頭でっかちに育ったご令嬢との結婚で・・・。
アシュレイは絶賛パニック中だった。
子供の頃から婚約していて特に問題も起きず結婚までこぎつけた。
伯爵家へ嫁ぐ子爵家の娘として必要な知識はきちんと教えられ、マナーも格上の家に嫁ぐ覚悟も完璧に教えられていた。
その中には当然、閨教育もちゃんとあった。
それも百点満点がもらえるほどあらゆる事をアシュレイは頑張った。
少々勉強を詰め込みすぎて頭でっかちなきらいがあることはアシュレイも夫になるベントルにも伝えられていた。
婚約期間何事も問題は起こらず仄かな愛を育てつつ二人は結婚式を迎えて、何も問題なく初夜を迎えようとしていた。
アシュレイはベントルの仕草一つ一つにドキドキして、閨教育で教えられたどんなことをされるのかとワクワクしていた。
初めての口づけは結婚式で済ませた。手を取られベッドに横たえられる。
いよいよだわ。
アシュレイの期待は限界マックスまできていた。
ボタンがひとつ、一つ、またひとつ外されて頭に血が上りすぎて鼻血が出るかもしれないと思うほど興奮していた。
下着が取り除かれベントルの手が誰にも見せたことのないところに伸びてきて、触れられた途端アシュレイはあらん限りの声で叫んだ。
「きゃぁあああああああああああああっ!!!!!」
アシュレイの視線はベントルの股間に固定されたまま、視線を離すことはなかった。
ベントルは驚いてアシュレイから離れる。
ベントルの興奮していたものがこれ以上縮めないほどに一瞬で萎んだ。
廊下で誰かが「どうされましたか?」と声を掛けているのが聞こえるが、ベントルはどうすれば正解なのか答えが見つけられない。
アシュレイは「むり!ムリ!無理!!むりっーーー!!」と声を上げながら首を横に振っている。
ベントルはハッとして「何が無理なんだ?」とアシュレイに聞くと「そ、それはなんですかっ?!」と涙を浮かべている。
「それ?」
うんうん頷くアシュレイ。
アシュレイはベントルの股間を指差して「それです!!私とは全く違うではないですかっ?!」アシュレイの指がブルブル震える。
ベントルは少し冷静になりつつあった。
縮こまって小さくなってしまったものを見下ろして数度瞬きする。
「男と女の違い閨教育で知っているよね?」
「でも、・・・」
「ん。なんだい?ちゃんと言ってくれないと解らないからね」
「胸が膨らむのが女性でぺったんこなのが男性なんですよね?ベントル様のような物を私は見たことも聞いたこともありません!!」
ベントルは子爵家の閨教育はどうなっているのだろうかと首を傾げる。
それともお嬢様とはこういうものなのだろうか?
そして冷静に今日はこれ以上進むことはないと気がつく。
脱がせた下着を穿かせて、外したボタンを留めていく。
アシュレイをベッドから起こしてガウンを着せかけ、帯を締める。
自分の身支度も整えて外で騒いでいるアシュレイの侍女を中に入れる。
「ヨラーナ!!」
「お嬢さ、いえ奥様!どうされましたか?!なにか酷いことをされましたか?」
その言葉にアシュレイはうんうん頷く。
いや、酷いことされたの私だと思うんだけどね。
「旦那様!お嬢さ、いえ、奥様に何をされたのですか?!」
酷い濡れ衣だと思ったが父親に「興奮している女性には何を言っても無駄だから逆らうな。冷静になるまでじっと我慢するんだ」と教えられてきたのでベントルはヨラーナが落ち着くのを黙って待っていた。
ベントルが何も言わないからかヨラーナはどんどん興奮していき、山が過ぎると落ち着いて冷静になってきた。
「落ち着いてもらえただろうか?」
「・・・はい。失礼いたしました」
「アシュレイは男性の体と女性の体の違いを知らなかったようなんだ」
「へっ?」
「男と女の違いは胸だけだと思っていたらしい。初めて目にした男の体に驚いたようだ」
「えっ?お嬢様?閨教育を受けたのではないですか?」
「私はちゃんと受けました。合格点も貰いました!!」
「教育が足りていなかったようだね。さて、どうしたものやら・・・」
「も、申し訳ありません!!」
ヨラーナが謝罪を述べるがヨラーナが悪いわけではない。
両親も扉の前で呆然としている。
「ヨラーナ。アシュレイの閨教育から始めてくれる?」
「解りました。お任せください!!」
「いや、不安しかないからね。教師はこちらで用意するね」
「よ、よろしくお願いします」
寝室から出ていくと父に肩をポンと叩かれて虚しい気持ちで一杯になった。
一瞬自分の下半身に目をやって次回、役に立つかちょっと心配になった。
こちらが用意した教師に男女の違いからどんなことをするかまでしっかり教えてもらって再チャレンジとはならなかった。初夜から二週間が経っても。
二週間経ってもアシュレイは「あんな大きなもの入りません!!」と頑なに拒否していたからだった。
教師は途方に暮れて赤ん坊を連れてきて「この頭が出てくるところなので、入ります」冷静に説明したら「そんな大きなもの出せません!!」とアシュレイが興奮して涙を流していた。
アシュレイの母親と姉にも来ていただいて色々なだめられたり、説得されたりしてちょっと前向きになったのが更に十日ほど経ってからだったろうか?
