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今でも、忘れられない。
それは、アリーシャが五歳になったばかりの頃。信じられないと言わんばかりの、両親の蔑んだ目。
その目が怖く、アリーシャは震える両手を前に出し、必死に魔力を込める。短く息を吸って下位の攻撃魔法の呪文を唱えるも、それは発現せずに終わった。
魔力も十分に込めている。呪文も間違ってはいない。それなのに、どうして。アリーシャは困惑しながらも、力なく両手を下ろした。
先程までは、順調だったのだ。
魔法使いや魔女が使える治癒魔法と防御魔法はすべて発現した。
しかし、攻撃魔法だけが何故か発現しない。下位のものから上位のものまで、試せるものはすべて試したが、何も起きることはなかった。
この攻撃魔法こそが、最も重要にもかかわらずだ。
「我がホワイト家に泥を塗る気か、アリーシャ!」
「ウィリアムは貴女と同じ年頃には、下位の攻撃魔法程度は扱えていましたよ!」
額に青筋を浮かべた父と目を吊り上げる母からの怒声に、アリーシャはびくりと肩を揺らす。両親から目を逸らしたくて屋敷に視線をやると、自室の窓からこちらを見ている兄のウィリアムを目が合った。彼もまた、汚いものを見るような目を向けている。
アリーシャを庇ってくれる者は、誰一人としていない。
このままでは駄目だともう一度両手を前に出すも、父の「もういい」と言う声が響いた。
「何度やっても無駄だ。この出来損ないが」
吐き捨てるように言うと、両親はアリーシャを残してその場を去ろうとする。慌てて追いかけ母の腕を掴むも、その手は勢いよく振り解かれてしまった。
アリーシャは小さな悲鳴を上げ地面に座り込むも、両親は手を差し伸べずに冷たい目で見下ろすばかり。それでも、アリーシャはめげずに言葉を発した。
「わたし、がんばります! だから」
「貴女には失望しました。下位の攻撃魔法など、努力せずとも扱えるものです。それすらも扱えないなんて」
「恥さらしもいいとこだ」
猶予は与えてもらえず、両親は屋敷へ入って行った。
その日から、アリーシャは両親に認められたい一心で、攻撃魔法について毎日向き合ってきた。ありとあらゆる文献を読み、魔導書に書かれている内容を一通り試す。
幼少期から毎日そのように過ごし、二十二歳を迎えた現在──アリーシャは、ウィリアムの手によって見知らぬ場所にいた。
地面に片膝をつけて跪き、アリーシャの左手を握る一人の青年。服の上からでもわかる逞しい身体。だが、手を握る力は壊れ物にでも触れるかのように優しい。太陽の光を浴びて透き通るような白い肌はどこかまぶしく、金色の髪はキラキラと輝いている。顔立ちも整っており、まるで童話に出てくる王子のような仕草がよく似合う。
「アリーシャの力は、素晴らしいものだ」
これまで言われたことがない言葉に思わず心臓がはねたが、すぐに我に返りゆるゆると首を横に振った。社交辞令でも嬉しいが、見知らぬ場所にいるという現実が答えだ。
だが、切れ長の赤い瞳はまっすぐにアリーシャを映し、離さない。今し方の言葉に嘘偽りはなく、本当にそう思っているのだと語りかけてくる。
これが、アリーシャとノア・フォン・モルガンとの出会い。
ノアとの出会いが、アリーシャを変えていくことになる。