桃色王国
「…“西洋の桃源郷”と言われていた、
わたしの桃色王国を滅ぼした奴を、
絶対に見つけて仕留めてやる!!」
暗闇の中、夢国桃子は右手を強く握って決心した。
*****
2階のアパートの一室で、目覚まし時計が鳴り始めた。
裸足をふとんから出して、もぞもぞと体を動かす女性。
敷布団から起き上がった女性は、洗面所に行って朝の支度をしだした。
女性は出勤する準備を終えて、玄関から出て鍵を閉めた。
隣りの部屋の玄関から、もう一人の女性が現れた。
「おはよう!桃子!」
「おはよう!紗月!」
その後、二人は談笑しながら通勤する。
商店街にいる顔見知りの人達が、一人の女性に朝の挨拶をした。
「夢国さん、おはよう!」
「桃子ちゃん、おはよう!」
「おはようございます!」
そう、この物語の主人公が、夢国桃子だ。
二人は商店街を通り終えた後、歩道を渡ってから歩道橋に登った。
「29歳にもなって、こんなメルヘンすぎる苗字が恥ずかしくてしょうがないよ…」
「そうだよねー…あたしだったら家に引きこもって住宅ワークするかも…」
「それって冗談?」
「まあ半分は冗談」
二人は笑い合った。
二人は会社の裏口から入り、
廊下を通ってからエレベーターに乗って4階に着き、事務室へ向かった。
「おはようございます。」
会社の商品の企画の中で社長の次に偉い、大塚さんが声かけた。
「おはようございます!」
桃子と紗月は朝の挨拶を返す。
「自社の営業側で、新しくアルバイトに来るようになった女の子がいるんだよ。」
「そうなんですか!」
「兎我野ひかりさんって言うんだけど、
その子の指導を、夢国さんや長谷川さんにお願いしていいかな?
わたしは来週の木曜日までに、社長に提出する書類に掛かりたいんだ。」
「かしこまりました!」
桃子と紗月は声を揃えた。
「では、わたしはこれで失礼するよ」
大塚さんが早々に去った。
その後に桃子と紗月が話しながらエレベーターへ向かった。
「…取り敢えず、一仕事を終えたら、アルバイトの女の子に挨拶しに1階に行こうか。」
「いいよ。楽しみだなー!どんな子だろーう?」
ちなみに、桃子達が勤務する会社は、
ビーズや木製のアクセサリーを企画したり製作したり商売する中小企業の会社だ。
桃子と紗月達はアクセサリーをデザインするなどの企画側で、
新しいアルバイトに来る女の子は接客する本店舗の商売側だ。
会社のビルの構造を説明すると、
1階は本店舗で、2階が商品の在庫が置かれてる倉庫で、
3階は休憩室と応接室があり、4階は社員達が仕事する事務室があり、
5階は企画やプレゼンテーションを行う会議室があって、6階が社長室だ。
桃子と紗月は、自分の席に着き、パソコンと向かい合って、午前の仕事にかかった。
*****
エレベーターが1階に到着し、まっすぐ廊下を渡って、店内に入った。
二人は、栗色の髪に緩やかなウェーブのロングヘアの小柄な少女を見つけ、
紗月がその少女に話しかけた。
「あなたが兎我野ひかりさんですか?」
振り向いた少女は、ワンレングスで富士額の、なかなか小綺麗な顔立ちだった。
「そうです!」
「初めまして。これから兎我野さんをサポート致します。長谷川紗月です。」
「わたしは夢国桃子と申します。」
兎我野ひかりは、ポカンと桃子を見て、吹き出しながら夢国さんと呟き、
笑いを堪えながら宜しくお願いしますと会釈した。
これが、この女に対して、初めて桃子が傷ついたり、強い困惑を感じた時だった。
「でも、夢国さんって苗字だから、ディズニー好きでしょ!?アタシも大好きなんです~
今週の日曜日に、3人でディズニーランド行きませんか!?」
突然、仕事とは関係ない話を振り出されて、
桃子は頭に来たのを我慢して、正直に事情を打ち明けた。
「あの…申し訳ありませんが、わたしはそういうのあんまり得意ではありません。
それに、来週の金曜日までに新しい商品を考えなくてはいけないので、
どちらにしても、日曜日は空いてません。」
「えー!!?ディズニー嫌いとかありえない!!」
「あたしも…土曜日に他社の人との打ち合わせがあるから、日曜日はゆっくりしたいの。
また次回、兎我野さんとディズニーランド行けたらいいね。」
紗月は、どんな相手でも合わせるのが非常に上手い。
それが、桃子が紗月の尊敬する所だ。
「…何か紗月先輩の方が感じいい!
