『世界の半分』よりも『魔王』が欲しい勇者
「 よく来た 勇者よ。わしが 魔の者を統べる王 魔王だ。
わしは 待っておった。そなたのような 若者が 現れることを……。
もし わしの味方になれば 世界の半分を 勇者にやろう。
どうじゃ? わしの味方になるか?」
はい
=> いいえ
「 では どうしても このわしを倒すと いうのだな!
おろか者め! 思い知るがよ―― 」
「世界の半分などいらん。お前が欲しい」
「ふぁっ!?」
高くかざした杖を取りこぼしそうになりながら、魔王は素っ頓狂な声をあげた。
「ごっ、ごほん――戯言をぬかすでないわ!」
平静を取り戻して――とまではいかないまでも、威厳のあるしわがれた声で魔王は続けた。
「い、意外だな、勇者よ。光の精霊に見い出され、勇者となるべく育てられた其方が、そのような冗句を解するユーモアまで持っていたとはな。剣術に魔法、そしてサバイバル術を極め、人の国の王をして「こやつは人間離れしておるわ」と言わしめた剛の者が、まったく、意外なことよ。
もっとも、人の身では消化できぬはずの魔獣の肉を喰らい、骨の折れた身で巨人相手に奮闘し、単身でこの竜王の城を突破してきたのだから、もはや人間の域からは逸脱しておると言ってよさそうだがの」
勇者は照れくさそうに頭を掻いた。
「そんなに俺の事を知ってくれているとは――既に相思相愛だったというわけだな」
「んなワケあるか!」
思わず杖を床に叩きつけ、竜王は勇者を睨んだ。
なんなんだ、こいつは?
わしは魔王だぞ?
凶悪な魔族、それらを統べる偉大な王として生を受け、絶大な力で魔物達に崇められている魔王だぞ?
この世界を手中に収め、魔物が支配する闇の国を打ち立てようと悪逆非道を尽くしてきた魔王だぞ?
「魔王は、俺のことが嫌いなのか?」
「はぁ?」
「確かに俺は、お前の手下を大勢殺してきた。だが、お前は部下の命など歯牙にもかけない。例えこの城の全ての魔物を虐殺したところで、露ほども心は痛まないだろう」
「そりゃ、まぁ――だが、語弊があるぞ。魔物はみんな、勝手にリポップするのだ。いわば、輪廻のサイクルが滅茶苦茶速いというだけよ。ゆえに心配する必要が無いというだけで、一つしかない目を花粉症で真っ赤にしているサイクロプスや、故郷に広がる口蹄疫の報せに涙するミノタウロスを見れば、わしだって心が痛むわ!」
言い終えて、魔王はハッとし、コホン、とひとつ咳を払った。
わしは何を言っておるんだ。
そういう話ではない。
ちょっと、落ち着こう。
先程、勇者はなんと言った?
「嫌っているか」だと?
そんなもの決まっておる。
わしの命を奪いに来た男を、嫌わない道理が無い。
「では、言わせてもらおうか。
見よ。
その手に持つ伝説の剣。いかにも切れ味抜群で、鋼よりも固いと言われる竜の鱗すら切り裂くとか」
――うぅ、おっかない。
「その身に纏う伝説の鎧。神聖な光を放ち、力の弱いアンデッドなら威光だけで滅ぼすとか」
――おぉ、強そう。
「その額に光る伝説の鎖。精霊の力を宿す石がはめられ、持ち主の能力を飛躍的に高めるとか」
――わぁ、高そう。
「そのすべてが、わしの命を奪うために其方が集めたものだろう。そのような者を嫌わぬ道理がないわ!」
「分かった」
凄んだ魔王をさておいて、勇者は剣を床に放り投げた。
続けて、鎧の留め具をパチン、パチンと外していき、質素な衣だけの姿になると、そのまま額の飾り石を捨てた。
「これでいいか? そもそも、これらの武具を集めたのはここに辿り着くためだ。目的を果たせた今となっては、もう、必要ない」
唖然としながら、魔王は勇者を見た。
こやつ、本気か?
