表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

魔女、異世界に飛ぶ


 あるところに、魔女がいた


 魔女は七匹の悪魔を使役し、強大な力を振るう「災厄の魔女」がいた


 これにした王様が勇者に命じた


「あれをどうにかせよ」


 その一言で魔王を倒し終わった勇者に新しい仕事が加わった


 勇者は言った


「倒すのは不可能

 封印するのも不可能


 ならば


 他の世界に飛ばしてしまいましょう」


 と
















 儀式場には、二つの影があった。

 儀式場は王城の中庭にあり、円状の舞台の周りに六つの白い柱が立っている。王城の儀式場ということもあって、円状の舞台も柱にも彫刻が施され、儀式場の外は庭園に続いていた。庭園は国花であるアドメドが咲き乱れていた。

 魔女を異世界へ飛ばす儀式は、勇者のみで行われるとされ、何人たりとも見てはならないと、勇者から王へ進言したのもあり、その場には魔女と勇者しかいなかった。

「ごめんなさい」

「なぜ謝る」

 魔女は黒いチリチリの髪を微かに揺らし、血濡れのように赤い瞳を細めた。

「王名では逆らえまい」

 魔女はつまらなさそうに魔方陣の上、用意された椅子でくつろぎながら葉巻を片手にポワと紫煙を吐いた。

「だからって」

 勇者はきつく拳を握った。グローブすらしていない手から血が滴った。

「こんな」

 それ以上が言えず、勇者は足元に目線をやった。彼女の足元には、未完成の異世界転移魔方陣が張られていた。

 勇者にとって、魔女は災厄ではなかった。いつも、苔の生えたつばの広い帽子をかぶり、濡れ羽色のローブを着ている、ちょっと変わっているけど困っている人を放っておけない人だ。彼が鎧を着ずに彼女と相対しているのはその為。彼には、彼女を害する気も、害される気もしていなかった。

 魔女は勇者の様子を見て、困ったように眉を下げた。

「馬鹿な子だな

 私は世界にとって悪にしかならんのだよ

 そういう定義を世界からされている存在だ」

 勇者たちという最高戦力が魔王城に向かう際、城塞の守りは勇者から彼女へ頼み込んだ。彼女は二つ返事で引き受けて、手下の七名と共に、魔王がいなくなり錯乱した魔物を一掃した。

 その姿は、災厄の名に恥じぬ戦いだったという。

 それを恐れた王が、勇者を使って災厄の魔女を処刑することに決めた。

 昔から、魔女と王は仲が悪かった。災厄の魔女は特に、王に対して反抗的だった。王名には従ったことはなく、彼女の信条に突き動かされて魔女は生きる。だから、王は彼女を恐れた。

