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第七話 幼馴染の彼の本意

「全く、ヴィクセンの性格の悪さが治ったと思っていた数時間前の私を殴りたいですわね……」


 場所はイドニック騎士学園に併設された訓練場。

 私――ギリア・ゴリエット・ノクターは剣術の授業を受けながら、そうひとりごちた。

 授業とはいっても、六十人の生徒に対して教師は一人。独り言を言っても咎められることはなかった。


 それより、今の私の脳裏に浮かぶのは、先程のヴィクセンの姿。


 イドニック騎士学園の恒例行事である紅白戦。

 生徒がどちらかの組を決めることが出来るその紅白戦で、私はヴィクセン率いる紅組を選んだ。


 ヴィクセンは、公爵の息子として高い教育を受けているが、女性の体をいやらしい目で見つめ、その身分に幅を利かせ自分と結婚しろと迫る性悪の男だ。

 キースさんは、直接話したことはないけれど、誠実そうな性格を感じ取れ優しい雰囲気を纏っている。しかし、彼はどこにでもある村で育ったただの平民だ。


 他の貴族出身の生徒のように平民だからと馬鹿にするわけではないけれど、どちらかの将を選べと言われたら、性格の悪さを加味してもヴィクセンの方が好ましかった。

 

 それに、学園で会ったヴィクセンは口こそ悪いものの、以前ほどの性格の悪さは感じ取れなかった。私の身体をジロジロと不躾な目で見ることもなかったし、恋愛に怯え遠ざけている私を気遣う言葉さえ口にした。

 

 その姿に、私はかつてのヴィクセンの姿を重ねた。 

 女性にしては、いや男性でも珍しい程の長身。筋肉が付きやすいこの身体は、代々軍務卿を務めるノクター家の子供として厳しい訓練を受け続けたこともあり、素手で人を握りつぶせるんじゃないかと思えるほど、筋骨隆々としたものだ。


 その外見から「魔物女」と揶揄されてきた私を他の貴族子弟たちから庇ってくれたあの時のヴィクセンの姿を。


「それだと言うのに、先程のヴィクセンと言ったら!」


 白組を選び、ヴィクセンの元へ近づいた私に掛けられたのは、まさかの拒絶の言葉。

 しかも――


『……ああ、それとも戦いに疲れた男たちを慰める方がお似合いか?』

「~~っ!」


 その言葉を思いだし、私の身体が沸騰するように熱くなる感覚を覚える。


 あの時の言葉、あの時の表情と言ったら、いつものヴィクセンと同じではないか!

 彼の性格が昔の彼に戻ったと少しでも考えた私が恥ずかしい!


「……どうしたの? ギリア」

「ロ、ローゼリア殿下!? も、申し訳ございません。殿下の前で恥ずかしい姿を……」


 身を悶えさせる私に、心配そうな表情をしたローゼリア殿下が近づいてくる。

 あぁ、殿下にこんな醜態を晒してしまうだなんて……。


「そんなに畏まらないでいいのよ。それより、なにかあったの? 声にならない声を出していたけれど……」

「そ、それは……」

「……ヴィクセンのこと?」


 ローゼリア殿下に言い当てられてしまい、私は思わず口を噤む。


「ふふ、それならさっきのヴィクセンの言葉はきっと本意ではないわ」

「……え?」


 私はローゼリア殿下の言葉の意味が分からず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ど、どういう意味ですの?」

「なんだか今日のヴィクセンって、昔の彼を思い出さない?」

「ロ、ローゼリア殿下もですの!?」


 ローゼリア殿下は私の質問に直接答えない。でも、彼女の言葉には共感を覚える。


「リーゼットも言っていたのよ。今朝からヴィクセンの様子が少しおかしいって」


 リーゼットはヴィクセンの従者。一日中側で使える彼女がそう言うという事は、やはり私が覚えた違和感は正しかったのだろう。


「……最近、宮廷で権力争いが激化していることは知っている?」

「え? え、ええ。陛下を中心とした皇帝派と、宰相を中心とした宰相派に分かれて権力争いをしていると。それとヴィクセンに――」


 何の関係がありますの。

 その言葉を発する前に、私は気付いてしまった。


「まさか、ヴィクセンは私たちを気遣って……?」


 私の言葉に、ローゼリア殿下はこくりと頷く。


 私の父、ノクター伯爵は現皇帝とは昔馴染みの仲で主従を越える深い絆で結ばれており、勿論皇帝派に属している。


 そして、ヴィクセンは宰相派を束ねる宰相の息子。


 学園内の紅白戦――しかも当人ではなく彼らの息子による――を権力争いに持ち込むなどナンセンスだが、宮廷では何が相手の派閥を攻撃する手札になるか分からない。


 まさか、ヴィクセンはそれを案じていたと言うのだろうか。


「彼、私に言ったのよ。『お前たちがいるべき場所はここじゃない』って」

「……!」


 確信した。彼は皇帝派の貴族の子供である私たちを気遣って、私たちを紅組から追いやったのだ。


「そう言えば、紅組側にいた生徒の多くは宰相派に連なる貴族たちの子弟でしたわね……」

「ええ。それに、彼は悪評が多い自分が私たちに指示を出すことを嫌ったのでしょう」

「……どういうことですの?」

「ヴィクセンは、きっとこの学園に入学することになって何らかのきっかけで改心したのよ」

「改心……」


 私はその言葉を口の中で転がす。

 確かに、ヴィクセンのあの変わりようはそう表現するのがぴったりだ。


 これまでは暴君のように振舞い、気に入った女性は全員自分の物にしようとしたまさに傍若無人といった人間だった。


 しかし、今日の彼は私を気遣う言葉も多く、先程の組み分けだって私たちを案じた結果ああいった言動をとった。

 

 まるで別人のような変わりようだが、これまでの自分を恥じ心を入れ替えたと考えれば納得できる。


「本人が改心したとしても、自分が積み重ねてしまった悪い噂は断ち切れない。だから彼は、私たちが彼と共に行動すれば私たちにもよくない評判が付いてしまうと考えたのでしょうね」

「な、なるほど……!」


 私は先ほどとは違う理由で自分を恥じた。

 ヴィクセンは私たちのことを思ってああいった行動をしたのに、私がしたことと言えば彼に対して憤りを覚えたことのみ。


「後ほど、彼に謝罪をしなければなりませんね」

「ええ。……でも、他の生徒に見られては駄目よ? そうなったらヴィクセンの気遣いが水の泡だから」

「承知しております」


 本音を言えば、彼に今すぐ謝罪して彼の率いる紅組に入りたいけれど、それこそ彼の行動が無駄になってしまう。

 私が出来ることは、紅白戦で良い好敵手として彼の前に立ちはだかることと……


「ローゼリア殿下」

「どうしたの?」

「私たちで、ヴィクセンの改心を手伝いましょう!」

「ふふふ、そうね。貴方だって、ヴィクセンには昔の彼のようになって欲しいでしょう?」

「そ、そういう訳ではありませんが……! かつての幼馴染のよしみ、ですわ!」

「はいはい……ふふふ」

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