鍛え抜かれた肉体、端正な顔立ち、凛々しい瞳、白い歯――うむ、なかなか悪くない――じゃなくて。
大体、わしの外見は醜悪な怪物に見えているはずだ。
緑色の皮膚は爛れ、歯は黄色く濁り、爪は伸び放題でよじれている。
髪の毛の代わりに細い蛇がうごめいていて、身に纏うローブは見る者を不安にさせる不穏な柄でびっしり埋まっている。
まともな美的センスの持ち主なら、直視するのもためらわれるような容姿だ。
実際、魔王軍の広報担当者から「魔王様、もうちょっと、なんというか、その、見た目を――いえ、なんでもありません……」と言い淀まれたことは一度や二度ではない。
「そちらも、真の姿を見せてはどうだ」
「ほう……気づいておったか、わしのこの姿が仮初のものであると」
魔王はにやりとした。
まぁ、当然の帰結だろう。
魔王軍筆頭の四戦士、通称『四騎』はみな変身能力をもっている。
彼らを打ち倒してきたからには、その首魁である魔王も変身能力をもっていると考えるのが自然だ。
「その通りだ。そなたがこれまでの戦いで目にしてきたように、魔族の中には、変身によってパワーを遥かに増すタイプのものがいる」
言いながら、魔王はふと思いついた。
これを突きつけてやれば、この勇者も青ざめるに違いない。
「そういえば、そなた、『秋のヘルブスト』を相手に一度敗走しておったろう? あやつは第一形態と第二形態で劇的に能力が変わるからな」
「ああ――あれには驚いた。第二形態が物理攻撃無効だと知らずに、第一形態で魔法力を消耗してしまっていたからな」
「クックック……ひとつ教えておこう。わしの戦闘力は、今の状態であやつの第二形態を遥かに超えておるぞ?」
勇者の顔つきが変わった。
よしよし、こうでなくてならん。
「そして、わしはその変身をあと2回残している。その意味がわかるな?」
「ああ。よくわかった。話が嚙み合っていない――ということがな」
「なんだと?」
「俺が言った『真の姿』とは、戦闘用の変身の話ではない。普段の女の子の姿の話だ」
「ふぇっ!?」
なななな、な、なんで――……!?
「驚くのも無理はない。お前は先代魔王の生まれ変わりとして生を受けたにも関わらず、可憐な乙女の姿をもって生まれてしまった。以来、真の姿を隠し続けて生きてきたのだからな」
「ざ、ざれごとをぬかすな、このたわけが! どこに そのような はなしの こんきょが あると ゆうのだ!?」
「動揺して、セリフがすべてひらがな表記になっているぞ、魔王。それが何よりの証拠ではないか」
ハッとして、魔王がふるふると首を振る。
「そ、そんなものは証拠とは呼べん。そなたの話はただの妄想、空虚な作り話ではないか。そなたの目は節穴か? 刮目して見よ、わしのこの姿を! 醜く爛れた緑の皮膚、皺と面皰にまみれた顔、骨が浮き出る歪な身体――これぞまさに魔の王たるに相応しい姿よ!」
「そうだな。その姿――第二形態でい続けなければ、お前は魔王の座を維持できないと考えた。元の姿のままでは、可憐すぎて侮られるだけだと」
「知ったような口を――」
「実際、それはその通りだったろう。特に『夏のゾマ』や『冬のヴィンター』は絵に描いたような脳筋だから、認めようとはしなかっただろうな」
勇者は続けた。
「太陽ですら自らを恥じるほど輝くブロンドの髪、晴れた空をそのまま凝縮させたような青い瞳、宝石がそのまま人の形を成したかのようなその美しさ。本来の美しい姿では、アイドルにはなれても魔王にはなれまいな」
「言わせておけば――……!」
魔王は玉座を離れ、間の階段を一段、二段と降りる。
「よくもそこまで面前でわしを侮辱出来たものよ! そなたには分かるまい! 生まれてすぐに万人の長たることを定めづけられ、心殺してその役に徹さねばならぬ苦労が! 日々死んでいく自分への追悼の想いとその悲壮が! そなたに、そなたなどに――!!」
勇者と同じ高さの床に降りて、魔王は杖を取りこぼした。
「そなたなどに、分かってほしくはなかった……」
目が熱い。
あふれ出た。
これは――涙か?
どうなっている。
どうして、目元を擦った自分の手が、誰にも見せたことのない白い肌になってしまっているの。
「リヒト」
「え?」
「俺の名だ」
夏の森を思わせるグリーンの瞳が、じっと見つめている。
「誰もが俺を『勇者』と呼ぶ。両親ですら「おお、ゆうしゃよ」と呼ぶんだ。馬鹿げているだろう? 光の精霊も、村の人々も、他国の女王も、誰もかれもが、俺のことを『勇者』と呼ぶ。俺の名を知っている者は、世界中で誰もいない。今、目の前に居る人を除いては」
「どうして……?」
「それが俺の役割だったからだ。勇者として生き、魔王を討つ。それだけが、俺に求められたものだった。歓声の中の孤独。栄光の中の虚無。気が狂いそうな笑顔の内で、俺は必死に探した。この寂寥を分かち合える誰かを。そして――」
勇者――リヒトが、一歩、二歩と前に進んだ。
「そして俺は、旅の途中、探し求める答えが得られるという『しんじつのいずみ』を訪れ、貴女を知った。貴女しかいないと思った。だから、ここへ来たんだ」
薄暗い城に燭台の灯りがゆらめき、静寂が辺りを包んだ。
長い沈黙が過ぎて、闇のとばりがわずかに朝の光を受けた。
「――ドゥンケルハイト」
魔王は囁くように言った。
「でも、わし――私は、この名前が好きじゃない。いかにも魔王っぽくて、可愛くないから」
「それなら、こうしよう。魔王ドゥンケルハイトはここで勇者と相打ちになった。そして、魔王城からは誰もその名を知らぬ青年リヒトと、美しい乙女が二人、いずこかへ旅立っていった」
銀髪の青年の、優しいまなざしと微笑みに、魔王を演じ続けた乙女はこくりと頷いた。
「彼女の名前は、なんというの?」
「そうだな――――――」
おわり