更に二週間経ってもまだ「無理!無理!!無理!!!」と言っている。
また一週間が経ってもまだ「むり!ムリ!!無理!!!」と言っているのでベントルはアシュレイに尋ねることにした。
「アシュレイはどうしたいのかな?」
感情を揺り動かさないように細心の注意を払って適切な距離を取って尋ねる。
「閨ごとをしないままでお願いします」
「ごめんね。それは出来ないんだ。私はこの家の跡取りだから、私の後を継いでくれる子供が必要なんだ。どうしても嫌なら離婚するっていう方法もあるよ」
「えっ?離婚ですか?!どうして?!!」
頭を抱えたくなるのを必死で堪えた。
「白い結婚って聞いたことない?」
「白い・・・聞いたことあります。旦那様に愛してもらえなくて婚姻解消される・・・」
「そうだね。閨ごとをしなかったら僕とアシュレイがその白い結婚になるね」
「えっ?私愛してもらえないんですか?」
「その愛してもらえないって言うことが閨ごとをしないってことなんだ」
「知りませんでした・・・」
「私はアシュレイがどうしても無理なら白い結婚でもいいと思うよ。ほんの三年我慢したら白い結婚で婚姻解消できるから、アシュレイの望み通りになるんじゃないかな?」
「でも・・・」
「申し訳ないけど離婚するか、白い結婚か、閨ごとを受け入れるかの三択しかないんだ」
「結婚したまま閨ごとをしないっていうのは駄目なんですか?」
「う・・・ん・・・そうだね。誰も幸せになれないからそれは無理かな。アシュレイと閨ごとが出来ないなら私は愛人を持たなければならない。子供を産んでもらう必要があるからね。アシュレイは私が他の人と楽しくしている間一人で待っていられるのかな?」
「愛人・・・?」
ベントルは必死でため息が溢れそうになるのを必死でこらえる。
「愛人は駄目だってお母様がっ!」
この子の教育はどうなっているんだろうか?
学園入学前の子でももうちょっとマシなんじゃないだろうか?
「そうだね私も駄目だと思うよ。だから三択なんだ。アシュレイの好きに選ぶといいよ。一週間後にどうするか返事を聞くから三つのうちどれを選ぶか教えてね。ヨラーナ、あとは頼むね」
「かしこまりました」
それからベントルはアシュレイと関わらなかった。
存在を忘れていたと言ってもいいかもしれない。
ベントルは正直もうどうでもいいと思っていたのですっかり忘れていたとも言う。
今更閨ごと受け入れますと言われても霧散してしまった愛情をかき集めるほうが大変だと思っていたので離婚したいなと思っていた。
そんな風に思っていたからだろうか、一週間と言っていたのに十日経ってもアシュレイのことを忘れていた。
思い出したのは執務室にヨラーナが来たからだった。
「ヨラーナ・・・」
まだ居たのかという言葉は呑み込んだ。
「お嬢さ、いえ、奥様が約束の日が過ぎているのに旦那様が来られないので気になさっております」
「すまない。すっかり忘れていたよ。今から伺ってもいいのかな?」
「・・・はい」
「では五分後に伺うよ」
「お待ちしております」
「アシュレイすまない。約束の日をうっかり忘れてしまって」
適切な距離をとって腰を下ろす。
「忘れていたのですか?」
「ああ、本当にすまない。で、答えは出たのかな?」
「答えは出ませんでした」
「そう。ならご両親の元に帰ってみてはどうかな?」
「帰る・・・?」
「そう。この家に居てもすることないでしょう?」
「それは、はい」
「今の状況で仕事を任せるわけにも行かないしね。ご両親に甘えてくるといいよ」
「解りました・・・そうします」
「お嬢様!!」
ヨラーナは両親の元に帰るという意味を正しく理解しているが、アシュレイは理解できていないのか。
ヨラーナに任せたのが間違いだったかな?
