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落ちこぼれ魔女が紡ぐ幸せの魔法  作者: 神山れい
第二章 魔法の可能性
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 ティンタジェルの住人に見送られながら、アリーシャは初めて「馬車」と呼ばれる乗り物に乗ることになった。

 前方には馬という生き物が繋がれており、アリーシャ達が乗っている荷台を引っ張っていくそうだ。

 馬を初めて見たとき、その大きさ、凛々しさに思わず驚嘆の声を上げてしまったほど。毛並みが綺麗で、とても大事にされているのがよくわかる。

 前には兵士が一人乗っており、手綱と呼ばれるもので馬に指示を出すそうだ。ただの紐のように見えるが、それで指示を理解するのだから馬は賢い生き物なのだろう。

 ただ──初めてでこの揺れに慣れていないためか、目の前がグラグラと回り、気持ち悪さが込み上げてきていた。揺れで三半規管が刺激されてしまったのだろう。住人の厚意で馬車を貸してもらうことができたというのに、なんて有様か。


「アリーシャ、顔が真っ青だ。少し横になったほうがいい」


 どうやら顔面蒼白になっていたようだ。失礼にならないだろうかと気にはなるものの、ノアに促され身体を横にする。

 何故か、ノアの太ももあたりに頭を乗せることになったが。


「あの、ノア? これは?」

「寝心地は保証できないが、ただ寝転ぶよりはいいかと」

「す、すみません、お気遣いありがとうございます」


 誰かに膝枕をしてもらうなど初めてだ。それもまさか、ノアに膝枕をしてもらうことになるとは。

 ガタンガタンと規則正しく聞こえる音に耳を傾けながら、ほろと呼ばれる布で覆われている天井を見上げる。

 外は眩しいほどに輝く太陽。ゆっくりと流れる雲。そよそよと吹く爽やかな風。元の世界と、何ら変わらない。

 この状況を両親やウィリアムが見れば、何と言うだろう。落ちこぼれが何をさせているのかと怒るかもしれない。この程度の揺れに対応できないとはと嘲笑うかもしれない。

 ──と、そこまで考え、アリーシャはハッと我に返った。


「アリーシャ?」


 ノアの声に、アリーシャは視線を彼に向ける。

 元の世界と何ら変わらない世界だが、ここは別の世界。当然、両親やウィリアムは存在しない。

 それでも、こうしてあの人達のことを考えてしまうのは、そのような生き方しかしてこなかったからだ。


「……両親や、兄のことを考えていました。今のこの状況を見れば、どう思うのだろうかと」

「訊いてほしくないことだとは思うが、教えてほしい。アリーシャは、元の世界でどのような生活を送ってきたんだ?」


 ノアから視線を逸らし、再び天井を見る。


「あの人達が思い描く落ちこぼれらしく生きなければ、叱責される日々でした」


 必死に努力し、辛くとも苦しくとも涙は流さず弱音は吐かず、笑みを浮かべるなどとんでもない。それを少しでも崩してしまえば、頭ごなしに怒鳴られる。

 少しでも弱音を吐けば落ちこぼれのくせに甘えだと言われ、家族と過ごすことすら最低限しか許されない。アリーシャには何もかもが贅沢だと。

 優しい言葉をかけてもらった記憶はない。あるのは、罵りだけ。


「……なんだ、それは。許されることではない」


 眉間に皺を寄せ、険しい表情を見せるノア。他人の話を聞いて怒れるところも、彼のすばらしいところだと思う。だから。


「嬉しいんです。こんなわたしのために優しくて素敵な言葉をかけていただけて」

「また、卑下している。俺は、アリーシャに自分を卑下してほしくない」


 でも、とノアは右手でアリーシャの右頬に触れた。いまだ眉間に皺を寄せてはいるものの、その手は優しく、あたたかい。


「そうさせているのは、アリーシャの家族なんだな。すごく、腹立たしい」


 ノアが初めてだ。こんなにも、自分のために怒ってくれる人は。


「……アリーシャ、俺には過去を消す力はない。変える力もない」