紗月先輩!アタシのことは、“ひかり姫”って呼んで欲しいな♪」
「えー……っと…“ひかりちゃん”でいいかな?」
「それも超いい!」
桃子は、この女の社会人としての不躾な言動に苛立って、
会計側にある裏の扉へ立ち去って、まっすぐな廊下に立ち止まった。
それに気づいた兎我野ひかりは、こう吐き捨てた。
「ディズニー嫌いとか、ひねくれてる!」
桃子はそれが扉の向こうから聞こえて、激しく胸を抉られた。
午後の仕事が一段落を終え、4階の事務室に入って来た大塚さんに会った。
「あの…大塚さん…」
「夢国さん。どうしたの?大丈夫?」
「アルバイトのサポートから、わたしを外して下さい。」
「どうしてだい?」
「一人のアルバイトのサポートは、一人の正社員で充分です。
さつ……長谷川さんに任せて、わたしは新商品のデザインに専念したいのです。」
「分かりました。」
「では、わたしはこれで失礼します。」
「はい。お疲れ様。
若い女性が一人でアパートに住むなんて、大変だろ?
またネギを仕送るよ。ネギはいいよー。」
「いや、うちに大塚さんからもらったネギがまだありますので、結構です…」
*****
帰りにアパートで、桃子宛ての段ボールを開けた。
「ネギはもういいのに…」
桃子が部屋に入って冷蔵庫を開けると、野菜倉庫にはネギが残り3本もあって、4本目のネギを入れた。
桃子は一息ついて床に座り、テレビをつけた。
「次のニュースです。
この1年間、各地で次々に行方不明者が見つかりました。
合計500万人です。
東京の病院では搬送しきれないため、他県の病院にも搬送されました。」
「えー!物騒だなぁ…
行方不明者の方々、大丈夫かなぁ…」
すると、クローゼットの隙間から光が漏れたのを、桃子は見た。
不思議に思って右手で触ろうとしたけど、光が消えた。
桃子は、閉じたクローゼットの中が光ったことが気になってしょうがなかった。
*****
通勤中に、桃子は紗月に昨日のニュースのこととクローゼットのことを話した。
会社に着くと、師走の如く、店長と社員達が大慌てで処置してた。
桃子は店長に尋ねた。
「どうかしましたか?」
「あっ!夢国さん!
夢国さんがデザインした2つの商品がありますよね?」
「はい。」
「それが、アルバイトの兎我野さんが…」
と店長が話しながら、2枚の図表を桃子に見せた。
「こちらの商品をこっちの商品と間違えて、予約してたお客様に売買しちゃったんです!!
両者の商品は値段が全然違いますのに!!」
「えぇぇぇ!!?」
「あれって夢国さんがデザインしたんだ。」
兎我野ひかりが会話に割り込んだ。
「道理で同じようなデザインだと思ってたのよね~。
夢国さんの責任よ!!」
兎我野ひかりは、桃子に右手で指を差す。
桃子は、殴られたような感覚で、目前が黒っぽく見えた。
4階の事務室に行くと、大塚さんは全ての事情を知ってた。
だから話が早かった。でも………
「指摘してしまうかもしれないけれど、
確かに兎我野さんの批判通り、夢国さんが考えたアクセサリーは、似たような物が多い。」
桃子は頭の中が整理できないくらいにショックを受けた。
「どうしてですか!?