 話してみれば、怖い人じゃないのに、王は対話すらしようとしなかった。

 魔女といったら王の様子にそんなもんだと軽いもので、勇者がよく憤ったものだ。

「そういえば、異世界に追放なんてよく思いついたな

 私はお前に首を落とされるものだと思っていたよ」

 魔女は足元の魔方陣をつま先でなぞった。

「異世界転移は俺の世界の流行りだから

 とっさに、ね」

「ふふ、お前の言う『超能力』や『忍術』は実に興味深かった」

 そう、この勇者は異世界から召喚されてやってきたのだ。魔女は立ち上がると、腕をこちらに開いて差し出してきた。

「なあ、トミヒコ」

 もう誰も呼ばない、日本の名前を呼ぶ。勇者は、魔女の手に自身の手を重ねると、魔女はしょうがない子を見るように笑って、勇者の手を引き、抱きしめた。

「このまま連れてってもいいぞ」

 その言葉に、勇者は涙ぐんだ。

「その方が、お前にとっては楽だと思う」

 だって、この世界に来たばかりの勇者を支え、この世界の常識と魔法を教えた恩人が、この魔女だ。

 だって、勇者が元の場所に変える方法を探してくれたのが、この魔女だ。

 だって、勇者召喚を反対し王に嫌われてしまったのは、この魔女だ。


 それを、今、異世界に飛ばそうとしている勇者に、殺そうとしている勇者に、ついてきてもいいと、死んでもいいと言った。

 責務から逃げていいと、投げていいと。

 だが

「いけません

 この国の、勇者、ですから

 民を、助けます」

 勇者が魔女を突き放すと、魔女はふんと鼻でそれを笑った。

「へっぴり腰のトミーが吠えるようになったものだ」

「それはもうやめてって」

「いいや、私の中じゃ

 お前は永遠にトミヒコのトミーさ」

 勇者としか呼ばれなくなる男は、胸があったかくなるのを感じながら、笑った。

 魔女はローブの中を少しまさぐると、彼にポンとブローチを託した。

「いいか、これは私の家の鍵だ

 私が飛んだらすぐに行け

 人間同士のいざこざに駆り出されたくなければな」

「戦争が、始まるからですか」

「ああ、勇者は最前線だろう」

 勇者はそれを受け取り、胸の前で握りしめた。

「お前を帰す試作機がある

 時間が無くて作りかけだが、理論は間違っていないはずだ

 続きは自分で作れ

 家の中のモノは好きにしていい」

「は、い」

 魔力の充填が終わった魔方陣が赤く輝き始めた。

「そろそろか」

 魔女は魔方陣の光に照らされていた。魔女が魔方陣の外に勇者をそっと押し出すと、勇者は口をくっと結んだ。

「最後まで、抵抗は、してくれないんですね」

「私、新天地は嫌いじゃないんでね」

 勇者は、否、富美彦は敬礼をした。それを見て、魔女は可笑しそうに笑う。

「罪人を送る勇者の顔じゃないだろそれ」

 敬礼は、日本のものであり、富美彦が所属していた航空自衛隊のもの。

 それを奇妙だと嫌うこの国で、魔女は、実直そうで好きだと言ってくれた。

 その敬礼で勇者は、魔女を称えた。

「ありがとうございました」

「ああ」

 魔女は富美彦の敬礼をまねて、右手の人差し指で額に触れた。不格好ではあるが、確かにそれは日本の敬礼だった。

「健闘を祈る」


 やさしい先生


 勇者を化け物と称さなかった先生


 魔法を教えてくれた先生


 常識を教えてくれた先生


 礼儀作法を教えてくれた先生


 もう二度と、会えない、先生


 魔方陣が光の柱を作り、光が収まったころには、魔女の姿は無かった。


「ありがとう、ございました」


 数年ぶりの敬礼は、雨が降ったとしても歪まず、魔方陣の余剰魔力が消えるまで、続けられた。










 こうして、災厄の魔女は異世界へ飛んだ。









 魔女はうっすら、瞼をあげた。視界に入るのは緑の葉とこちらを覗く見慣れない鳥。魔女が鳥に手を伸ばすと、鳥は難なく飛び去ってしまう。触らせてくれてもいいじゃないか。魔女が顔をしかめていると、足元からバキリと何かが折れる音がして、ぐらりと姿勢を崩した。

「うお」

 ガサガサ音を立てて落ちた。ぼてと無様に草に覆われた地面に落ちた魔女は、目をぎゅっと瞑った。痛くは無いが、あまりにも無様だったのだ。転がって仰向けになると、風が吹いて木漏れ日がチカチカと魔女の血濡れ色の瞳を刺した。頬を風が撫でてゆく。時間が今だけ、ゆっくり動いているようで、ほうと息を吐いた。


 どうやら、初見殺しには当たらなかったようだ。


 魔女が作った、トミヒコを戻そう君98号は異世界に転移させることのみを可能にしただけの魔方陣だ。場合によっては生物が生きられない(そも生物の概念がない)世界に堕ちる可能性もあった。

 世界転移とは常識、概念、法則、その他世界の根底となる基礎という基礎が異なる場所に出ることを指す。トミヒコの場合、こちらから似通った世界を選び引き込む召喚だったため、そこまでの違いは生まれない。だが、魔女に使われた魔方陣はそんな安全装置なのど無いのだ。場合によっては生き物が一つもない、死の概念がない場所で永遠と過ごす可能性もあった。