「ノア?」

「だが、これから新しい思い出を作ることはできる」


 新しい思い出。目を丸くしていると、そっと頬を撫でられた。


「これから、二人でたくさん作っていこう。これまでアリーシャができなかったことも、一つ一つやっていけばいい。時間は、いくらでもあるんだ」

「割り込んで申し訳ありませんが……ノア王子、アリーシャ様は別の世界から来られたのですよね? いつかは帰られるのでは?」


 前にいた兵士が会話に入ってくる。兵士の言葉のどこに何を思ったのかはわからないが、ノアは焦りを顔に滲ませた。


「アリーシャは……いつかは、帰ってしまうのか?」


 元の世界に帰る──そんなこと、考えたこともなかった。帰る術もないため、この世界で生きていくことばかりを考えていたくらいだ。

 どうしてかはわからないが、ノアはそこに焦りを感じたようだ。アリーシャはノアの右手に自身の手を重ねる。


「帰ることは考えていません。というよりも、わたしにその術はありませんので……この世界で、生きていこうかなと」

「そ、そうか! そうか、よかった」


 ぱっと笑顔を咲かせ、胸を撫で下ろす様子を見せるノアに、兵士は小さく噴き出した。


「よかったですね、ノア王子」


 うるさい、と兵士に不機嫌に返し、ノアは唇を尖らせる。

 知らないことばかりだが、焦らずに一つずつ知っていけばいい。そして、いつかは。ノアと笑いあえるように。


「ノアの母国は……モルガンの国は、どのようなところなのですか?」


 こちらが話してばかりだったため、ノアの話も聞いてみたい。問いかけてみると、ノアは口元に笑みを浮かべた。


「活気のある国だ。ティンタジェルでもそうだったが、気さくな者が多い」


 ただ、とノアはアリーシャの頬から手を離し、腕を組んで目を伏せる。


「魔王さえいなければと思う」


 はるか昔。聖剣エクスカリバーを手にしたアーサーが倒したはずの魔王。

 しかしながら、二、三年前に突然魔王と名乗る者が現れたとノアが言っていた。


「手下どもは、何の予兆もなく姿を現す。今回もそうだ。ティンタジェルの村を襲おうと現れた」

「魔王の目的は何なのですか?」

「初代魔王は、世界を支配しようとして敗北した。今の魔王はその仇討ちと、人間狩りが目的だ」


 ノアは伏せていた目を開け、左手で前髪をくしゃりと握った。


「初代魔王は、一人の人間に倒された。同じ轍を踏まないようにとしているんだ」


 だから、人間を狩ろうとしているのか。無慈悲に攻撃を仕掛け、破壊の限りを尽くそうとする。

 なんて、酷い話──と奥歯を噛み締めようとしたとき、ノアの両手でアリーシャの顔が包まれた。かと思うと、両側から頬を引っ張られる。


「な、なにしゅるんれすか!」

「暗い顔をさせてしまっていたからな」


 にやりと意地悪な笑みを浮かべるノア。ぱっと頬が離され、アリーシャは自身の両手で顔を包むようにして触れた。

 意外と痛みはない。しっかりと加減をしてくれていたようだ。

 ノアは幌のない部分から見える外を眺めている。横になっているアリーシャからは外を見ることはできないが、もう随分と走っているはずだ。

 この穏やかな時間も、今は何事もなく過ごせているだけで、いつ壊されるかわからない。そんな恐怖が、常に付き纏う。


(本当に、魔王さえいなければ)


 何もしてこない今でも、魔王はその存在で人々を恐怖に陥れている。直接の被害がない今でも、人々の平穏を奪っているようなものだ。

 もしも、これが元の世界の話なら。冒険者達はこぞって魔王を倒しに行くのだろう。戦う術を持つ者ばかりだ、魔王の存在に悲観することもない。むしろその存在が前進への意欲に繋がるはずだ。

 けれど、ここは違う。戦える者が限られ、人海戦術が精々だろう。


(わたしにも、戦う力があればいいのに)


 治癒と防御の魔法で、役に立てるだろうか。役に立ちたい。アリーシャは静かに目を瞑った。

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