仕事の足を引っ張ってるのは、兎我野さんの方なんですよ!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。またネギあげるから。」
「ネギはもう要りません!」
桃子は大塚さんの手を振り払った。
ネギが旋回しながら吹っ飛び、机上で背中合わせの2台のパソコンの間に挟まった。
そのネギを見届けた他の社員達は、どっと大笑いした。
桃子はハッと我に返り、目前が黒っぽく見えるのがなくなった。
ネギが面白くて笑いが込み上げてくるけれども、恥ずかしさの方がまさってしまい、
桃子は大塚さんに謝罪しながら深々と頭を下げた。
「感情的になってしまい、お見苦しい所を、申し訳ございませんでした。」
「いやいいんだよ。夢国さんはまだ若いから。」
「はい……以後、慎んでおきます…」
桃子は、感情の処置がしきれないまま、
現実の処置として大塚さんの指摘を認めることになった。
そう、現実の処置と感情の処置は全くもって別物だからだ。
この時、桃子が人前で怒ったのは、最後に桃色王国のお姫様だった16歳の時以来だ。
・・
桃子の感情が、また氷のように封印して奥に押し込まれた。
それっきり大塚さんからネギをしつこく仕送られなくなった。
そう、怒りは自分を守るために必要な感情なのだ。
桃子はそれに気づいたが、怒りを我慢する癖がまだ残っていた。
*****
日曜日の午前11時。
疲弊した桃子はすっかり昼近くまで寝てしまい、飛び起きて、めまいがした。
まだ兎我野ひかりに対して嫌悪感をいだいている。
“アルバイトの兎我野ひかりは、高校生だからしょうがない。高校生だからしょうがない……”
そう心の中で言い聞かせながら、ずっと泣きたいのを我慢してしばらく経つと、
とうとう号泣してしまった。
時計の針が午後12時を打とうとする。
ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
インターホンを見ると、紗月がいた。
桃子はボタンを押して返事をした。
「はーい…」
「桃子。どうしたの?
泣いてる声が隣りの部屋から聞こえたから、心配してるの……大丈夫?」
「大丈夫じゃない…そっとしておいて欲しいの…」
「お昼ご飯に高菜のおにぎり作ってみたの!
あたし、桃子みたいに料理が上手くないから、食べてみてアドバイスして欲しいのよ。」
桃子はぴくっと反応した。
「……高菜のおにぎり…?
……食べる…」
「ホント!?
それでさ、クローゼットのこととか二人で調査しようよ。」
「…うん。」
桃子は、紗月が作った高菜のおにぎりを食べ、涙が乾いた両頬を膨らませた。
「美味しい?」
桃子は2回うなずく。
桃子が咀嚼を終えて飲み込むと、ペットボトルの緑茶を飲んだ。
紗月は、今は料理のアドバイスはできないなと思い、空気を読んで桃子を見守った。
沈黙がある中、しばらく経ったその時……
閉じたクローゼットの隙間から再び光が漏れた。
「紗月!!あれを見て!!この前のクローゼットがあんな感じだったの!!」
「本当だ…!?」
それをしばらく見た後、桃子と紗月は目配せして、桃子は恐る恐るクローゼットを開けた。
まばゆい光に溢れ、目も開けられなくなった。
*****
桃子が目を開けると、真っ暗な闇の中だった。
「紗月ー!!どこー!?」
たった一人、闇の中に取り残された。
でも、西側を見ると、遠くからオレンジがかった茶色い場所を見つけた。
そこに進むしか手段がなかったため、桃子は歩いた。
そこに辿り着くと、桃子は焼け野原となった桃色王国だとすぐ気づいた。
辺りを見回すと、近くに岩に座ってるボロボロのおじいさんがいて、そばに紗月が立ってた。
「紗月!」
「桃子!無事だったんだね!」
「うん。このおじいさんと話してたの?」
「少しだけね。大丈夫ですか?って声を掛けただけ。あたしもここに来たばかりなんだ。」
「そうなんだ。
…あの、あなたはもしかして、桃色王国の生き残りですか?」
おじいさんが、桃子を見て動揺したが、恐怖心を抑えながら話し始めた。
「はい…そうです…
桃色王国の人口は、桃子さんを抜いて500万人。