「では、準備をして帰るといいよ。私に声を掛ける必要はないから。ヨラーナ。子爵と話がしたいと伝えてほしい」
「・・・解りました」
「じゃ、アシュレイ。さようなら」
「えっ?」
ベントルは振り返らずにアシュレイの部屋を後にした。
その日のうちにアシュレイは両親の元に帰ってくれて、頭を抱えたくなるような状況からは取り敢えず抜け出すことができた。
後日父親同士で話し合いがされ離婚か白い結婚のどちらにするのかで少し揉めたらしい。
アシュレイに離婚歴を付けたくない子爵が白い結婚にと言い、父はさっさと縁を切りたいので一日も早い離婚をと二人が別々のことを望んだので揉めたらしい。
どちらにしても酷い醜聞なので私としてはもうどちらでも良かった。
更に日にちが経って父同士の話し合いが終わって離婚が成立した。
結局こうなったかとため息を吐く。
結婚式の費用をあちらが負担することだけで片がつくことになった。
私としては傷ついたハートの補償をしてほしいくらいだと思った。
離婚が成立しても時折アシュレイから手紙が届くが私は返事は書かないことにした。
初めの一〜二通は目を通したが内容はいつ頃伯爵家に戻ればいいでしょうか?と書かれていたのでその後は目も通さず文箱に入れて終わっている。
離婚後三ヶ月が経ってもまだ手紙が届くので恐る恐る手紙の封を切った。
書かれている内容はまた、いつ伯爵家に戻ればいいのでしょうか?と書かれていて怖気が走った。
もしかしてアシュレイに離婚したことも伝えていないのだろうか?
手紙の返事を書くべきかもしれない。既に離婚していると。
一応手紙を父に見せると確認してみると言うので返事は書かず父に任せることにした。
私は新たな結婚相手を探すのに苦労していた。結婚後すぐにアシュレイは実家に帰ったし、それっきり離婚したから離婚歴も付いてしまったしなぁ・・・。
どこから漏れるのか、私とアシュレイの初夜のやり取りが面白おかしく貴族の中で広まっている。
広めた犯人は母で「これでもわたくしはベントルの援護射撃をしているのですよ」と堂々と言ってのけた。
いや、恥でしかないから。
まさかの母の援護射撃のおかげなのか私とアシュレイとの初夜の話が出回るとポツポツとお見合いの話が出てくるようになった。
今まではこちらからの打診にいい顔をしなかった家のほうから見合いの打診もあったりしたが、一度打診をして断られたところは今度はこちらから断った。
何人かとお見合いしてみるとアシュレイとの違いを知ってしまった。
アシュレイとの長い婚約期間、女性はこういうものなのだと刷り込まれていたのだと知る。
婚約者がいるからと女性との交流をあまりしてこなかったことが失敗だったのだと気がついた。
アシュレイはよく言えば純粋無垢。率直な意見を言えば幼児から成長をしていない勉強ができるだけのお姫様だった。
見合いをする度に一般の女性はこんなにしっかりしているんだと感動してしまうほどだった。
お見合いを重ねる度に女性のいろいろな面を知れてもっと他の人と会えばもっといい人が現れるのではないかと、私は勘違いをし始めていた。
それに気づかせてくれたのは父で「十人いれば十通りの個性を持った女性はいるだろう。でも、もっと、もっとと上ばかりを見ていると誰にも相手にしてもらえなくなるよ」と言われて、それもそうだと納得した。
今までに会った女性の中で一番気が合いそうだと思った女性をデートに誘った。
コルトレット・ジュスタン伯爵令嬢。同じ年。結婚したくなくてことごとくお見合いを断っていたが、十九歳という年令になって親が慌てて見合いを強行して私と初のお見合いをすることになった。
最初は嫌々だと言うのが手に取るように見て取れたが、話し始めると驚くほど気があった。
切手と帽子の収集癖のある私とドレスの収集癖のあるコルトレットは互いの収集物の自慢を話し、聞くことでとても話が盛り上がった。
コルトレットは自分の収集物を自分のお金で買いたい主義らしく、商会を一つ父親から譲り受けてその稼ぎでドレスを買っているらしかった。
私よりしっかりしているところにも感心した。
二度目のお誘いは断られるかと思ったが意外にも直ぐにOKの返事があり、デートすることになった。
話はトントン拍子で進んで結婚の了承を貰えて婚約することになった。
ただドレスに執着があるコルトレットは一からドレスを作る事にこだわったので結婚までに四ヶ月の月日を要した。