 しかし、ついた世界は植物も動物もいたから、永劫のぼっちはまず気にしなくてもよさそうだ。

 つまり、確率は低いと思っていたが、あたりを引いたらしい。魔女にしては運がいいことだ。

「生き残ったなあ」

 魔女は別に、いつ死んでも良かった。それくらい長く生きた。ワクワクも、ドキドキも、もうしなかった。最後にそうなったのは、トミヒコの世界の物語を聞いた時くらいだ。だから、異世界転移を受け入れた。あれ以上あの世界で生きたとしても、きっと生き地獄しかない。この世界でも、どうなるか分からないけど。つまらなかったら、真面目に死に方を探してもいいかもしれない。魔女はとうに自分の死に方を忘れていた。

 まずどうしようかと考えていると、見上げていた木がガサガサと揺れ、木の葉が降ってきた。たまらず体を起こすと、木から燕尾服の男が下りてくるようだった。

「よろしかったのですか?

 あれ、お気に入りでしょう」

 地面に降り立った男は自分の木の葉を払い、手に持った魔女の帽子を魔女に差し出した。

「無理やり連れてきても、あれなら喜んだのでは?」

 この男は使い魔の一つでロジトという。どうやら、同じ木に引っかかっていたらしい。魔女のトレードマークを受け取りながら、鼻を鳴らした。

「良いんだよ

 トミーが選んだのだからな

 それに」

「それに?」

「これ以上の問答は不毛だ

 もう異世界の話で手出しのしようがない」

「それは確かに」

 帽子をかぶり、立ち上がる。体についた木の葉を払って、周囲の気配を探った。どうやら、手持ちの使い魔、残りの六つとははぐれたらしい。死んだかなと魔女は懐から古びたブレスレットを出した。

 魔女の使い魔、もとい契約している悪魔は全てで七つ。このブレスレットの装飾も七つで、装飾の色を確かめればどの手下がどの状態にあるのか、ある程度わかるのだ。傍にいるロジトを除いて真面に動いているのは三つほど。あとは電池切れと自己喪失状態。

 まずは、手下探しかと魔女はブレスレットを手首に撒きながらため息をつくと


「ー――――!!!」


 どこからともなく絹を切り裂くような声が聞こえた。

 

「動物の鳴き声でしょうか」

「いや、悲鳴だな」

 悲鳴がした方を向きながら、ロジトと魔女は顔を見合わせた。さして慌てず、魔女はガシガシと頭を掻いた。

「音的に人間だが

 音を似せる魔物とかトミヒコの話でいたよな」

「いましたね」

「魔物なら殺すか」

「はい」

 魔女たちはゆったりとした足取りで悲鳴の方に向かった。途中、鳥が巣を作っていた。見たことが無い種ではあるが、どうやら、生態系は元居た世界とよく似ているらしい。



「……どっちも人間っぽいな」

「どちらも人間ですね」

 茂みの中からうかがえば、人間同士の争いだった。馬車らしき乗り物の周りを取り囲む人間。片方は身なりが良く、片方が身なりが悪い。

「魔物相手ならシンプルでいいんだが

 人間相手になると困るな」

「見ないふりしておきますか?」

 優勢なのは身なりの悪い方で、六人ほどで高そうな馬車っぽいものを取り囲んでいる。従者らしき男を殺した身なりの悪い方は卑下した笑い声をあげて馬車っぽい……もう馬車でいいか。馬車を抉じ開けようとしていた。中に人間がまだいるのだろう、悲鳴がまた上がる。その悲鳴の中に、赤子の鳴き声が混ざっているのが、聞こえた。