全焼された王国から助かった国民は、わしだけなのじゃ…」
おじいさんはそう嘆きながら説明した。
桃子が、500万人…と呟いてから、しばらく経つと、あっ!!と何か気づいた。
その後に紗月も、あっ!!と叫んだ。
そして桃子と紗月は一斉にこう声をそろえた。
「行方不明者と同じ人数だ!!!」
「はい。ですから、桃色王国を滅ぼしたのは……
紛れもなく桃子さん自身です…」
「え!!!???」
桃子は息をのんだ。
「おじいさん!どういうことですか!?」
紗月が詳細な説明を促した。
「わしは力づくでも王女だった桃子さんに、記憶を封印する魔法の薬を飲ましたのじゃ。
そろそろ切れる頃合いかもしれないのう…」
「え? ………はっ!!」
桃子が、中学の時までに母親やお手伝いさんに先を越されて行動できない状態が続いた過去や、
小学校の時や高校の時に苛められた過去を思い出した。
それから、6歳だった桃子が、お手伝いさんの中で一番偉いメイドに注意された過去を思い出した。
「いいですか?桃子さま。
あなたはお姫様なんですから、おしとやかでなければなりません。」
そして、16歳だった桃子が、シェフに食べたい物を打ち明けた過去も思い出した。
「あの…今日の夕食はふりかけでご飯が食べたいです。
美味しい物って、体に良くないと言われてますし、
ごちそうを食べた次の日には…わたし絶対ニキビができるんです…」
「大変申し訳ございませんが…もう夕食の準備が整っています。
今日の夕食は、みんな大好きハンバーグでございます!」
そして、お城の自室に戻った桃子は、無力感に苛まれ、こう呟いた。
「わたしは肥えた蕾のまま一生を終えるのかな…」
我慢してた負の感情がひしひしと思い出され、
とうとう桃子が叫ぶと同時に、お城を爆心地として爆発した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
桃子の我慢して蓄積された負の感情が魔法のエネルギーとなり、
お城を中心に、残雪は勿論、街にまで爆炎が広がった。
叫びと爆発が終わって、視界が真っ暗になった。
目を覚ますと、現実世界のアパートの一室で仰向けになってた。
それから職を探し始め、今桃子が勤務してる会社の面接に合格してアルバイトで働き続け、
22歳の時に正社員として昇進した。
幸い、24歳の時に桃子は、入社した紗月と出会い、親友になった。
今現在、桃子は29歳。
何もかも思い出した桃子の、一筋の涙が光った。
「……思い出した…わたしだったんだ…
過保護だから、母やお手伝いさんが先取りしちゃうから、
自分で考えて行動することができないまま育って、
大人になって現実世界で1から自分を育て直した。
現実世界で会社員として生きてる時より、
桃色王国のお姫様だった時の方が遥かにやっかみを受けたり苛められてた…
そもそも、当時は嫉妬されてたことに気づかなかった。
だからもう、平凡な人になりたくて、自由になりたくて、桃色王国を滅ぼした。
もう一人の人間として生きたかったの!!」
桃子が感極まって泣きじゃくると、紗月は大事なことを伝えた。
「夢のような出来事は、毒にも薬にもなるからね。」
「そうじゃ。それにはわしも気づいてた。だから王女様が心配でならなかったんじゃよ。
だから、魔法の薬で一時的に忘れさせ、現実世界のアパートの空き部屋にワープさせたんじゃ。」
「そうなんだ…だからその部分の記憶だけなかったんだ…」
「そうじゃ。
それから、王国の人達全員もワープさせたんじゃが…
もう爆炎がこっちに向かって来て時間がなかったから、
ワープする場所はランダムになってしまったんじゃ。」
「そうなんだ…だからみんな生きてたんだ…」
「わしは、魔法の修業をしたくて、この桃色王国に引っ越したんじゃ。
だから、どうしてもここから離れられなくて、今でもここに住んでいるんじゃ。」
「あの…現実世界に連れてってあげましょうか?そちらの方が、食べ物と水も豊富ですよ!」
「もう残飯しか食べてないし、限界だから、そうするとしようかのう…」
「わたし達のアパートなら、まだ空き部屋ありますよ!
