ、いつか倒れてしまう。そう話すノアに、アリーシャは「はい」と消え入りそうな声で返事をし、小さく頷いた。
窓を見ると、反射して自分の顔が映った。少し、やつれているような、疲れているような、そのように見える。
ノアは、こんな顔をしているアリーシャを見て、気を遣って外出を提案してくれたのかもしれない。
(ノアの言うとおり、肩の力を抜かないと)
ここには、両親やウィリアムのようにアリーシャを責めるものはいない。
アリーシャは小さく息を吐き出し、前を向く。
「ノア、わたし……甘いものが食べたいのですが」
「いい店を知っている。行こうか」
「はい!」
久しぶりの外出だ。何より、この街はここに来て以来出歩いていない。
どのようなところなのか。どんな店があるのか。──アリーシャのことは、もう知られているのだろうか。
浮足立つようでどこか緊張を隠し切れない。落ち着きのない様子で城を出ると、照りつける太陽が眩しく、目を細めた。
されど、じんわりとあたたかいこの日差しが、アリーシャの緊張を解きほぐしていく。何より、とても気持ちがいい。身体が欲していたような、そんな気もしている。
外に出る必要性を改めて感じたアリーシャだった。