私は父に今度はちゃんとした閨教育をしてもらえるようにお願いして、こちらの教師を送り込んだところコルトレットは初夜で何をするかちゃんと理解していたと教師から教えられた。
コルトレットに会ったときに謝罪をすると「前回の結婚の話は聞きかじっていましたので、お気になさらないでください」と優しい対応をしてくれた。
来週が結婚というときになってもアシュレイからの手紙が届いて私は驚きを通り越して不気味さを感じた。
手紙に目を通すと私と閨をともにする覚悟ができたというもので、だから当家に戻りたいと言うことだった。
私は既に離婚しているのでアシュレイとの関係は断たれていると返事を書いた。
そして父にアシュレイからの手紙をまた見せて「対応をしてくれたのではないですか?」と尋ねた。
「私はちゃんとあちらの家に手紙を送って離婚したことをアシュレイに話すように依頼した」
「その割にはアシュレイが理解していないようなのですが?今度の結婚にケチが付いては困るのですが」
「そうだな。私が直にアシュレイに会って話をしてこよう」
父はため息とともに約束をしてくれた。
「どこまでいってもアシュレイは祟りますね」
「そうだな・・・」
父がアシュレイの父親と話した結果、アシュレイの父はちゃんとアシュレイに離婚の話は伝えていたが、アシュレイが納得していないのかもしれないとのことだった。
父もアシュレイに一時間程掛けて離婚しているからもう私とは関係が切れたことを説明したが「そんなはずはありません」と聞き入れなかったそうだ。
「申し訳ありませんがベントルの結婚式の日まで外に出ないようにしていただけますか?それと我が家への手紙は届けないでいただきたい」
と頼んできたらしい。アシュレイの父は理解を示してくれて謝罪を述べ「必ず約束は守ります」と約束してくれたそうだ。
それから結婚式、初夜も何事も起きず、今度は無事完遂できた。
心から安堵の息を吐いた。
コルトレットは商会の仕事をしているくらいなので女主人としての仕事も難なくこなして我が家は安泰だと安心した。
アシュレイからの手紙も届かないし、何の憂いもないと思っていた。
コルトレットが子供を産んで、夜会に出られるようになるまでは。
コルトレットが男の子を産んで最大級の感謝と感激を伝え、子供が三ヶ月目のお披露目も無事終えた。
そしてその噂を聞いてアシュレイは私の目の前に立ち塞がった。
夜会にコルトレットと出席した場所で。
背後にはヨラーナが控えているのに何をさせているのかと思ったがヨラーナはアシュレイの望むことを優先させる駄目な侍女だったと思い出す。
私は夜会を開催している侯爵に事情を説明してアシュレイの両親を呼んでもらうように頼んだ。
アシュレイは子供の頃から何も変わらないほほ笑みを浮かべて私の目を見て「愛人は駄目って言ったでしょう?子供ができたなんて嘘ですよね?」と言った。
「私とアシュレイ嬢はずっと前に離婚したからコルトレットと結婚したんだよ。だから愛人ではないよ」
「わたくし閨を受け入れると言ったでしょう?」
「その時にはもう離婚していたんだよ」
「そんなはずはありません。ベントルは私を愛しているでしょう?」
「それはアシュレイ嬢の勘違いですよ。愛してはいません」
「うそ!嘘よっ!!」
「嘘ではありませんよ」
それからも話は平行線で交わることはなく周りにいる人たちもいい加減飽きたのか私たちを取り巻いていた輪が崩れ、私たちだけが残された。
コルトレットは黙って私の側に立っていたが欠伸を噛み殺すようになっていたので「帰ろうか」と伝えると小さく頷いた。
「ベントルの横に立つのはわたくしよ!!」
「ベントル様とお呼びなさい。あなたはもう婚約者でも妻でもないのですから」
アシュレイがコルトレットに向かってくるので私が前に出てヨラーナを呼びつけた。
「これ以上アシュレイに恥をかかせるな!お前が甘やかすからこうなっていることもいい加減理解しろ!!」
取るものも取り敢えずといった格好でアシュレイの両親がやってきてアシュレイを連れて帰って、その日の夜会は終了した。
当然といえば当然の結果。
アシュレイはヨラーナと引き離され子爵家の一室に閉じ込められることになったらしい。
甘い処分だと思ったけれど関係ない私が口出すことではないし、私に関わらないならどうでもいいことだと思った。
我が家には迷惑料が支払われ、夜会を開催していた侯爵家にも謝罪したらしい。
これで私とアシュレイの結婚についての出来事は終わった。
今はコルトレットが二人目の子を妊娠している。
今から生まれるのが楽しみである。