わたしが大家さんに手続きしておきますので!ワープしてくれたお礼です!」
「ありがとう…助かるよ…」
遠くの方で、開け放したクローゼットの扉から光が放ってるのを、紗月が見つけた。
「あ!あれって出口じゃない?みんな!帰りましょう!」
二人はおじいさんを連れて、出口へ向かった。
*****
おじいさんが、桃子のアパートに住むことになって、何日か経った。
桃子は、行方不明者の中から両親を探すために身元調査をしてもらった。
幸い、一番近い東京都内の病院で入院してることが分かった。
桃子は車を運転して、病院の駐車場に入れた。
面会の時間が始まった時に、桃子は両親がいる病室に辿り着いた。
ノックして扉を開けると、両親がベッドにいた。
母が一番涙を流してた。
「桃子…」
「久しぶり……パパ…ママ…」
3人で抱き寄せた。
桃子は両親に、今までのことを全部打ち明けた。
「そういうことがあったの…」
「うん。だからわたしは、今の平凡な生活を送って自立したいの。」
桃子は吐露した。
「でも、わたしはママ達の心配を汲み取れなかった…
それは本当にごめんなさい…」
「いいんだよ。」
「時々ママに会いに来てね。」
「うん。ママ達が退院する前にママ達の住まいを探すね。」
面会の時間が終わるまで、ずっと両親といた桃子。
エレベーターから降りると、駐車場で紗月がこっちに向かってた。
「紗月!」
「あたしの車も駐車場にとめてある。
あの…桃子にどうしても伝えたいことがあるの。」
「何?」
紗月が、自分の早まる心臓の音を感じながら、勇気を振り絞ってこう言った。
「あたしと…結婚して下さい。」
桃子の目が光り、嬉しさのあまり声を上げて紗月を抱きしめた。
「やったー!わたし、すごく嬉しい!
わたしも!紗月と結婚したい!」
紗月は安堵の微笑みを浮かべた。
そして、二人は別々の車に乗ってアパートへ帰った。
*****
紗月が住んでた部屋に、桃子の両親が住むようになってから、ちょっとした月日が流れた。
兎我野ひかりは、アルバイトをやめてしまった。
やめた理由は、学校の友達からLINEで仲間外れにされ続けたことで精神的に病んでしまい、
お母さんが心配してアルバイトをやめるよう忠告したからだ。
それに対して桃子は、可哀想に思いながら、アパートの一室で、料理をしている。
しばらく時間が経ってから、桃子はオーブンを開けた。
「できたー!!福島県産の桃のタルト!」
桃子は、最も見栄えが悪い桃のタルトを食べた。
「んー!美味しーい!
一番見た目がいい方を紗月にあげようっと!
あとは紗月の帰りを待つだけ!」
足音と鍵を開ける音が聞こえた。
「あっ!来た!」
紗月は玄関の扉を開ける。
「ただいまー!」
「お帰りなさーい!」
桃子は玄関の方へ駆けた。
「わたし達が結婚してから半年も経ったね。」
紗月が桃のタルトを頬張りながら言う。
「ホントだよー!」
「しっかし桃子のピーチタルト美味しい!また腕を上げたね!」
「え?そうかなぁ…ありがとっ♪
そういえば最近わたし、宝石店でアクセサリーを観察するようになったの。
それで新商品のデザインに生かしてるの!」
「そうなんだ!頑張ってるね!」
「えへへ♪」
食器の音がしながらの沈黙。
紗月が話しかけた。
「ねぇ、桃子。」
「ん?」
紗月がしばらく黙り込むが、勇気を出してこう言った。
「こういう何気ない普段の生活が一番いいよね。」
夢国桃子……いや、長谷川桃子は、
咀嚼した桃のタルトを飲み込んで、明るくこう話した。
「うん!
特別なモノなんていらない。
平凡が一番いい!!」