 魔女は茂みから立ち上がった。その後ろに、ロジトが付き従う。

「我々にはこの世界の常識も知識もない」

「はい」

 完全に姿を現したことで身なりの悪い男たちが、怪訝な顔でこちらを見る。

「人間同士の争いに手を出すのは愚策だ」

「そうですね」

 相手が女だとわかり、表情を変える男ども。

 魔女はその辺の枝を折って、男どもに向けた。


「でも、助けるのでしょう?」

「助けじゃない」


 魔女は笑う。


「子供の泣き声は耳に響いてかなわん」


 枝の先から魔法を放とうとして、はたと止めた。この世界に魔法が無ければ魔女は可笑しな人になってしまう。

 代わりに魔女はロジトをひっつかみ、馬車に投げた。

「あ、ちょっと」

 軽く投げられたロジトは男どもの頭上を放物線を描いて飛ぶ。難なく馬車の近くに着地をすると、周囲に転がってる武器を取って一番近い男を切りふせた。

「本当に仕方がない人ですね」

 ロジトは馬車の出入口に手を掛けていた男を蹴り飛ばした。魔女はああして、人を助けてしまう。関わらなければいいのに、魔女は人を助けたがる。我が主人ながら面倒くさい。

 魔女は男どもがロジトに気を取られた隙に、前方の男の喉を枝で突き刺し、武器をかすめとって首を飛ばす。

 向かってきた男を魔女が切り捨て、ロジトが後ろから切り捨て


 切り捨て


 切り捨て


 切り捨て



 単純作業の繰り返しで、その場は静かになった。


「つまらん

 さして強くもなかった」

 魔女は異世界でも人間の血は赤いのかと、血のついた剣を捨てた。切っている途中で歯こぼれはするし、そこまでよく切れないから持ち歩くには気に入らなかったのだ。

「頬についてますよ」

「どっち?」

「右です」

「ん、ほんとだ」

 とんがり帽子のつばで適当に拭い、馬車に目をやった。さっきから物音一つしない。

「死んだかな」

「いえ、まだ生きてますよ」

 ロジトはのしのし足音をわざと立てて、馬車の戸をノックした。

「ほら」

 ゆっくりと開かれた先、こちらを不安げにうかがう夫婦、護衛と思われる武具を着た女、そして、夫婦に抱えられスヤスヤ眠る赤子がいた。魔女はしゃがみ、赤子と目線を合わせた。スヤスヤ眠るついでに涎を垂らしている。

「これは大物になる、確信した」

 魔女が笑うと、夫婦がびくりと肩を揺らした。それを見て、魔女は立ち上がり一歩下がった。自分なりの危害を加えないよの姿勢だ。

「危害を加える気はない

 これの声はよく響く

 育てばさぞ良い歌声を奏でるだろう」

「あの」

「あんだ」

「もしかしてこれ、言葉通じてないのではありませんか?」

「へ」

 魔女は目を丸くして、言葉が通じそうな、馬車内の大人を見渡した。表情的には怯えと警戒がにじんでおり、こちらが行ったことが何一つ伝わっていないことを悟る。魔女はバツが悪くなり後頭部を掻いた。第一村人に、多少はしゃいでしまっていたのかもしれない。相手の表情を完全に見落としていた。

「確かに私は魔女だが、生かしたのに殺すなんて生産性のないことしないって

 あー、言葉めんどいな」

「翻訳の魔法ありませんでしたっけ」

「あるにはあるが

 あれは世界のログに接続しないと

 今アンテナが立ってないからどうも」

「ーーー、ーーー!!」

 こちらを警戒する護衛の女が言葉を発する。ロジトには、早口な上にごちゃついていて聞けたもんじゃなかった。これは、言語をしらべるところからだとため息をつこうとして、魔女が後ずさりしたのが視界に入った。動揺を隠せないなんて珍しい。それほど、この護衛の女は強いのか? ロジトが護衛の女に対して警戒を強める。

「いかがしました?」

「言語は、一先ず解決だな」

「……では、この世界の言語がわかると」

「まあ、教育係は、私だったからな」

 魔女が三日月の様に口の端をあげると、ロジトは冷や汗を垂らした。

「まさか」

「そう、お前が唯一投げ出した異世界言語

 トミヒコの故郷の言葉」

 魔女の言葉を受け、ロジトは段々と顔が青くなってゆく。


「日本語だ」


 魔女は愉快になって目を細め、低く笑った。



「思ったより楽しめそうだ」



 そして、額には冷や汗が浮かんでいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