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落ちこぼれ魔女が紡ぐ幸せの魔法  作者: 神山れい
第二章 魔法の可能性
16/29

 ──ノアの姿を見た両親、国王と王妃は、それはそれは大喜びだった。王妃は涙をいくつも流し、ノアを強く抱きしめている。国王も傍で赤い瞳に涙を滲ませていた。

 致命傷を負ったと聞けば、誰でも最悪を想定する。二人は、兵士達は、国民は、ノアの帰還を諦めていたかもしれない。

 そこにノアが傷一つない元気な姿を見せたのだから、二人の喜びもひとしおだ。ノア自身はどうすればいいのかと困惑している様子だが、小さな声で「ただいま戻りました」と呟いていた。


(本当によかった。ノアを救うことができて。ノアがこうして無事に帰ることができて。……けれど)


 どうしても、心のどこかで羨ましく思ってしまう。

 ノアがいなくなると、悲しむ人達がいることに。

 アリーシャは世界から姿を消したことになっているはずだ。だが、そうだとしても、誰も悲しんではいないだろう。いなくなって清々したと思われているかもしれない。

 ──もう、元の世界に帰ることはない。ここにいない者達にどう思われているかなど、気にしても仕方がない。

 わかっていても、比べてしまう。羨ましいと思ってしまう。

 どこまでも、どこまでも染み付いている。染み付いてしまっている。忘れたいと願っても、忘れられないほどに。

 暗く沈んだ気持ちに囚われそうになり、自然と顔が俯いていった。


「アリーシャさん」


 顔を上げる前に、やわらかく優しく包み込まれる。その人が王妃だと気付くのに時間はかからなかった。


「え、あ、あの」

「ノアを救っていただき、ありがとうございます」


 身体が離れたかと思うと、青空のような瞳に涙を滲ませている王妃が頭を下げる。


「お、お顔をあげてください! わたしにそのような」

「いいえ、いいえ。貴女はわたくし達の、ノアの命の恩人。ここで頭を下げなければ、いつ下げると言うのです」


 王妃の後ろに控えていた国王も、アリーシャに頭を下げた。


「王妃の言うとおり。アリーシャさん、あなたにはいくら礼を言っても言い足りないほどだ」

「わたしはできることをしただけなので、その」


 この状況に耐えられなくなったアリーシャは、助けを求めるかのようにノアを見た。というよりも、国王と王妃はアリーシャの力を見ず、ノアの話だけを聞いて信じたのか。


「父上、母上。アリーシャが困っていますので、その辺りで」


 アリーシャの傍にやってきたノアが、頭を下げ続ける二人にそう言った。ようやく国王と王妃は頭を上げ、その瞳に滲む涙を拭う。


「あ、あの、このようなことを申して本当に恐れ多いのですが、国王様も王妃様も、わたしの力を信じてくださるのですか」


 その目で、確認したいとは思わないのですか。そう続けたいところだったが、唇を噛み締めて止める。

 国王と王妃は潤んだままの目を合わせると微笑み、アリーシャを見た。


「ノアは、嘘をついたことがありませんからね」


 とても真面目なのですよ、と王妃はそう話した。


「そのノアが、アリーシャさんの不思議な力で救ってもらったと言うのです。ならば、それは本当なのだろうと、我々は信じることにしました」


 国王が口元に笑みを浮かべる。ノアを見ると、彼は左手を首の後ろに持っていき、照れくさそうにしていた。


「別の世界から来られた、という話も、ノアが言うのであればそうなのだろうと」


 アリーシャが親子の再会を見て羨んでいる間に、もうそこまで話をしてあったのか。それもまた、ノアが言うのであれば信じると。


「住む場所もまだこれからだとお聞きしました。この城を拠点にしてください。部屋もお好きなところを」

「で、ですが、王妃様。そこまで甘えるわけには」

「せめてもの礼であり……そして、申し訳ありませんが、これからもその力をお借りしたいのです」


 頼ってもらえるとは。アリーシャは「はい」と震える声で小さく呟き、頷いた。それは構わない。むしろ、そう言ってもらえたことが嬉しい。

 傷ついた人を癒し、攻撃から守ることくらいしかできないが、魔法で役に立ちたいと思っていたのだ。

 けれど、脳内で両親やウィリアムの声が響く。

 お前の力など、役に立つものかと。

 足元から冷えていく。できることが限られていても、役に立ちたいと決意したばかりなのに、これまで向けられていた悪感情が蝕んでいく。


「父上も母上も、アリーシャの魔法を見れば必ず驚きます。彼女の魔法は、とてもあたたかく、何よりも数多の可能性に満ちていますから」


 ノアの言葉でアリーシャの胸に光が差し込んだ。蝕んでいた悪感情も消え、今は決意のみがしっかりと胸にある。


「いつになく饒舌だな」

「アリーシャさんの部屋も、自分の部屋の隣がいいと言うほどですから」

「べっ、別にいいではないですか。本当にアリーシャの魔法はすばらしいものですし、部屋だって、空いているのは事実ですし」


 国王と王妃にからかわれ、ノアは顔を真っ赤にして俯いた。


「これから食事などもすべて用意させますからね。アリーシャさんは、ここをご自身の家だと思って過ごしてくださいな」

「……っ、本当にありがとうございます」

「あとは、レオとルカか。今は留守にしているため、またどこかで紹介しよう」


 ノアには兄が二人いると聞いていたが、名は初めて聞いた。

 二人は国王と王妃に頭を下げ、部屋を出る。ここまで案内をしてくれていた兵士が扉の外でいたものの、敬礼をして動く気配はない。アリーシャは感謝の気持ちを込めて頭を下げ、その場を離れた。

 今度はノアに案内される形で城の中を歩く。廊下にも装飾が施された赤い絨毯が敷かれており、足音はそこまで響かない。


「アリーシャ、必要なものがあれば何でも言ってほしい。何かないか?」


 何か、と言われ、アリーシャは考え込むように視線を彷徨わせる。

 生活に必要なものは城にあるだろう。これがないと困るというものは特にない。では、それ以外に何か。


「あっ」

「どうした?」

「宝石はありますか?」

「宝石?」


 アリーシャは小さく頷いた。


「珍しいものではあるので、難しいとは思うのですが……」


 元の世界では、マジックアイテムがありふれていた。このアイテムは炎を出す、水を出す、雷を落とすなど、簡易的なものならできてしまう代物。使い捨てにはなるが、それをこの世界でもできないかと思ったのだ。

 ただ、元の世界でのマジックアイテムは特殊な小瓶に入っている。ここでそれを用意することは難しいと思い、宝石を提案したのだ。


「宝石は、魔法との親和性が高いです。なので、宝石にわたしの治癒魔法を込めようと思っています。そうすれば、わたしがいなくても治癒が可能になるので」


 マジックアイテムの作成は授業で習った程度だが、知識としてはしっかりとある。これがうまくいけば、アリーシャがいないところでも、マジックアイテムにより多少の怪我であれば治癒できるだろう。

 ずっと、気にはなっていたのだ。ティンタジェルの村で負傷した兵士達。彼らは、手当てはされていたものの、それだけだった。

 つまり、この世界には、魔法だけではなく回復薬というものがない。怪我をすれば手当てをし、身体が持つ生命力や回復力を頼りにしている。

 それが悪いことだとは言わない。ただ、魔王に狙われているのであれば、悠長にはしていられない。

 治癒魔法が込められれば、防御魔法も込められるようになるだろう。そう簡単にうまくいくとは思わないが、成功すれば、これは。


(みなさんの命を護るものになりますし、何より……)


 この力を、役立てられる。いや、とアリーシャは唇を噛んだ。

 ──これは、建前だ。本当は、何もしていない時間が怖い。不必要だと思われるのが怖い。だから、何かしていたいと気持ちが焦る。

 なんて、浅ましいのだろう。

 そんなことをアリーシャが思っているとは露知らず、宝石か、とノアは腕を組み、首を傾げている。


「それはきちんとした形になっていないと駄目か? 例えば、加工する際にできた欠片でもいいのだろうか」

「あ、欠片で十分です。わたしがしようとしていることはマジックアイテムの作成なのですが……一度使えば、それは塵となってしまうので」

「では、明日にでも揃えさせよう」


 そんなにすぐ用意できるものなのか。と、話している間に、ノアの部屋に着いたようだ。アリーシャの部屋は、その隣。ノアに促され部屋の前へ行き、おそるおそる扉を開く。


「わあ……」


 なんと広い部屋なのだろうか。大きな窓、赤い絨毯。ベッドも天蓋が付いており、一人で眠るには広い。ドレッサーも置いてあり、本当に至れり尽くせりだ。

 このような部屋に、住まわせてもらってもいいのだろうか。それも、何も支払わず。


「気にせず使ってくれ。もし何か使い方がわからないものがあれば、遠慮なく訊いてほしい」


 隣にいるから、とノアは微笑む。


「あとは……そうだな、肩の力も少しは抜こう」


 ノアは気が付いていた。アリーシャが焦燥感に駆られていることに。

 夕食までは休憩しようと一旦別れ、アリーシャは自室として与えられた部屋のベッドに腰掛けた。

 その瞬間、沈んでいく身体。なんてやわらかいベッドなのか。そのやわらかさに思わず寝転んでしまったが、その身体を優しく包むようにしてベッドは沈む。


「焦らなくても、いいのでしょうか」


 何もしていないと、怒られはしないだろうか。

 いまだ不安はあるものの、ノアの言葉がアリーシャの気持ちを少し楽にする。

 疲れとこれまでの緊張からの解放、何より気持ちが少し楽になったことから、抗えないほどの眠気が襲ってくる。

 瞼がゆっくりと閉じていき、アリーシャは夢の世界へと旅立っていた。

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